水島新司
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水島 新司(みずしま しんじ、男性、1939年4月10日 - )は、漫画家で、野球漫画の第一人者。新潟県新潟市出身。代表作に『野球狂の詩』、『あぶさん』、『ドカベン』 など。趣味は野球、将棋。
目次 |
[編集] 略歴
1958年、大阪の貸本漫画「影」にてサスペンス調の「深夜の客」で入選デビューする。 1964年上京、週刊少年キングで多くの作品を描く。本格的な野球漫画として69年に「エースの条件」を発表。70年から週刊少年サンデーや週刊少年チャンピオンに仕事の幅を広げ最初の大ヒットとなる「男どアホウ甲子園」、「銭っ子」をそれぞれ連載。72年からは「月刊少年マガジン」で「野球狂の詩」を読み切り不定期掲載、「週刊少年チャンピオン」で「ドカベン」を連載開始。73年からは「ビッグコミックオリジナル」で「あぶさん」を連載開始。青年漫画にも進出する。
この頃より上記の連載作品が人気を博し、野球漫画の第1人者としての地位を確立する。以降75年に「男どアホウ甲子園」の続編「一球さん」を「週刊少年サンデー」に、76年に「球道くん」を「マンガくん(少年ビッグコミック)」に発表。77年からは野球漫画専門誌「一球入魂」を創刊し「野球狂の詩」のパリーグ版である「ある野球人の記録」(単行本では「白球の詩」)を連載する。これらの主要な作品は各々長期の連載となり野球漫画の名作の評価を得ていく事になる。81年にはプロ野球機構そのものをすべてオリジナルで作る壮大で野心的な作品「光の小次郎」を「週刊少年マガジン」に発表。
83年には今までの高校野球漫画の集大成作品「大甲子園」を発表。「ドカベン」を中心に「野球狂の詩」「男どアホウ甲子園」「一球さん」「球道くん」「ダントツ」などの人気漫画がそれまで意識して描かなかったという登場キャラクターの高校3年の夏の大会を描き熱狂的なファンを喜ばせた。
以後は84年に「極道くん」(「週刊少年マガジン」)、87年に「へいジャンボ」のリメイク「虹をよぶ男」を週刊少年チャンピオンに、88年に野球狂の詩の番外編的な「ストッパー」(「スコラ」)、90年に高校野球漫画の総決算「おはようKジロー」(「週刊少年チャンピオン」)を連載。 特に93年の「平成野球草子」(「ビッグゴールド」)は毎回読み切りのプロ野球に関わる短編で水島の資質を活かした傑作となった。
リメイクブームの風潮から95年に「ドカベンプロ野球編」(「週刊少年チャンピオン」)を、97年に「野球狂の詩平成編」(「ミスターマガジン」)を連載開始。連載継続中の「あぶさん」と合わせ、今もなお野球漫画を描き続けている。
水島が野球を描きつつ野球好き以外にも広く愛されるのはやや古めかしい浪速節的な部分、人情物であることが大きい。これは修行期間である大阪での貸本漫画時代に原点があると推察される。
故にその本領はそれが生きる短編にありそういう意味では初期の「あぶさん」、「野球狂の詩」や「平成野球草子」にこそ本当の水島らしい面白さがあるといえるのではないだろうか。
2007年、漫画家生活50周年を迎える。週刊少年誌に連載する漫画家としては秋本治を13歳も上回る。当然のことながら現役最長老であるが、その創作意欲は衰えることを知らない。
[編集] 水島新司に関る逸話
- 中学は新潟市立白新中学校に通っており、当時同校に隣接していた新潟明訓高等学校への進学を希望していたものの、家庭の経済状況を勘案して高校進学を断念した。そうした思いから、のちに「ドカベン」で“明訓高校”を舞台にした。また“白新高校”の名称も、通っていた中学校からとっている。
- その明訓高校は、神奈川県の学校であるとの設定であるが、実在する桐蔭学園高等学校がモデルであると言われている。
- 新潟市古町通には、水島の功績を顕彰し、漫画の登場人物の銅像を並べた「水島新司漫画ストリート」がある。
- 鈴木則文監督の実写映画「ドカベン」(77年)に自ら明訓高校監督徳川役で出演。殿馬役の川谷拓三らを相手に楽しそうにノックする姿を観る事ができる。
- 『男どアホウ甲子園』の主人公藤村甲子園が5歳のときに名付け親の祖父・球之進(職業は阪神甲子園球場職員)に連れられて長嶋茂雄の甲子園プロデビューゲームを見に行った回に氏が登場しているコマがあるがそれは長嶋が阪神の投手から巨人を勝利に導くタイムリーヒットを打ったのを見た藤村祖父・孫(?)の周りで悔しさのあまり罵詈雑言を浴びせるシーンである。氏は「クソーッ!!長嶋のアホゥ!!!また胃が悪ゥなりよったわぁっ!!!」と吠えているが実はこれ、まったくの実話でもある。当時大阪に滞在していた水島は当時新人の長嶋が甲子園での阪神対巨人戦で大活躍するのを見て錯乱。胃炎を患って入院したそうである。
- 『あぶさん』の主人公・景浦安武の入団交渉のために南海ホークス・野村克也監督を訪ねた時に、好きな球団を聞かれたので「セは阪神、パは南海です」と答えたところ、「好きな球団は1つでええ」と言われたため、その後はホークス一筋である。野村克也監督との親交を深め、映画野球狂の詩では現実のチームとして南海ホークスを登場させている。そんな縁もあってか、『あぶさん』で杉浦忠を追悼する回では、南海OBと絶縁しているはずの野村を出演させていた。また、ドカベン(プロ野球編)で岩鬼が福岡ダイエーホークスに入団したのも、水島のホークス好きに依ると言われている。
- そのうえホークスの選手寮にマイクロバスで乗り付けては、若手を食事に連れ出すなどし、門田博光なども、そうした水島の援助を受けた一人である。
- またダイエー時代は中内功オーナーと1対1で会食したこともある。南海ホークスを買収した際に中内が社員に「ホークスのことは誰に聞いたら1番よく分かるのか」と尋ねたところ、全員が水島の名を挙げたという。中内は水島の話を聞きながら、一生懸命にメモをしていたという。
- ダイエーが王貞治の下で(ダイエーとして)初めての優勝を果たした際、水島は王との対談で「今年のダイエーの最大の優勝要因は、あぶさんが打撃コーチ兼任になったことが大きいですね」と発言した。水島にとっては、現実世界も漫画の世界も地続きとして存在していることの証明であり、設定が躍動的なのもこのような思考から生み出されていると考えられている。
- 上記のような逸話として、テレビ番組でのインタビューにて「一番最高の打者は誰か?」という質問に「山田太郎(理由は高校野球の甲子園大会で8割2分の打率で打ったから)」と答えている。
- また、選手個人としては「エンターテイナーとしてパ・リーグを大いに盛り上げてくれる存在」として、「北海道日本ハムのSHINJO」選手の大ファンであるという。
- 『ドカベン (スーパースターズ編)』では、FAでMLB移籍を希望する山田世代の選手らを日本球界に引き留める為に2つの新球団が設立されるという展開となっている。
- また90年代後半以降、実在の外国人選手が漫画に登場することはほとんどない。例えば、『ドカベン (プロ野球編)』においては、横浜ベイスターズのマシンガン打線にローズが入っておらず、代わりに万永が入っていたが、この件に関しては外国人選手(福岡ダイエーホークス在籍経験のある選手らしい。ウィリー・アップショーという説が有力)を漫画に描いた際、肖像権を楯にその選手の代理人より高額な金銭請求があった事から、裁判などに巻き込まれない為にも実在の外国人選手は描かない主義になったという説もある。
- 夏の甲子園の後にアメリカで行われる日米高校野球親善大会も『ドカベン』では出てこない。『巨人の星』でも伴宙太による報告があるのみで、試合の状況は描かれていない(しかし、『巨人の星』では外国人選手は多数登場する)。
- 飛行機が大の苦手で、よほどのことがない限り陸路で移動する。福岡にも新幹線で通っていた。
- 時折、作中で大きな伏線を張る事があるが(『男どアホウ甲子園』での甲子園球場をフランチャイズとする、新球団の設立・『おはよう!Kジロー』におけるKジローの父親の存在他)、それについての解答がないまま、何時の間にか無かった事にされている。
- 「あぶさん」と「ボッツ」というふたつの草野球チームを主宰。漫画作品の執筆のかたわら年間60試合前後に出場し続け、投手として200勝を達成した時には自費で名球会入り記念パーティーを催した。また草野球チームが縁で田中寅彦ら将棋のプロ棋士と知人になり、将棋漫画「父ちゃんの王将」を描いたり、作中に将棋棋士から転向した野球選手や将棋棋士の名前そのまま、もしくはもじった名前の野球選手を登場させている。
- タレントの水島新太郎は長男。新太郎はカルビープロ野球チップスカードの収集家としても有名で、水島はカードを参考にしながら登場人物の打撃フォームや投球フォームを描いたこともあるという。『ドカベン』の登場人物の1人・里中智の投球フォームのモデルが阪急ブレーブス・山田久志であることは有名である。
- 2005年10月・11月の8週連続(モーニングでは予告編含め9週)で、週刊少年チャンピオン(秋田書店)と週刊モーニング(講談社)による、出版社を超えたコラボレーション企画として、『ドカベン(スーパースターズ編)』の東京スーパースターズと『新・野球狂の詩』の札幌華生堂メッツが日本シリーズで対決した。近年の水島作品の特徴が良く出た作品になっている。
- また、2006年5月9日に明らかにされた、北陸での独立リーグ「北信越ベースボールチャレンジリーグ」のアドバイザーに就任することが決まっている。
- 週刊少年ジャンプで作品を描いた事が無いイメージが強いが、1970年に「ケッパレ!太田投手」を連載したことがある。
- MLB嫌いではあるものの、福岡ソフトバンクホークスオーナー、孫正義が考案する「世界一クラブ決定戦」の推進派。理由としては、MLBの優勝決定戦がワールドシリーズと呼ばれることに不満を持っている為といわれる(「ワールド」の意味を理解しているのか、とのこと)。
- 徳光和夫と並び、野球を愛するがゆえの珍行動が多い人物と言える。
[編集] 賞歴
[編集] 作品一覧
- あぶさん
- エースの条件(原作:花登筐)
- ドカベン
- ドカベン(プロ野球編)
- ドカベン(スーパースターズ編)
- 大甲子園
- おはようKジロー
- 男どアホウ甲子園(原作:佐々木守)
- 球道くん
- 光の小次郎
- 一球さん
- 極道くん
- ストッパー
- 虹を呼ぶ男
- 野球狂の詩
- 野球狂の詩 平成編
- 新・野球狂の詩
- ダントツ
- 野球どアホウ伝
- がんばれドリンカーズ
- I Love Baseball
- 草野球列伝
- 平成野球草子
- 銭っ子(原作:花登筐)
- たちまち晴太(原作:きむらはじめ)
- 野球大将 ゲンちゃん
- スラッガー藤娘
- アルプスくん
- 父ちゃんの王将
- 白球の詩