公安警察
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公安警察(こうあんけいさつ、英:security police)とは、公共の安全と秩序、すなわち「公安」を維持することを目的とする警察の捜査部門の総称。
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[編集] 概要
日本の公安警察は警察庁警備局が指揮・管理を行い、地方の警察本部に属する警備部の公安課・公安係・外事課・外事係が末端部分を担う。特に首都である東京都を管轄する警視庁では公安部として独立し、警察官約2000名を擁する巨大組織となっている。主に国の治安・国家体制を脅かす事案、若しくはそういった事態につながる可能性がある事案に対応する。
公安警察は、一般に戦前以来の特別高等警察がGHQの指令により解体された代わりに創設されたとされることが多い。犯罪組織(暴力団)や左翼(日本共産党・新左翼)・右翼・オウム真理教(現アーレフ)・創価学会(現在は政権党との関係で対象外)・新興宗教・朝鮮総連・労働運動・反戦運動など、団体別・領域別に運動を監視し、必要とあらば公権力を発動する。一般に、刑事事件担当の警察官よりも、公安担当の警察官のほうが昇任試験に合格しやすいとされる。試験の条件は同一であるものの、9時5時勤務で勉強に割ける時間が多い上、公安警察を志望する者は野心家が多く、出世が早いといわれる。実際、警察の幹部職員は公安出身者が多い。
公安警察は諸警察活動のなかでも国家に対する犯罪行為を取締るのが主任務なので、警察では最も優遇された扱いをされているとされる。刑事警察・交通警察・生活安全警察等は、それ以外のいわゆる市民犯罪を主たる対象として警察活動を行うので、警察内部では公安警察に比べ格式が低い扱いをされることが多いといわれる。
また、地下鉄サリン事件が起こるまで全くノーマークだった宗教団体は、事件後に公安から監視されることになった。
公安はその成り立ちから、左翼勢力監視が主業務であり、左翼を抑えるために右翼団体と癒着し、その力を借りているという見方をする者が一部にいる(鈴木邦男『公安警察の手口』など)。右翼団体の者に「日教組などの左翼系団体の本部に突っ込んで、男を上げろ」と犯罪を唆す言動をしたり「泥棒や人殺し如き放置しても大勢(たいせい)に影響はない。だが、アカを野放しにしたら日本は滅びる」と言明した関係者もいるという。また、左翼が関係する集会ではしばしば公安警察が参加者全員の顔写真を撮影し、参加者の身元を調査することが多いとされる。
法務省外局である公安調査庁(公安庁、公調)とは、捜査対象が重複するためにライバル関係にあると言われる。その一方、内閣情報調査室や防衛庁情報本部(特に電波部)などの幹部の多くは、警察(キャリア職員)からの出向者である。
公安警察は、事件解決や対象の継続的な監視を目的としており、収集した情報を首相官邸や関係省庁等に提供することはほとんどない。一方公安調査庁は、政策の判断材料となるように情報を分析・評価し、首相官邸や関係省庁等に提供する点で違いがある。例えば、同じ北朝鮮情報を扱うにしても、公安警察が日本国内の工作員の存在という違法行為の把握を第一目標とするのに対し、公安調査庁は北朝鮮本国の政治・経済情勢の把握を優先する。公安警察には逮捕権等が付与され、公安調査庁に与えられていないのはこのためである。
一見、同様の活動をしているかに見える両機関であるが、収集した後の情報の扱い方によって、公安警察は捜査機関、公安調査庁は情報機関に分類される。
国や地方自治体の公安委員会は、警察そのものを監督する行政機関であり、公安警察とは呼称が似ているが全く別の組織である。
なお、中国の警察では、日本と同じく警察組織の大半が「公安部」と呼ばれる。ちなみに公安警察はOBを主力とする外活組織を複数、持っている。その活動内容は警察手帳こそないが、現職の活動をそっくりサポートしている。
[編集] 公安警察と反体制勢力
- 公安警察の捜査の対象となっている団体の所属者を「転び公妨」などと揶揄される軽微な罪で逮捕し・または刑事・交通の管轄で「厳重注意」がせいぜいのはずの事案に託けて、監視対象団体への家宅捜索などを行うことがある。逮捕された者には不起訴になるケースもあるが、公安警察の目的はむしろ逮捕を足がかりとして、事情聴取や押収資料からの情報収集であるとされる(このような逮捕のあり方を別件逮捕という)。その一方で、団体の活動は日本国憲法によって保障されているため、別件逮捕に頼らざるをえないという主張もある。
- 例 立川反戦ビラ配布事件に代表される広報チラシの(無断)投函に係る検挙(弾圧)事案、車庫法違反(ディーゼル自動車の車庫飛ばし)を理由にした滋賀朝鮮初級学校への捜索など在日朝鮮人への各種事案
- 捜査の段階で通信傍受や盗聴・盗撮を行っている可能性が指摘されている。公安捜査における盗聴・盗撮はかなり昔から行われており、人権侵害として訴えられる場合も多かった。最近では通信傍受法が制定されたので、警察が捜査上必要な場合、通信傍受や盗撮は法的要件を踏まえたうえでならば合法とされている。
- 基本的に捜査費用は機密事項とされているため、その用途は公開されない。そのため予算の配分が妥当なのかどうか、判断することが難しい状態になっている。
- 元来の成立目的が国内左派勢力の監視摘発であったことから、伝統的に調査・監視等の主軸を国内の左翼勢力に置いており、従来、カルト的な宗教団体・海外諜報機関・海外テロ組織等に関する調査・監視行動は主任務とされておらず、地下鉄サリン事件や北朝鮮による日本人拉致事件などを発生させてきたとされる。近年それらも監視対象に組み入れ、徐々にそのウェイトを高めつつあるとされる。
- 日本共産党は「公党たるわが党を監視する事自体が憲法違反であり、不当極まりない」と非難・批判している。
- 社会民主党は「盗聴法(通信傍受法と同義、同法に批判的な勢力が主として使用する用語。詳細は同項目参照)は人権を侵害しているから必要ない」と非難・批判している。
- 公安は刑事警察と捜査手法が全く異なり、大半の警察活動と相反する立場にあるので、公安以外の警察活動を執行する警察部門とは情報交換が行われない、人事交流がない等の点で警察内部においても閉鎖的な部署となっており、特に刑事部門とは不仲にあるとされる(刑事警察からは“公安は情報集めばかりで事件を解決したためしがない”と蔑まれているという)。公安部と刑事部で同一の対象を監視し、刑事部と一切のすり合わせを行わずに突然摘発してしまうことがあるといわれる。東京新聞公式ホームページ現場警察官に聞く職場事情でも、公安警察は充実している一方で交番に代表される地域警察は予算と人材を増やされずないがしろにされているし、交番勤務の巡査部長が線路内に入った女性を助けようとして電車にはねられ死亡した事故は、もう一人警察官がいればはねられずにすんだはずだとしている。市民団体の中には、“人手不足で凶悪事件の検挙率が低下しているなら、公安部の有り余る予算と暇な人材を我々を監視するより刑事部が扱う凶悪事件に向けろ”と主張する団体もある。
[編集] 参考
- 大野達三『警備公安警察の素顔』(新日本出版社)
- 警備研究会著『日本共産党101問』(立花書房)