グリーン・デイ
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グリーン・デイ(GREEN DAY) | |
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出身地 | カリフォルニア州バークレー |
活動期間 | 1987年- |
ジャンル | ポップ・パンク メロディック・ハードコア |
レーベル | ワーナー・ミュージック |
メンバー | ビリー・ジョー・アームストロング マイク・ダーント トレ・クール |
グリーン・デイ(Green Day)はアメリカのカリフォルニア州バークレーで1987年に結成されたメロディック・パンク・バンドである。1990年にレコードデビュー、1994年にメジャーデビューを果たしている。
目次 |
[編集] メンバー
- マイク・ダーント(Mike Dirnt,1972年5月4日 -)
- ベース担当。本名はマイケル・ライアン・プリチャード・(ダーント)Michael Ryan Pritchard Dirnt。ダーントはニックネーム。ビリーとはおさななじみ。California Music Awardsなど数々の音楽賞で「最優秀ベーシスト」に輝いている。ベースだけでなくコーラスにも定評がある。
- トレ・クール(Tre Cool,1972年12月9日 -)
- ドラム担当。本名はフランク・エドウィン・ライト3世 Frank Edwin Wright III。1991年に加入。グリーン・デイはテンポが早い曲が多い中、外さずに叩く技術は見事。California Music Awardsなど数々の音楽賞で「最優秀ドラマー」に輝いている。現代で最も上手いドラマーの一人。
[編集] 略歴
- 1987年、互いに親友だったビリーやマイクらが、グリーン・デイの母体となるスウィート・チルドレン(Sweet Children)を結成する。
- 1989年、「グリーン・デイ」と改名し、Lookout Recordsと契約する。
- 1990年、1stアルバム『1039/スムースド・アウト・スラッピー・アワーズ』でレコードデビューを果たす。当時から既に独自の音楽スタイルを確立しており、それを徐々に変化させながら活動していくことになる。
- 1991年、バンドのメンバーとして定着することになるトレが加わる。
- 1992年、2ndアルバム『カープランク』を発表する。
- 1993年、Reprise Recordsに移籍する。
- 1994年、3rdアルバム『ドゥーキー』でメジャーデビューを果たす。『ドゥーキー』からの1stシングル「ロングビュー(Longview)」や2ndシングル「バスケット・ケース(Basket Case)」等がモダンロックチャートで1位に輝き、これらはライヴでも定番の代表曲となる。ウッドストック94にも出演。演奏中に観客に泥を投げ込まれたりステージに多くの観客が乱入、最後の曲は途中から観客との泥の投げ合いとなる。
- 1995年、「ドゥーキー」はロングヒットし(後に全米でダイヤモンドディスクを獲得)、日本等の外国でもその名を知られるようになる。さらに、グラミー賞でも数部門にノミネートされ、「最優秀オルタナティヴ・グループ」を受賞する。『ドゥーキー』の大ヒットの勢いに乗って4thアルバム『インソムニアック』を発表するが、前作と同じく全米2位止まりで評価は上がらず。一番暗い作品と見られがちだが『インソムニアック』が好き、というファンも非常に多い。
- 1996年、初の来日公演を果たす。
- 1997年~2000年、徐々に発表速度を落としながら5thアルバム『ニムロッド』(1997年)、6thアルバム『ウォーニング』(2000年)を発表する。この頃からリスナーにパンクからロックンロールへの移行し出しているように感じられる。一部のパンクファンからは「こんなのパンクじゃない」と批判の声も上がるが、それでもバンドはポップなロックを追求していく。
- 2001年~2002年、ベストアルバム『インターナショナル・スーパーヒッツ』(2001年)や、シングルのB面の曲を集めた『シェナニガンズ』(2002年)を発表し、活動の一段落を終わらせる。
- 2003年、完成直前だった新作のマスターテープが盗まれ、別の作品を作ることになってしまう。犯人は結局不明。
- 2004年、NOFX主宰の反戦オムニバス『Rock Against Bush』に参加(NOFXが発売した結成20周年DVDにビリーが「NOFX?嫌いだよ、嫌いだよ。」とメッセージを添えている)。7thアルバム『アメリカン・イディオット』を発表。これが米英1位を記録する。このアルバムはイラク戦争を起こしたブッシュ大統領、それを許したアメリカへの痛烈な批判も込められており、真の意味でのパンク精神に満ちたアルバムである。
- 2005年、アルバム『アメリカン・イディオット』でグラミー賞の「最優秀ロック・アルバム」を受賞する。このアルバムから「ブールヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス(Boulevard Of Broken Dreams)」や「ホリデイ(Holiday)」、「ウェイク・ミー・アップ・ホウェン・セプテンバー・エンズ(Wake Me Up When September Ends)」等の大ヒットシングルが生まれるが、これらの売上金をインド洋大津波の被災地に寄付することにする。また、ツアー中にも関わらず、ミュージシャン達による様々なボランティア活動に参加している。ミニライブアルバム「爆発ライブ」シリーズ以外では初のライヴ・フルアルバム『ブレット・イン・ア・バイブル(Bullet In A Bible)』を発表。
- 2006年、シングル「ブールヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス」でグラミー賞の「最優秀レコード」を受賞する。
- 2006年、ハリケーン・カトリーナの被害者支援の一環として、U2とのコラボで「ザ・セインツ・アー・カミング(The Saints Are Coming)」(ザ・スキッズのカバー)をリリース。英チャートで2位を記録した。
[編集] その他
- 2006年、雑貨店経営の男に「アメリカン・イディオット」は自分が高校時代に作曲したものであると訴えられる。内容は「高校時代自分が作った曲を悪意のある同級生が盗み聞きし、10年以上たって、ビリーに渡り、取引をした」という主張で証拠もほとんどなかった。当然、裁判所はこれを棄却。男は新たな証拠を探し、また訴えるという。
[編集] アルバム
- 1990年 - 1st「1039/スムースド・アウト・スラッピー・アワーズ(1039/Smoothed Out Slappy Hours)」
- 1992年 - 2nd「カープランク(Kerplunk!)」
- 1994年 - 3rd(メジャーデビューアルバム)「ドゥーキー(Dookie)」
- 1995年 - 4th「インソムニアック(Insomniac)」
- 1997年 - 5th「ニムロッド(Nimrod)」
- 2000年 - 6th「ウォーニング(Warning)」
- 2001年 - ベスト「インターナショナル・スーパーヒッツ(International Superhits!)」
- 2002年 - 裏ベスト「シェナニガンズ(Shenanigans)」
- 2004年 - 7th「アメリカン・イディオット(American Idiot)」
- 2005年 - ライヴ「ブレット・イン・ア・バイブル(Bullet In A Bible)」
[編集] 外部リンク
- Green Day公式サイト(英語)
- WARNER MUSIC JAPAN - GREEN DAY公式サイト