伊藤宗一郎
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伊藤 宗一郎(いとう そういちろう、1924年3月21日 - 2001年9月4日)は、日本の政治家(元衆議院議員)、第69代衆議院議長。 宮城県加美郡中新田町(現加美町)出身。従二位勲一等旭日桐花大綬章。
呉服屋に生まれる。旧制古川中学校、旧制第二高等学校、東北大学法学部卒業。讀賣新聞記者、河野一郎秘書を経て、1960年の衆議院議員選挙で旧宮城1区から初当選。以後、当選13回。自民党内では当初、河野一郎派に属したが、河野の死後は三木武夫派→河本敏夫派→高村正彦派に所属。防衛庁長官、科学技術庁長官などを歴任した後、1996年11月、第69代衆議院議長に就任。2000年6月まで務めた。「本籍竹下派」と揶揄されるほど同年代の竹下登との親交が深かったことで知られ、竹下死去後の日韓議員連盟会長を務めた。 自称「東北のケネディ」。地元の人たちには今でもそう呼ばれている。
長男は、東北福祉大学教授で宮城4区選出の衆議院議員・伊藤信太郎。信太郎は、後継者になるまでに自由民主党宮城4区支部から世襲批判が出たため、公募で応募して補欠選挙の候補となった。
[編集] 経歴
- 1960年11月 - 衆議院議員選挙に立候補し、初当選。
- 1971年7月 - 農林政務次官(佐藤栄作内閣)に就任
- 1981年11月30日 - 防衛庁長官(鈴木善幸内閣)に就任。「男子の本懐です」と喜びを表す。
- 1987年11月6日 - 科学技術庁長官(竹下登内閣)に就任
- 1996年11月7日 - 第69代衆議院議長に就任(2000年6月まで)
- 2001年9月4日 - 心不全のため死去。享年77
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