八甲田山死の彷徨

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八甲田山死の彷徨（はっこうださんしのほうこう）は、世界山岳史上最大とも言われる犠牲者が発生した、青森県八甲田山における山岳遭難事故を題材として新田次郎が執筆した山岳小説である。

[編集] 概要

日露戦争直前の1902年（明治35年）に、ロシアとの戦争に備えた寒冷地における戦闘の予行演習として、また陸奥湾沿いの青森から弘前への補給路をロシアの艦砲射撃によって破壊された場合を想定して、日本陸軍が八甲田山で行った雪中行軍の演習中に、参加部隊が記録的な寒波に由来する吹雪に遭遇し210名中199名が凍死した八甲田雪中行軍遭難事件を題材にした山岳小説。演習当日には、北海道で史上最低気温が記録されるなど、例年の冬とは比べ物にならない寒さであったとされている。

ノンフィクション小説として扱われる事も多いが、実際には、事実を題材としながらも作者自身の解釈や創作が含まれるフィクションである。作品中では青森第五連隊と弘前第三十一連隊が共通の目的の下に協調して雪中行軍を計画したように描かれているが事実ではない。実際には双方の計画は個別に立案されたもので、実施期日が偶然一致したにすぎない。また、作中で描かれる双方の指揮官の交流も新田の創作であり、両隊になんらかの情報交換があった否かについては現在残されている資料からは確認できない。

[編集] あらすじ

注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。

青森歩兵第5聯隊は、中隊編成で、青森市から八甲田山に入り八甲田山中にある田代元湯（現在廃湯）に1泊、さらに野営1泊後に聯隊に帰営する計画で雪中行軍を計画するが、往路で猛吹雪により進路を誤り遭難した。

弘前歩兵第31聯隊は、綿密な下準備を行なった上で、大人数では危険な雪山で行動力が低下する恐れがあるため比較的小規模な小隊編成とし、また徴兵されて在営している兵卒は含めず、将校・下士のみ（他に東奥日報記者が1名随行）で隊を構成した。弘前市を出発し十和田湖畔を通り一旦三本木町（現十和田市）に出て、三本木町から八甲田山中を通って青森市に抜け、さらに青森市から梵珠山を走破し弘前に帰営するルートを計画（ただし青森市から弘前市へのルートは第5聯隊の遭難発覚後に中止し、汽車で帰営）、落伍者なく成功させた。

[編集] 登場人物

神田大尉: 青森歩兵第5聯隊中隊長で、雪中行軍の責任者。神成大尉がモデル。責任感ある聡明な軍人であるが、大隊の上官である山田少佐の不適切な干渉に抵抗することができず、悲劇を防げなかった。最後には遭難死する。
徳島大尉: 弘前歩兵第31聯隊の責任者。慎重かつ毅然とした指揮で八甲田山の縦走を成功させる。福島大尉がモデルとなっている。ちなみに福島大尉は日露戦争の黒溝台会戦で戦死している。
山田少佐: 青森歩兵第5聯隊大隊長。山口少佐がモデル。小説では行軍計画を立てた神田大尉に対して指導的立場から助言を行うが不適切なものが多く、中隊を遭難に招く。部下の犠牲によって生き残るが、自責の念から病院で自決。
倉田大尉: 青森歩兵第5聯隊中隊長。山田少佐以下の教導将校団の一員として雪中行軍に参加。神田大尉や山田少佐が正常な判断ができなくなった後も、冷静さを保ち、残された数少ない兵を率いて生き残る。モデルの倉石大尉は黒溝台会戦で戦死。
江藤伍長: 青森歩兵第5聯隊所属。神田大尉と最後まで行動を共にしたが、自分はもう動けないと悟った神田大尉によって斥候を命じられる（＝自分を置いて進み、生き残れということ）。直立したまま凍りついた仮死状態で発見されるが、辛うじて意識を取り戻し、救助隊に惨劇の第一報を伝えた。モデルとなった後藤伍長は故郷に帰って村会議員を務め、1924年に死去。
進藤特務曹長: 青森歩兵第5聯隊所属。早期から精神が錯乱し、現地出身ということに由来する誤った情報（「この道は知っている、こっちに行けば人里だ」のような）を振りまいてしまう。神田大尉は地図を見てそれが誤りだと気づくものの、山田少佐が信用してしまったため、隊はさらに迷走することとなる。最後は錯乱の果てに駒込川に飛び込んで凍死。モデルは佐藤特務曹長だが、出身は岩手。

[編集] その他

映画『八甲田山』（高倉健、三國連太郎、北大路欣也主演）の原作になった。
企業研修や大学において、リスク･マネジメントやリーダー論等の経営学のケーススタディに用いられることがある。
歴史的な事件を扱っているがあくまでも「小説」であり、フィクションも含んでいる。事件の事実を追った例としては、青森県の地元紙記者小笠原弧酒が遭難した第五連隊の生存者に聞き取り調査を行い、書籍の形にまとめたものが存在する。ただし地方の小出版社から出されたものであるため「八甲田山死の彷徨」に比べ知名度は非常に低い。小笠原の足跡などを記した「八甲田死の雪中行軍真実を追う」（三上悦雄、河北新報出版センター）という書籍も存在する。