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私的録音録画補償金制度

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

私的録音録画補償金制度(してきろくおんろくがほしょうきんせいど)とは、本来、私的使用を目的とした個人、または家庭内での複製については著作権法でも認められてきたが、デジタル方式で録音、録画する場合に於いては、一定の割合で補償金を徴収し、著作権権利者への利益還元を図ろうとするもの。

日本では、1992年の著作権法改正に伴って導入された。

MDCD-RCD-RWDVD-RWDVD-RAM等のデジタルメディアを用いて録音、録画する場合には、利用者は一定の補償金を管理団体に支払わなければならない。この補償金は機器やメディアの販売価格に上乗せされている為、購入時に無自覚のうちに支払っていることも多い(録音、録画の対象なるコンテンツの著作権を、機器やメディアの使用者自身が持っている場合は、申請する事で補償金を受け取る事も出来る)。

近時、権利者団体が制度の拡大を要求している一方で、制度の趣旨・運用についての疑問が呈されており、著作権法改正をめぐる重大な争点の一つとなっている。

目次

[編集] 制度の趣旨と導入の経緯

一般に著作物を複製することは著作権者の許可なく行うことはできないが、個人的に使用することを目的とした複製については、その規模が零細であって権利者の利益を不当に害するとはいえないし、また仮に規制したとしても現実に摘発するのは困難であることから、自由にかつ無償で行い得るとされている(著作権法30条1項、私的複製。以下特に断らない限り条文は日本の著作権法のもの。)。

しかし近年の技術の発達により、デジタル方式で録音や録画を行うことによりオリジナルと全く同質のコピーが容易に作成できる高性能な機器が登場し、それらが一般家庭に広く普及したことによって、そのような利用方法で音楽・映画等を楽しむ利用者が増えている。 これに伴い、個々の利用については零細であっても、全体として見れば無視できないほどの規模で録音・録画がなされるようになった。

そのため、これらの大規模な利用を自由に許していたのでは、権利者が本来得られるはずの利益が得られず、利益が不当に害されることになるのではないかという点が問題となった。 特に日本では、レコードがアナログからCDに移行して以来、レンタルしてきたCDをデジタル方式で私的録音する利用者が増えたことによって、CDの売り上げが減少し、利益が得られないといった事態が生じたのである。

この問題を解消するためにドイツやアメリカでは権利者に対する補償制度を既に導入しており(注:両国に限らず欧米先進諸国に日本のようなレンタルレコード店はない)、日本でも同様の措置を講ずるべきではないかとの検討がなされ、その結果、1992年(平成4年)の著作権法一部改正によって私的録音録画補償金制度が導入された。

これにより、利用者による私的な録音・録画を自由に許しつつも、その複製が一定の機器・メディアによって行われる場合に限って権利者に報酬請求権を与えて補償金を得させ、両者の利益の調和を図ることとなった。

[編集] 制度の概要

[編集] 利用者の支払い義務

補償金の流れ
補償金の流れ

利用者は次の場合に権利者に補償金を支払わなければならない。

  • 私的使用を目的として、「デジタル方式の録音又は録画の機能を有する機器であって政令で定めるもの」により、「当該機器によるデジタル方式の録音又は録画の用に供される記録媒体であつて政令で定めるもの」に録音又は録画を行う場合(著作権法30条2項)
    • ただし例外として、「放送の業務のための特別の性能その他の私的使用に通常供されない特別の性能を有するもの」及び「録音機能付きの電話機その他の本来の機能に附属する機能として録音又は録画の機能を有するもの」を利用してデジタル録音・録画を行う場合には、補償金を支払う必要は無い(同項)。
  • 著作隣接権の目的となっている実演又はレコードを同様の手段で利用する場合(102条1項)

「政令で定めるもの」として、2005年5月現在、次のものが指定されている。

  • 録音機器・記録媒体
    • DAT(デジタル・オーディオ・テープ)
    • DCC(デジタル・コンパクト・カセット)
    • MD(ミニ・ディスク)
      以上3種類は制度導入時の1992年(平成4年)から。
    • CD-R(コンパクト・ディスク・レコーダブル)
    • CD-RW(コンパクト・ディスク・リライタブル)
      以上2種類は1998年(平成10年)11月1日から。
  • 録画機器・記録媒体
    • DVCR(デジタル・ビデオ・カセット・レコーダー)
    • D-VHS(デジタル・ビデオ・ホーム・システム)
      以上2種類は1999年(平成11年)6月から。
    • MVdisc(マルチメディア・ビデオ・ディスク)
    • DVD-RW(デジタル・バーサタイル・ディスク・リライタブル)
    • DVD-RAM(デジタル・バーサタイル・ディスク・ランダム・アクセス・メモリー)
      以上3種類は2000年(平成12年)7月から。

このようにデジタル方式のものだけが対象とされている理由は、デジタル方式であれば劣化なく繰り返しコピーができるので権利者への不利益が大きいこと、また、既にほとんどの一般家庭に普及しているアナログ方式のものにまで対象を広げると、社会に与える影響が大きすぎ適当でないことが挙げられる。

[編集] 補償金の請求方法

これにより利用者は一定の場合に補償金を支払う義務を負い、逆から見れば権利者は利用者に対する請求を行えることになったが、各権利者がそれぞれ利用者の行為の実態を調べてそれに応じた請求を行うのは到底不可能であるし、利用者としても複製のたびに個別に補償金を支払わなければならないのでは煩雑である。 そこで補償金を受ける権利は、文化庁長官が指定する団体によってのみ行使できるとして、集中管理方式が導入された(104条の2)。

この管理団体として、録音については私的録音補償金管理協会(SARAH, サーラ)が、録画については私的録画補償金管理協会(SARVH, サーブ)がそれぞれ指定されている。

利用者に対する補償金の請求は個別に行われるのではなく、政令で指定されている機器・記録媒体の購入の際に一括して請求される(104条の4第1項)。

これにより個別に支払う煩雑さが解消される代わりに、それらの機器・メディアを著作物の複製とは全く無関係の目的に使用する利用者からも補償金を徴収する不具合が生じる。
そこで同条第2項では、補償金を支払った機器・メディアを専ら私的録音・録画以外の用途に用いることを証明すれば、補償金の返還を請求できるとしているが、現実にその証明は容易ではなく、また返還手続に要する費用が返還される補償金額を上回るおそれもあり、返還制度の実効性を疑問視する声がある。

補償金を負担するのは個々の利用者であるが、購入費用に上乗せして請求するという制度上、機器・記録媒体の製造業者等の協力が必要である。そこで、これらの業者には補償金の支払いの請求及び受領に協力する義務が課せられている(104条の5)。

日本では制度が施行されて13年目の2005年に、初めての補償金返還の請求が行われた。家族の姿を録画したという人からDVD-R4枚分の補償金返還を請求された。請求者は80円切手で請求書を送り、返還金は銀行振込の8円であった。

[編集] 補償の額

30条2項で「相当な額」とされている補償金の額は、指定管理団体が機器や記録媒体の製造業者等の団体に意見を聴いた上で定め、文化庁長官が文化審議会に諮問をした上で許可を与えることとされている(104条の6)。

2005年5月現在の補償金額は次の通り。

  • 録音(私的録音補償金管理協会の私的録音補償金規程より)
    • 機器
      基準価格(カタログに表示された価格の65%)の2%。ただし、録音機能が1つの機器であれば上限は1000円、2つの機器であれば上限は1500円。
    • 記録媒体
      基準価格(カタログに表示された価格の50%)の3%。
  • 録画(私的録画補償金管理協会の私的録画補償金規程より)
    • 機器
      基準価格(カタログに表示された価格の65%)の1%。ただし、録画機能が1つの機器であれば上限は1000円。
    • 記録媒体
      基準価格(カタログに表示された価格の50%)の1%。

[編集] 共通目的事業

このような制度では、利用者の具体的な利用形態を考慮することなく、一律に一定額を包括的に徴収することになるため、そこで得た補償金をどの権利者にどのように分配するべきかが明らかではない。 そこで、補償金として得た利益の一部を「著作権及び著作隣接権の保護に関する事業並びに著作物の創作の振興及び普及に資する事業」のために支出させ、それによっていわば間接的に利益を分配するという仕組みをとっている(104条の8)。 これによって、著作権制度の啓蒙のための資料作成や相談事業などが行われている。

[編集] 補償金の分配

指定管理団体が得た補償金は、共通目的事業に支出する額を差し引いた上で、残りが各団体の補償金分配規程に則って分配される。

私的録音補償金は、著作権者の団体である日本音楽著作権協会 (JASRAC) に36%、実演家の団体である日本芸能実演家団体協議会に32%、レコード製作者の団体である日本レコード協会に32%の割合で分配される。

私的録画補償金は、著作権者の団体である私的録画著作権者協議会に68%、実演家の団体である日本芸能実演家団体協議会に29%、レコード製作者の団体である日本レコード協会に3%の割合で分配される。

その後各団体がそれぞれ規程に則って権利者へ分配することとなる。

[編集] 制度の見直しをめぐる議論

2005年(平成17年)1月24日に文化審議会著作権分科会が公表した「著作権法に関する今後の検討課題」では、その第一として「私的録音録画制度の見直し」が挙げられており、iPodに代表される「ハードディスク内蔵型録音機器」や、パソコン内蔵・外付けのハードディスクドライブなどを補償の対象とするべきかの検討を行うこととされた。結局反対意見が多いため、日本では2年後に結論を先送りすることに決めた。現在、文化庁が新しく設置した私的録音録画小委員会で討議されて居り、構成委員に補償金受益団体・組織から6名が任命された。同小委員会では文化庁の方針により消費者、機器メーカーからの代表者は権利者団体より少ない4名のみが任命された。他に文化庁寄りの学者も複数任命された。

[編集] 権利者団体の要求

権利者団体からは、まだ政令で指定されてはないものの、広く普及しつつある新しい種類の機器・記録媒体を補償の対象とすべきであるとの意見が出ている。 私的録音録画制度の見直しに関連して、平成17年4月28日に開かれた著作権分科会の第3回法制問題小委員会には、次のような意見書が寄せられた。

日本音楽著作権協会、日本芸能実演家団体協議会等の7団体の連名で寄せられた意見書には、私的録音補償金制度に関して、

  • MDの利用者は減少傾向であり、代わりにiPod等の「ハードディスク内蔵型録音機器」の利用者が急激に増えているから、これらを補償の対象とすべきである。
  • パソコン内蔵・外付けのハードディスクドライブや、録音以外の用途にも利用できるデータ用CD-R・CD-RWを補償の対象とできるように法改正を行うべきである。
  • 政令で個別に対象を定めるのではなく、あらかじめ補償の対象となる機器・記録媒体の要件を定めておくべきである。

との意見が述べられている。

また、デジタル私的録画問題に関する権利者会議から寄せられた意見書には、私的録画補償金制度に関して、

  • Blu-ray Disc用機器・メディアと「ハードディスク内蔵型録画機器」(HDDビデオレコーダー)を補償の対象とすべきである。
  • パソコン内蔵・外付けのハードディスクドライブや、録画以外の用途にも利用できるデータ用DVD-R・DVD-RWを補償の対象とできるように法改正を行うべきである。
  • 政令で個別に対象を定めるのではなく、あらかじめ補償の対象となる機器・記録媒体の要件を定めておくべきである。

との意見が述べられている。

[編集] 制度拡大への批判

制度の拡大にはいくつかの批判がある。補償金制度は、もともと私的録音しない消費者に対しても機器や媒体購入時に負担を強いると言う点で矛盾がある。また、有料音楽配信では、消費者は音楽配信に対し対価を支払い、補償金によりさらに対価を支払うため、二重の対価を支払うことになる。(権利者団体側は音楽配信の対価は曲をPCにダウンロードするまでのものと主張している。)

このような、補償金の徴収時における不公平性に対し、権利者への分配の不公平性も批判を受ける原因となっている。実際にどの著作物がどれだけ私的に複製されているかわからないため、消費者と権利者の間に存在する権利者団体が仮定した基準に基づいて分配されることになる。この基準が明らかでなかったり、基準の根拠が明らかでないなど不透明である上、そもそも権利者団体に所属していない権利者には一切分配されないという問題がある。

電子情報技術産業協会は同制度が制定された当時から技術の進歩により状況が変わったため制度そのものを見直すことを主張している。DRM(Digital Rights Management,デジタル著作権管理)などの技術と利用者との契約を組み合わせ、利用に応じてその都度課金し、個別の利用者から直接権利者に著作権料を支払う形に変えるべきであるとの主張である。

また日本記録メディア工業会も、現在の制度は矛盾が広がっているとして同様の意見を寄せている。

それに日本・アメリカイギリスの電化製品販売団体が協力してこの私的録音録画補償金制度の中止を求めている。

さらに現在の制度の矛盾点として、補償金収入が少なく、権利者への分配のための手続だけで赤字になっているという指摘もあり、あくまでも制度の維持を前提として補償対象の拡大を求める権利者団体に対し、そもそも補償金制度が必要なのかという批判が強い。

[編集] 諸外国における同様の制度

[編集] ドイツ

ドイツ(西ドイツ)は1965年、世界に先駆けて報酬請求権制度を採用した。当初はテープレコーダーの価格の5%を補償金額としていたが、のちに記録媒体も対象に加えられた。また、2004年にはパソコンに搭載された汎用ハードディスクに対しても補償金を支払うようメーカーに命令する判決が裁判所で下されて波紋を拡げている(2005年9月現在控訴審で審理中)。

なお、EU加盟国ではイギリスアイルランドルクセンブルクを除き補償金制度が導入されているがその範囲や金額は各国まちまちである。欧州委員会(EC)では域内の制度を統一するための指令制定に関する議論を行っていたが、将来の制度廃止を視野に入れて段階的縮小を重ねているフランスの反対を主な理由に2006年12月、統一指令の制定を断念した。

[編集] アメリカ合衆国

アメリカは1992年にAHRA(Audio Home Recording Act)を制定して著作権法を改正し、デジタル録音についての補償金制度を導入した。なお、映像の私的録画に対する補償金制度は日本とは異なり導入されていない。

[編集] カナダ

カナダではカセットテープやCDなどの「聴覚的記録媒体」に対して補償金制度を導入している。更に2003年にはiPodなどにも同様の補償金制度を導入しようとしたが、最高裁は「iPodなどの記録媒体が内蔵されている録音機器は、法律上の『聴覚的記録媒体』に該当しない」旨の判決を2005年7月に出した。これを受け徴収した補償金は支払った消費者に返還された。

しかし、同国の私的録音補償金管理協会(CPCC)は最高裁における敗訴以降もiPod1台につき75カナダドルの補償金を新規に導入するのを始め、現行の補償金を軒並み増額するための著作権法改正を実施すべきであると主張している[1]

[編集] 制度の国際的年表

  • 1965年
    • 西ドイツが世界で最初に報酬請求権制度を採用。
  • 1977年
    • 日本で制度の検討のため著作権審議会第5小委員会を設置。
  • 1980年
    • オーストリアがドイツに次いで導入。
  • 1981年
    • ハンガリーで導入。
    • 日本で第5小委員会の報告書が公表。関係者間での話し合いが必要とし、導入は見送り。
  • 1982年
    • コンゴで導入。
  • 1984年
    • フィンランドで導入。
    • アイスランドで導入。
  • 1985年
    • フランスで導入。
    • ドイツで法改正。メディアにまで対象を広げ、補償金額を定率制から定額制に。
  • 1987年
    • 5月 日本で再度の検討のために第10小委員会を設置。
  • 1989年
    • オランダで導入。
  • 1991年
    • ブルガリアで導入。
    • 日本で第10小委員会の報告書が公表。制度を採用することに。文化庁がこれを受けて法案を作成。
  • 1992年
    • アメリカ合衆国で導入。
    • 12月16日 日本で著作権法の改正案が成立。
  • 1993年
    • 3月3日 日本で私的録音補償金管理協会が設立。指定管理団体として指定される。
    • 6月1日 日本で改正法施行。
  • 1999年
    • 3月26日 日本で私的録画補償金管理協会が設立。
    • 3月30日 同協会が指定管理団体として指定される。
  • 2005年
    • 6月22日 私的録画補償金管理協会が個人の補償金返還請求を受理し、8円を返還。制度導入以来初めて。
    • 7月28日 カナダ最高裁でiPodなどのハードディスク型レコーダーを補償金の対象とする政令を無効と判断した控訴裁判決が確定。
  • 2006年
    • 12月13日 欧州委員会(EC)、EU域内の補償金制度統一指令の制定に関する議論を白紙撤回。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ Copyright collective wants iPod levy

[編集] 外部リンク

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