窒化ホウ素
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窒化ホウ素(boron nitride、BN)は、窒素とホウ素との化合物で、天然には存在しないセラミックスである。周期表でC(IV族)の両隣りの元素から成るIII-V族化合物なので、性質面で炭素と似ている点も多い。
炭素に、常温常圧で安定な黒鉛と、高温高圧で安定なダイヤモンドとがあるように、窒化ホウ素にも、六方晶系(hexagonal)などの常圧相と、立方晶系(cubic)などの高圧相とがあり、h-BN、c-BNなどと呼び分けられる。常圧相のh-BNは1842年W.H.Balmainにより、高圧相のc-BNは1957年R.H.Wentorによって初めて合成された。
h-BNの粉末や成形体は、固体潤滑剤、ファインセラミックスなどに、使われる。
c-BNの粒および焼結体は、おもに、鉄と鋼用の、研磨材および切削工具などに、使われる。
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[編集] 常圧相窒化ホウ素
[編集] 構造
図1が、h-BNの結晶構造の模型で、小さな青丸がホウ素、大きな茶色丸が窒素のつもりである。青丸と茶色丸とが交互に正六角形の角にあるが、上の(a)と下の(b)とでは、青丸と茶色丸との位置が逆である。そして、(a)の上に(b)、そのまた上に(a)という風に、(a)(b)(a)(b)(a)(b)……と二層周期で積めば、六方晶系の窒化ホウ素(h-BN)が組み上がる。
図1の六角の網目の重なりかたが三層周期の、菱面体晶系(rhombohedral)の窒化ホウ素(r-BN)も報告されている。シアン化カリウム(KCN)とメタホウ酸ナトリウム(Na2B2O4)とから合成したBNに含まれる、あるいは、高圧相BNがh-BNに戻る過程で生成する、といわれる。
これらの構造は、黒鉛と似ている。黒鉛は、青丸・茶色丸の区別なしに角の全部が炭素原子であるが、やはり六角の網目が重なっている。(表1)
ほかに、低温または気相法で合成したBNは、無秩序な積層構造となりやすく、このようなBNは乱層構造BN(t-BN)(turbostratic BN)と呼ばれる。
名称 | 化学式 | 結晶構造 | 最近接原子間距離(pm) | 層間距離(pm) |
---|---|---|---|---|
常圧相窒化ホウ素 | BN | 図1に図解 | 145 | 334 |
黒鉛 | C | 図1の原子がすべてC | 142 | 335 |
高圧相窒化ホウ素 | BN | 図2に図解 | 157 | -- |
ダイヤモンド | C | 図2の原子がすべてC | 154 | -- |
表1には、後記する高圧相も併記した。
[編集] 性質
常圧相窒化ホウ素は、原子がしっかりと組み合った六角網面が、広い間隔で重なり、層と層とをつなげるのは、弱いファンデアワールス力であるから、互いに滑りやすい。このために「白い黒鉛」(ホワイトグラファイト)とも呼ばれる。
網面がしっかりしているので、格子振動によってよく熱が伝わり、電気絶縁体では、最高の熱伝導率を持つ。熱膨張率は低く、アルミナの約10分の1である。
高熱伝導率で低膨熱張率であるため、セラミックス中で最高の熱衝撃抵抗を示し、1500℃以上から急冷しても破壊しない。
電気絶縁体であるところは、黒鉛と違う。黒鉛では層内の原子が3本の結合手で結び合い、炭素の4個めの価電子が、金属における自由電子なみに、網面内を走り回ることができる。一方、常圧相窒化ホウ素では、六角の網目を組んで、窒素にまだ残る2個の価電子は、電気陰性度の高い窒素原子にとらえられ、動けないのである。可視光線を吸収しないから、白い。
大気中では1000℃まで、真空中では1400℃まで、不活性気圏では2800℃まで、安定である。Al、Cu、Zn、Fe、鋼、Ge、Si、B、氷晶石、硝子、ハロゲン化物の融体に濡れない。
柔らかく、モース硬度は、石膏、黒鉛なみの2である。成形体は機械加工しやすく、マシナブルセラミックスとも呼ばれる。
- 密度:2.27g/cm3
- 融点:2967℃
- 沸点:3273℃
[編集] 製造法
つぎの製造法が、代表的である。
- 融解無水ホウ酸(B2O3)と、窒素あるいはアンモニア(NH3)とを、リン酸カルシウム(Ca3PO4)の触媒で反応させる。
- ホウ酸やホウ化アルカリと、尿素、グアニジン、メラミン(C3H6N6)などの有機窒素化合物とを、高温の窒素-アンモニア雰囲気中で反応させる。
- 融解ホウ酸ナトリウム(Na3BO3)と塩化アンモニウムとを、アンモニア雰囲気中で反応させる。
- 三塩化ホウ素(BCl3)とアンモニアを高温で反応させる(高純度品が得られる)。
[編集] 用途
- 固体潤滑剤:低温から、酸化気中の900℃まで、使える(黒鉛や二硫化モリブデンは燃えてしまうので、400℃以上では使えない)。潤滑に水分を必要としないので、たとえば、宇宙空間でも使える。セラミックス、合金、樹脂、ゴムなどに混合して、潤滑性を持たせられる。それら母体の熱伝導、電気絶縁性、化学的安定性などを高める効果もある。
- 離型剤:自動車エンジンを鋳造する金型や、ガラス成形型などに塗布する。敷き粉にも使われる。
- 焼結助剤を使ってホットプレスまたは常圧焼結して、窒化アルミニウムや窒化ケイ素焼結体用セッターや、金属・硝子用坩堝などを作る。成形体は、高温雰囲気炉絶縁体やトランジスタなどのヒートシンクにも重用されている。CVDでも作られ、その高純度性からガリウムヒ素などの化合物半導体用坩堝に用いられている。
- 微粉を、化粧品に配合する。
- 高圧相窒化ホウ素の原料にする。
[編集] 高圧相窒化ホウ素
[編集] 構造
図2が高圧相窒化ホウ素の結晶構造の模型である。
図の左半の正三角形に筋目をつけて折り上げ、接する稜線を貼りつければ、正三角形四枚の正四面体ができる。その四つの頂点にB原子あるいはN原子、そして重心位置にN原子あるいはB原子を置いた正四面体から、窒化ホウ素の結晶を組みあげることができる。ちなみに、ダイアモンドでは頂点と重心位置とが、すべてCである。
その正四面体を密に平面上に並べると、図の右半の網目模様となり、正三角形の中央で120°間隔の三本足をつけた黒丸が正四面体の頂点の原子たち、それ以外の黒丸が正四面体の底面の原子たちである。正四面体の詰まった層が一つできた。その第1層の上に乗せる第2層の正四面体は、第1層の頂点たち、すなわち三本足つき黒丸を足場に並べることになり、その場合、図の右端に斜線をつけた(<)と(>)の二通りの並べかたがある。(第1層は(<)の向きに描いてある。)
そして、(<)向きの層の上に(<)向きに、その上も(<)向きにと、(<)(<)(<)(<)……と積んで行くと、立方晶型の窒化ホウ素(c-BN)になる。図2の網目模様が立方晶の(111)面である。この構造は閃亜鉛鉱型と呼ばれる。ダイヤモンドも、(<)(<)(<)(<)……である。
ほかに、ウルツ鉱型の、w-BNと呼ばれる高圧相もあり、それの模型は、(<)(>)(<)(>)……と積んで行くとできる。六方晶である。
[編集] 性質
結晶構造がダイヤモンドに似ていて、原子間距離もほぼ同じなので(表1)、ダイヤモンドに準じて硬い。ヌープ硬度(kgf/mm2)は、ダイヤモンドの7000~8000に対し、4500~4700である。そして硬度は、800℃まで変わらない。
熱伝導は、ダイヤモンドなみに高い。ダイヤモンドと同じに、電導性は持たず、純粋な結晶は、無色透明である。
ダイヤモンドと違い、鉄、ニッケル、その他の合金に溶けない。
900℃の酸化気圏ではB2O3の保護被膜を作るが、被膜は1200~1300℃で蒸発する。1400℃前後で常圧相に戻る。水蒸気があると、約900℃でホウ酸とアンモニアとに分解する。
密度は、3.48g/cm3である。
[編集] 製造法
常圧相窒化ホウ素は、18GPa、1730-3230 ℃の環境で、高圧相に変わり、それは常温常圧下でも準安定相として存在できる。原料の常圧相に、アルカリ金属、アルカリ土類、あるいは、それらの窒化物を加えると、4~7GPa、1500 ℃で変換するようになる。
図3の組み合わせで、その条件を作ることが多い。図は断面で、上から見れば、すべての部品が円形である。ベルトを絞めたような感じから、「ベルト型」と呼ばれることもある。
孔あき円盤のダイスと、上下の突起つきアンヴィルとが作る隙間に、原料やジュール熱発生用のヒーターなどを詰め込み、圧力漏れ防止のパッキングを挟み、上下から加圧し、上下間に電圧をかけて加熱し、高圧相に変換させる。後始末の精製処理はいる。この方法で生成する高圧相は、立方晶のc-BNである。
図3の方法のほか、爆薬で瞬間的に高温高圧状態を作り、高圧相に変えることもできる。この方法で生成する高圧相は、ウルツ鉱型のw-BNである。細かい。
[編集] 用途
[編集] そのほか
炭素繊維的なh-BN繊維が製造されている。
フラーレン型の窒化ホウ素、カーボンナノチューブ的な窒化ホウ素も、研究されている。