帷子川
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帷子川 | |
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延長 | 17 km |
水源の標高 | -- m |
平均流量 | -- m³/s |
流域面積 | 57.9 km² |
水源 | 横浜市旭区の湧水 |
河口 | 横浜港 |
流域 | 横浜市 |
帷子川(かたびらがわ)は、横浜市を流れる二級河川。工業用水三級。現在の横浜市保土ケ谷区天王町一帯は、片方が山で、片方が田畑であったため、昔『かたひら』と呼ばれていた。その地を流れていたので『かたびらかわ』と呼んだのが名の由来だとされているが諸説ある。
相模鉄道(相鉄線)に沿うように流れている。
もともとは蛇行の激しい暴れ川で、水害の多い川であったが、多くの地点で連綿と河川改良が進められ、20世紀末 - 21世紀初頭、川の直線化や護岸工事など、大規模な改修が進められている。西谷から横浜駅付近に地下分水路も建設された。親水公園、川辺公園なども造られている。
上星川付近には、かつて捺染業が多く存在した。この染色・捺染の染料を流すこと(生地を水に晒す工程)だけでなく、生活排水や工場廃水などが増え始め、一時期、汚染が進んだ。また上流域旭区にゴミ処理場があり、その影響も考えられた。しかし20世紀末 - 21世紀初頭、環境問題に社会の関心が向いたことにより下水道の普及など状況は改善されつつあり、魚の放流などもされ、“自然”が戻りつつある。
目次 |
[編集] 地理
[編集] 歴史
- 平安時代 - 河口は帷子湊(かたひらみなと)として栄えた。現在の橘樹神社付近は「かたひらの宿」「かたひらの里」として栄えた。
- 江戸時代 - 河口に舟着場があり、薪炭などの物流の地として栄えた。
- 1732年(享保16年) - 川幅と河身の改修工事が行われる。
- 明治時代 - 絹のスカーフの輸出増大を受けて、染色・捺染工場が集まる。八王子からの「絹の道」が通り、天王町が栄えた。
- 1923年(大正12年)9月関東大震災後 - 国の復興事業として改修工事が行われる。
- 1970年度(昭和45年度) - 都市基盤河川改修事業による改修工事が行われる。
- 1982年度(昭和56年度)から1996年度(平成8年度) -地下トンネルと帷子川分水路が整備される。(神奈川県・横浜市の事業)
[編集] 水害
[編集] 観光
- 上川井町小川アメニティ - 最上流の若葉台団地に隣接する散歩道。
- 帷子川親水緑道 - 相模鉄道鶴ヶ峰駅(鶴ヶ峰は水流(つる)の所にある山の意)。中堀川合流点から鶴舞橋(約600m)。1988年度(昭和63年度)完成。
- 川辺町公園 - 相模鉄道星川駅。
- 2002年9月頃から、アザラシの「タマちゃん」が一時居住した(西タマオ:横浜市西区名誉区民)。
[編集] 利水
[編集] 支流
- 新井川
- 新田間川
- 石崎川
- 市沢川 - 帷子川の一番目の沢。市沢谷戸から陣ヶ下渓谷。
- 今井川
- 帷子川分水路
- くぬぎ台川
- 幸川
- 中掘川
- 派新田間川
- 二俣川
[編集] 生物
- 魚類
- コイ
- ボラ
- 鳥類
- カワウ
- ウグイス
- オナガ
- カルガモ
- カモメ
- キジバト
- セグロセキレイ
- ドハト
- ヒヨドリ
- ムクドリ
- メジロ
- モズ
- 爬虫類
- ミシシッピーアカミミガメ
- 哺乳類
- アゴヒゲアザラシ
[編集] 関連書物
- 『廻国雑記』1486年(文明18年)1487年(文明19年) - 聖護院道興准后(しょうごいんみちおきじゅごう)が東国を回遊したときの記録。
- 解説書:『廻国雑記 旅と歌』栗原仲道 編 名著出版 2006年1月 ISBN 4-626-01701-0