バイト敬語
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バイト敬語(バイトけいご)とは、コンビニエンスストアやファミリーレストラン、ファーストフード店など、アルバイト店員が多数を占めるサービス業界での接客時に特徴的な日本語表現である。場面方言のひとつ。ファミレス・コンビニで専門用語のように使われるので、その用語の略でファミ・コン用語ともマニュアル語とも呼ばれる。
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[編集] 概要
正しい敬語を使い慣れない、若いアルバイト店員や学生アルバイトが主になって接客する必要のある状況で、とりあえず客を不快にさせない接客をするために、便宜的に発生し、不文律的にマニュアル化されてきた特殊な接客用語と言える。若者に限らず、これらの表現で接客する上記業界従事者は増えている。また、接客以外の事務系の仕事においても、派遣社員などから使用者が広がっている。
一般的には「日本語の乱れ」の典型とされ、マスコミなどで度々その違和感が指摘された。その一方、それほど慇懃に応対する必要のないカジュアルな接客シーンにおいては、一応の受容が可能な表現であると、いわば現代の吉原言葉のようなものとして容認する意見もある。なお、バイト敬語の要件はあくまでも接客時に特徴的なことであり、日本語として間違っていることや新しい表現であることを要件としない。古くからある正しい日本語であることとバイト敬語であることは必ずしも矛盾しない。
丁寧な接客を旨とする大手デパートなどでは、使用を禁止して正しい敬語を使うよう店員を教育しているところがほとんどだが、デパートでもこれらの表現が聞かれることもまれにある。接客場面で使われる機会や耳にする機会が増えるに従って、違和感は薄らぎつつあり、接客用語として定着する可能性がないとは言えない。また、郊外型のドラッグストアや大型食料品店などでは彼等より年齢が上のパート従業員にまで浸透し始めている。
他にも下記のように様々な名称がつけられており、「バイト敬語」はそのうちの代表的なものである。
- バイト語
- コンビニ敬語・コンビニ言葉
- マニュアル語
- ファミレス敬語・ファミレス言葉
- ファミコン言葉(敬語) 「ファミリーレストラン」と「コンビニエンスストア」の頭を取って
- 特定のコンビニ・ファミレス・ファーストフード店の名前をとって○○敬語(言葉)と呼ばれることもある。
[編集] 主な表現
[編集] 名詞+の+ほう(方)
「~の方」は方向・方角が原義である。そこから転じて、(1)はっきり言うのがはばかられるとき「~のほう」としてぼかす用法や、(2)いくつかあるもののうちの1つという用法が生じた。広辞苑によれば、(1)のぼかす用法のほうが(2)の用法より原義に近い。
- ガムシロップのほうはお付けしますか?
- グラスのほうはいくつお持ちしますか?
- お席のほうにご案内します。
- 灰皿のほうは使われますか?
- 袋のほうはお使いですか? (=袋は要りますか)
「グラスのほう」は、その前に酒なり飲み物が選択されていれば、(飲み物に対して)もう一方のという意味に解釈することもできるが、「グラス」をぼかすために使うほうが原義に近い用法である。「お席の方にご案内します」として席の方向を指し示すのも間違いではないが、単に席に連れて行くという意味で使うのも間違いではない。「ガムシロップのほうは~」は「ガムシロップはお付けしますか?」で通じる。実際「ガムシロップ以外になにがあるのですか?」と質問される場合もある。ぼかすための用法では、「~のほう」を取り除いてもぼかす意味がなくなるだけで文意は通じる。
ぼかすための「~のほう」がバイト敬語とされることがある。古くからある用法ではあるが、あまりに多用されることが違和感を呼んだのだろう。この表現をバイト敬語とすることが妥当か否かを判断することはウィキペディアの範疇ではないので、ここでは、辞書にも載っている用法であることと、バイト敬語だとする意見があることを述べるにとどめる。
[編集] 名詞/金額+になります
結果としてそうなったという客観性を強調し、行為者の主体性をぼかす表現。自分には責任はないという意味合いや、会社や自然がやっていることで自分はがやったわけではないという意味合いを含む。
「になります」という表現自体は昔からある。用法は、(1)「何かから何かになる」という変化や帰結の意味、「例. 春になる、医者になる、二十歳になる」(2)元の意味を失ってほとんど「です」と同義のものである。夏目漱石が明治四十四年に行なった講演にすでに用例がある。
この表現がバイト敬語とされることがある。(2)の用法についてのみバイト敬語とされる場合もあれば、(1)を含めて言う場合もある。
接客場面では「~でございます」を使うのが正しい。
(1)原義を残した用例:
- (レジの計算結果が)525円になります。(珠算では×円也と使う)
(2)原義を失った用例:誤用
- お待たせしました、エビドリアになります。
- こちら、お品物になります。(デパートなどでよく使われる)
- メニューになります。(2007年にイオンCM中での使用が指摘され、ございますにその後訂正されている)
- 禁煙席になります。(喫煙席から変更したのであれば別)
- お買い得となります。(「お買い得となっています」も使われるが両方誤用)
- こちらになります。(客から場所や位置を聞かれ、案内する際使われる典型的バイト語であるが誤用)
[編集] 金額+から
会計時に金銭を受け取る際、「○円(を)お預かりします」ではなく「○円からお預かりします」と言う。
- 1万円からお預かりします。
格助詞「から」は「~から~まで」のように起点を表す場合や、「~だから」のように理由を表す用法が一般的だが、それとは別に準体助詞としての用法がある。これは様々な語につけて体言化するという用法で、例えば『この魚はゆうに10キロからの重さがある』というような言い方があり、『やると言ったからには、あきらめるな』の「から」もこの準体助詞に相当する。
金額を体言化する目的と、金銭の授受というシビアな状況に関して、明言しないことが敬意を表せるという意識から使われていると思われる。
また、金額が端数になったとき、まず札を出して、その後に小銭を出そうとする客も多い。その際に「1万円お預かりします」だと断定的になり、「まだだ、ちょっと待ってくれ」と不快感を与えてしまいかねない。そこで「から」をつけて断定的になるのをぼかし、「小銭は出しますか?札だけでいいですか?」という意味を込め、不快感を与えまいとする意識が働いているようだ。消費税が導入されて以降この表現が増えてきたことからもそう考えられる。「”お客の出した金額” から”代金と消費税”を ”店長・オーナーに代わって”アルバイト店員が預かる」という意識が働いている可能性もある。
- 1万円からでよろしいですか?
もよく聞かれる。
- 945円ちょうどからお預かりします。
のように、ちょうどの金額までつけられてしまうこともある。 (参考: 以前は「○円いただきます」という表現も普通であった。ほとんど使われなくなり、違和感が感じられる表現になってしまっている。)
[編集] よろしかったでしょうか
初めてたずねることでも、あたかも再度たずねるかのように、過去形で表現する。これは忙しさで混乱してうっかりもう1度たずねてしまったり、既に別の店員が聞いていたりすることがあるために、このように言うのではないかとされるという見方がある。また、「(もっといいサービスも可能・要望すれば可能なオプションもあるが)この程度でよかったか」という問いかけを行い、客に要望を出しやすくさせる、要望を吐き出させるタイミングを与えるという良心的な誘導尋問であるという意見もある。一方で、北海道から全国展開した居酒屋チェーンの接客マニュアルに由来したとする説も有力である。北海道方言には、「これで間違いなかったかい(これで間違いないですか)」のように、過去形をとることで断定的になるのを避けてぼかす表現があり、接客業では、この表現が「おかしな用法」として話題になる前から普通に用いられていた。西暦2000年前後から東京地方でも使われ始めたことから、その頃から全国的に広まっていったようだ。前述の「のほう」とセットで使われることも多い。
- お箸は1膳でよろしかったでしょうか。
- 1万円からでよろしかったでしょうか。
- (ガソリンスタンドにて)窓のほうは拭いてよろしかったでしょうか。
- デザートのほうはよろしかったでしょうか。(デザートはいりませんか)
[編集] いらっしゃいませこんにちは
「いらっしゃいませ」だけではなく「こんにちは」とか「こんばんは」と挨拶の言葉をつけるのは、デニーズなどアメリカ由来のファミリーレストランのマニュアルに因るところが大きい。英語には「いらっしゃいませ」に相当する言葉がなく、アメリカでは店員が客にフレンドリーに挨拶することが、基本的な接客態度とされている。それがファミリーレストランチェーンなどで文書としてマニュアル化したことで、日本にチェーンを展開する際にそのマニュアルが和訳され、挨拶の項も採用されたと言われている。
その挨拶も、何度も言われているうちに「いらっしゃいませこんにちはー」「いらっしゃいませこんばんはー」と1語のようにつなげて発音されるようになり、言い方もマニュアル的になってきている。日本では「いらっしゃいませ」で十分であるから、挨拶は余計であるという意見もある。
同様のマニュアル的表現として「ありがとうございますまたお越しくださいませー」というのもある。
一部ではこのような現状に対して他社との差別化のため、「こんにち(ばん)は、ご来店ありがとうございまーす」と発声させているところがある。
[編集] お待ちいただく形になります
「~する形になる」という表現自体は昔からあるものである。
客を待たせる必要がある際に、
- 少々お待ちいただく形になりますが、よろしいですか?
混んだレストランなどで、待ち時間を伝える場面で、
- ただ今(ですと)30分ほどお待ちいただく形になります。
のように使われる。接客に不慣れな者が、「待たせる」という客にとって不都合な事情を伝える際に、「お待ちいただくことになります」や「お待ちいただいております」のように明言することをためらい、重大事を伝えるような表現を選んでしまったためと考えられる。これに慣れると、「お待ちいただいております」などは直接的すぎて不快に感じる客も出てくる可能性もある。
[編集] お次のお客様
「お客様」や「お品物」のように名詞に「お(御)」をつけて、丁寧・上品に表現するのは適切に使用されれば全く問題ないが、この例は、「お」の過剰使用だという考え方がある。
- お次のお客様こちらのレジへどうぞ。
- ご注文は以上で、おあとよろしかったでしょうか?
[編集] お返しになります
- レシートのお返しになります。
釣銭ならば実際に、その金額の分のお金を「返して貰う」ものなので問題ないが、レシートは客が新たに「貰う」ものなので、不自然さがある。しかしながら、「返す」には、「相手が何らかの働きかけをしてきた場合に、等しい価値を持つ働きかけをする」という意味があり、その意味でとらえれば正しいとする人もいる。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
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