熊代昭彦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
熊代 昭彦(くましろ あきひこ、1940年(昭和15年)2月21日 ‐ )は、日本の政治家。
生年月日 | 1940年(昭和15年)1940年2月21日 |
---|---|
出生地 | 岡山県岡山市 |
出身校 | 東京大学法学部卒業 ウィスコンシン大学大学院卒業 |
学位・資格 | 政治学修士 |
前職・院外役職(現在) | 衆議院議員 国家公務員(厚生省) |
所属委員会 ・内閣役職(現在) |
‐ |
世襲の有無 | 無 |
選出選挙区 (立候補選挙区) |
岡山1区 |
当選回数 | 4回 |
所属党派(現在) | 国民新党 |
党役職(現在) | ‐ |
会館部屋番号 | ‐ |
ウェブサイト | 前衆議院議員 くましろ昭彦 |
[編集] 概要
1963年、東京大学法学部卒業後厚生省に入省。厚生大臣秘書官事務取扱・年金局資金課長・大臣官房総務審議官・援護局長などを歴任。 1993年7月、第40回衆議院議員総選挙にて初当選。以後4期連続当選を果たす。2003年9月の自民党総裁選に立候補の表明をしたが、20人の推薦人を得られず断念。
2005年7月5日の郵政民営化法案の衆議院本会議採決に反対票を投じた。このため、その後の解散総選挙で自民党は、熊代に公認を与えずに対立候補として岡山市長・萩原誠司を岡山2区に立てた。同年8月19日、熊代は総選挙出馬を断念して萩原市長の辞職に伴う岡山市長選に出馬したが落選した。
2006年12月、2007年夏の第21回参議院議員通常選挙に国民新党比例代表候補として出馬したい意向を表明し、既に国民新党に公認を要請したことも明らかにした。