マングローブ
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マングローブ(Mangrove)とは、熱帯~亜熱帯地方の河口汽水域の塩性湿地に生育する森林のことである。紅樹林とも言う。マングローブという用語は「森林全体」と森林を構成する「種」を表す場合があり、混乱を招くため、前者を「マングローブ(林)」、後者を「マングローブ植物」と使い分けることが一般的である。また、前者をマンガル(mangal)、後者をマングローブと区別することもある。世界では、東南アジア、インド沿岸、南太平洋、オーストラリア、アフリカ、アメリカ等に分布し、日本では沖縄県と鹿児島県に分布する。
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[編集] 生育条件
熱帯から亜熱帯の海水に浸る土地に生育する。波当たりのある場所では生育せず、主としてある程度以上の大きさの川の河口域に成立する。しかし、波当たりがなければ、たとえば内湾などでは普通の海岸でも生育する場所がある。
波当たりのない、遠浅で汽水の場所であるので、泥がたまりやすく、マングローブ林より海側の区域は干潟になる場合が多い。泥質に生育する樹木には往々に見られることであるが、泥質の中は酸素が不足がちになるため、呼吸根といわれる、地表に顔を出す根を発達させるものが多い。
マングローブ林の外縁(海側)のものは満潮時には幹や一部の葉まで海水に浸り、内側は塩分を含む泥質ではあるが、直接に海水を被ることはなく、そこから陸上の植生につながる。生育する植物の種は群落内の各地点で異なり、耐塩性の違いなどによって帯状分布を示す。
マングローブ林は、亜熱帯上部、たとえば九州ではせいぜい2mの高さのところもあるが、熱帯地域では30mに達するものがある。また、特有のつる植物もあり、場所によっては若干の草本も出現する。
[編集] マングローブ植物
[編集] 主要な種
マングローブ林を構成する植物は世界で70~100種程度あり、主要な樹木の多くがヒルギ科、クマツヅラ科、マヤプシキ科(ハマザクロ科)の3科に属する種である。
日本国内で、マングローブ林にのみ分布が限定される種は、メヒルギ(ヒルギ科)、オヒルギ(ヒルギ科)、ヤエヤマヒルギ(ヒルギ科)、マヤプシキ(マヤプシキ科)、ヒルギダマシ(ヒルギダマシ科)、ヒルギモドキ(シクンシ科)及びニッパヤシ(ヤシ科)の4科7種である。これらは、マングローブ林の主要な構成種であり、分類学的にも近縁の群からかけ離れている。 上記の種に付随して、サキシマスオウノキ、シマシラキ、テリハボク、サガリバナ、リュウキュウキョウチクトウ等の樹木が生育する他、シイノキカズラなど特有のつる植物や草本をともなう場合がある。
[編集] 特徴
主要構成樹種のヒルギ科の植物は、いずれもつやのある楕円形の葉をもつ。葉は分厚く、厚いクチクラ層におおわれる。呼吸根をもち、その形は種によってさまざまである。メヒルギはわずかに板根状になる。オヒルギのものは膝状に地表に顔を出す。ヤエヤマヒルギの場合、タコの足状に地表より上から斜めに根が伸び、幹を支えるようになるので支柱根とよぶ。
また、これらの植物は、果実が枝についている状態で、根が伸び始め、ある程度の大きさに達すると、その根の先端に新芽がついた状態で、果実から抜け落ちる。このように、親植物の上で子植物が育つので、このような種子を胎生種子と呼ぶ。親を離れた種子は、海流に乗って分散(海流散布)し、泥の表面に落ちつくと成長を始めるが、親植物から離れた後、下の泥に突き刺さり、その場所で成長する事もある。
他にも、マングローブ林を構成する木はいろいろあるが、海流に乗って分散する種子を作るものは数多い。
[編集] 生息する動物
マングローブ林は海水の影響のもとにある。海側は干潟に接し、陸側は海水の影響がなくなるところまでにあたる。主要な動物は海産動物である。
潮が引いた時には、多数のカニが出現する。干潟の近くではシオマネキ類やミナミコメツキガニなどが出現し、森の中にはアシハラガニ類やイワガニ類が多数生息している。潮が満ちると地面に掘った穴の中にもぐりこんでやり過ごすものが多いが、中には木に登って過ごすものもある。なお、潮が満ちるとガザミやノコギリガザミなど、大型のカニが姿を現す。
貝類では、キバウミニナやムシロガイなどの巻貝、ヒルギシジミなどの二枚貝がいる。これらの多くはマングローブ植物の落ち葉や種子を食べている。
魚類では、干潟や呼吸根の上でトビハゼ類が活動するが、潮が満ちると他の多くの海水魚が侵入する。木の呼吸根が複雑に入り組んだマングローブ地帯は身を隠すのに都合がよく、アイゴ類やハゼ類など、多くの小魚がみられ、さらにそれらを捕食するフエダイ類やオオウナギなどの大型魚もいる。
[編集] 帯状分布
マングローブの樹種には帯状分布が見られる。
日本の場合は、一番海側にはヒルギダマシがまばらに出現する。低木で、根が泥の浅いところを這い、一定間隔でタケノコのように棒状の呼吸根を出す。背が高くならないので、満潮時には株全体が海水に没する場合がある。場所によってはのマヤプシキがここに出現する。
それより陸側では北方ではメヒルギ、南方ではヤエヤマヒルギが密な群落を作る。その内側にはオヒルギが生育する層がある。 さらに陸側の、ほとんど海水を被らないが、海水の影響を受ける区域には、サガリバナや、巨大な板根を作るサキシマスオウノキなどが生育している。西表にも生育が見られ、より南の海洋島にも広く分布するゴバンノアシもここに生育する。このあたりまでがマングローブ林であり、それより内陸へは、次第に陸の植生へと続く。このマングローブと陸地の境界付近にあたるやや乾燥した区域をバックマングローブと呼ぶ。
[編集] 日本のマングローブ
日本では、九州南端の鹿児島県喜入町(現:鹿児島市)にあるメヒルギ群落がマングローブの北限であり特別天然記念物にも指定されている(喜入のリュウキュウコウガイ産地)。しかし、江戸時代に移植されたとの説もあり、自然分布での北限は種子島であると考えられている。それ以北では、ハマボウの群落が時にマングローブに似た様子を見せるが、ほとんど広がりをもたない。また、伊豆半島等でメヒルギが植樹されたこともある。
奄美大島はオヒルギとメヒルギは生育している。住用川と役勝川の河口が住用村マングローブ国定公園特別保護地区として保護されている。
沖縄本島では、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギモドキの4種が生育しており、このうちヒルギモドキは島北部の億首川の河口にしか見られない。オヒルギとヒルギモドキについては、沖縄島が北限である。その他に、島北部の慶佐次、南部の漫湖等でマングローブ林が発達している。
宮古島では、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギダマシが生育しており、このうちヒルギダマシは宮古島が北限である。島北部の島尻にマングローブ林がある。
石垣島では、オヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギ、ヒルギダマシ、ヒルギモドキ、マヤプシキの6種が生育しており、このうちマヤプシキは石垣島が北限である。島内では宮良川河口のマングローブが最も広く、宮良川のヒルギ林として国指定天然記念物となっている。
西表島では、上述のマングローブ植物7種が全て生育しており、仲間川や浦内川の河口に広大なマングローブ林が発達している。特に仲間川のマングローブ林は、仲間川天然保護区域に指定されている。
[編集] マングローブの破壊と再生
近年、世界各地でマングローブの破壊が問題になっている。東南アジアでは、木炭の材料とするための伐採と、海岸沿いの湿地をウシエビ(ブラックタイガー)などのエビ養殖場とするための開発が主な原因となっている。また、家畜の飼料とするための伐採も行われている。そのため、あちこちでマングローブが消滅しつつある。 熱帯雨林の破壊が地球温暖化とのかかわりで問題になったように、マングローブの破壊も同様な問題として注目されるようになった。また、マングローブが海の水質浄化にはたす役割が大きいことが知られるようになり、世界の湿地帯の価値の見直しとも連動し、その意味でも注目を受けつつある。
現在、あちこちでマングローブの再生を目指した試みが行われている。紅海では砂漠の沿岸でマングローブの形成が試みられた。砂浜では風と波のために生育が維持できないが、枯れ木などを使って柵を作り、水流を止めるようにすれば生育が始まり、群落が少し出来れば、それが波除けとなって次第に面積が広がると言う。
日本でもマングローブの浄化作用を利用しようとの目的で、マングローブ林形成を目指す事業が各地で行われている。沖縄県那覇市の漫湖にはマングローブ林が植樹され、分布範囲が広がっている。しかし、上流からの土砂の流入や生活排水の流入、廃棄物が原因という可能性もあるが、干潟の陸地化や悪臭などの問題も生じている。
さらに、本州の太平洋岸地方でも、あちこちでマングローブを育てようとの試みが行われている。これらの地域は、本来の分布域ではなく、そのままでは生育させることが難しい。そこで、ビニールシート等をかけて保温する方法などもとられている。だが、本来根付かない植生を根付かせることは自然植生の撹乱であるとの意見もある。
[編集] 外部リンク
- 西表島ナダラ川河口付近のマングローブのライブ映像 - 環境省・インターネット自然研究所
[編集] Weblinks
- www.mangroveboard.com Mangrove Board
- www.mangrove.de