イダ・ヘンデル
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イダ・ヘンデル(Ida Haendel、1928年12月15日 - )は、ポーランド出身のイギリスの最長老ヴァイオリニスト。ワルシャワ音楽院に学んだ後、ベルリンでカール・フレッシュに、またパリでジョルジュ・エネスコにも師事。第2次世界大戦中は、他の多くのユダヤ系ヴァイオリニストと同じく、英軍・米軍のために慰問演奏を行なった。鋭いテクニックと、ニュアンスに富んだ音色が特徴的だが、気品よりは感情表出の激しさによって、女性ヴァイオリニストの中でも一頭地を抜いている。
影響を受けた芸術家として、同郷の先輩ヴァイオリニスト、ブロニスワフ・フーベルマンや、指揮者ラファエル・クーベリックへの傾倒を語っている。
今なお現役で、テクニックや艶やかな音色にはいささかの衰えもみせてはいないが、1980年代の実質的な活動停止や、録音嫌い(長いキャリアにもかかわらず、録音数は非常に少ない)、長年にわたって実年齢を伏せてきたことから、「マルツィやヌヴーと同世代の伝説の女性ヴァイオリニスト」といわれ続けてきた(それでも生年については諸説あり、1924年生まれ説も有力である)。先年、ウラジミール・アシュケナージとの共演によるCD制作によって見事な復活を果たし、1998年には指揮者サイモン・ラトルと、2004年にはピアニストフー・ツォンとともに来日も果たしている。現在はカナダ在住といわれる。
ヘンデルはヨーロッパ大陸の出身者にもかかわらず、イギリス音楽にも深い関心と理解を示し、エルガーやブリテンの協奏曲を積極的に演奏・録音したほか、ウォルトンの協奏曲の録音は、この作品の模範的演奏の一つに数えられている。英国楽壇への功労が認められ、1991年にはCBEを受勲した。
演奏に専念するため入門志願者を断わることでも有名だったが、例外的に米独の混血ヴァイオリニスト、デイヴィッド・ギャレットを世に送った。しかしイダ・ヘンデル自身は、「私は彼の(最初の)ファンであって、師匠ではない」と主張している。