渡辺雅史
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渡辺 雅史(わたなべ まさし、1975年 - )は、放送作家、フリーライター。埼玉県出身。埼玉大学中退(正確には八年在学の後、除籍)。身長181cm。体重82kg。
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[編集] プロフィール
学生時代より、伊集院光のラジオ番組のハガキ職人をしていた。当時のペンネームはサバ味噌煮。ニッポン放送の前で幾度となく出待ちを繰り返した結果伊集院にスカウトされ、同局のアルバイトとして放送に関わるようになり現在に至る。現在は「伊集院光 深夜の馬鹿力」などの構成を担当。
フリーのライターとしても仕事をこなし、伊集院が雑誌に連載するコラムのアシスタントも担当。恐ろしいほどの電車マニアで自身も「トレイン渡辺」というペンネームでWebサイトのコラム執筆をしていた(現在は連載終了)。
伊集院が仕事場として借りた都内のマンションに、ヒットマン河野和男と3人で暮らしていたが、現在は金銭的理由から余裕がなくなり実家へと戻っている。
笑い声や特別な企画以外では構成がしゃべってはいけないという独特のポリシーを持ち、なにか生放送中に言いたいことや、つっこみたいことがあっても紙にメモして見せる。
[編集] エピソード
- 子供の頃に「8時だョ!全員集合」の公開生放送を見に行った際、今や伝説的なハプニングとして知られる、会場の停電事件を現場で体験している。
- 中学校時代のあだ名は「イカナベ」だったという。
- 一浪を経て埼玉大学に入学するも、伊集院と出会ったあたりから留年を繰り返す。多人数の講座のスキー合宿にひとりだけ誘われないなど大学生活における自虐的な話を楽しそうにすることから伊集院に感心されつつ、結局8年間通うも、英語の単位が取得できなかったため除籍。教職課程を履修し中学校の教育実習に出たこともある。その際、学校の生徒達にラジオの事は一切話さなかったが、実習終了時に生徒たちから貰った寄せ書きの1つに「ラジオがんばってください」と書かれている事を発見した。その後、伊集院にぼやいた言葉は「僕みたいな人間が教師になれるなんて、この社会は間違ってますよ」。
- 無類の鉄道好きで、時刻表検定2級。「いい旅チャレンジ20,000km」参加経験あり。
- 真性童貞であることを番組内でよく伊集院にネタにされている。2005年3月、仕事で伊集院らと北海道(伊集院が日ハムの試合のゲストとして呼ばれ、その日が月曜日だったため、HBC(北海道放送)から「伊集院光深夜の馬鹿力」を放送したため)に行った際、すすきのの早朝ソープランドでの童貞卒業を誓い「75%童貞を喪失した」とうそぶくも、実際には泥酔して道に迷い店へ行くことすら叶わなかった。30歳を過ぎた現在、還暦まで童貞を保持する予定。「深夜の馬鹿力」内コーナー「渡辺校長の平成ハレンチ学園」校長。
- 脂肪肝でメガネ。内弁慶で特に母親へ冷たい。髪型をアフロ・スキンヘッドにしていた時期があった。
- リスナーを代表するもてない男のさらに代表であったが、最近になって体を鍛えたり、原宿の美容院に行きだしたり、おしゃれに気を使いだした。一説には「電車男」の影響かといわれている。
- 「深夜の馬鹿力」での企画の勝負に負け、罰ゲームとして母親が同番組に出演したことがある。その中で母親から再三「早く就職してほしい」と言われ、未だに構成作家という仕事を職業として認めていない節が見受けられた。
- 2005年12月12日にNゲージとPS2を伊集院にとられ、「深夜の馬鹿力」のリスナープレゼントとされた。
- TBSラジオのスタジオミキサー卓(1,000万円相当)にスポーツドリンク(アサヒ飲料 オー・プラス)を丸々こぼし、全壊させてしまったことがある(伊集院に「第4スタジオ炎上事件」と名づけられたエピソード)。その際最後まで平静な顔をしてしらばっくれていたが、偶然現場を目撃してしまったスタッフのリークによって発覚。
- 伊集院光によるとギャンブル好きであり、競馬、パチスロをよくやるらしい。
[編集] その他の活動
ライターとして細々と活動しているが、大体の仕事が5000円均一らしい。ある仕事ではギャラが5000円だったものの、時給換算すると約5円になることも判明した。また過去には伊集院が出演していた「ゲームWAVE」の電車でGO!クイズ企画にも出演している。この時は「汚いメーテル、伊集院の舎弟」として紹介された。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- ウワサの現場 (DION)
- 伊集院光 深夜の馬鹿力(TBSラジオ)
- テレビ出演時の映像 youtube。テレビ出演時の映像
- よゐこのアキパラ(ラジオ日本)