トランジスタ
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トランジスタ (transistor) は増幅、またはスイッチ動作をする半導体素子で、近代の電子工学における主力素子である。「変化する抵抗を通じての信号変換器(transfer of a signal through a varister または transit resistor)」からの造語である。
俗称として「石」がある(真空管を「球」と呼んだことに呼応する)。たとえばトランジスタラジオなどでは、使用しているトランジスタの数を数えて、6石ラジオ(6つのトランジスタを使ったラジオ)のように言う場合がある。
デジタル回路ではトランジスタが電子的なスイッチとして使われ、半導体メモリ・マイクロプロセッサ・その他の論理回路で利用されている。ただ、ICの普及に伴い、単体のトランジスタがデジタル回路における論理素子として利用されることはほとんどなくなった。一方、アナログ回路中では、トランジスタは基本的に増幅器として使われている。
トランジスタは、ゲルマニウムまたはシリコンの結晶を利用して作られることが一般的である。そのほか、ガリウム - ヒ素などの化合物を材料としたものは化合物半導体トランジスタと呼ばれ、特に超高周波用デバイスとして広く利用されている(衛星放送チューナーなど)。
目次 |
[編集] 歴史
- トランジスタは、1948年6月30日にAT&Tベル研究所のウォルター・ブラッテン、ジョン・バーディーン、ウィリアム・ショックレーらのグループによりその発明が報告されている(この功績により1956年にノーベル物理学賞受賞)。
- この前年の1947年に、日本においてNHK技術研究所の内田秀男氏がすでにトランジスタに相当する増幅回路の発明を報告していたが、GHQの検閲に合い発表が取り消された経緯があるとする説がある。しかし、当時の日本では高純度のシリコンやゲルマニウムの結晶を入手できなかった以上、信憑性が低いとする説もある。背景についてはNHKスペシャル 電子立国日本の自叙伝 第2回 「トランジスタの誕生」 において、アメリカでトランジスタが開発されたと聞いた多くの技術者が追試を試みたが、そのときですら高純度の半導体が手に入らなかったと放送されている。また最初のトランジスタである接触型トランジスタは高純度の半導体結晶の表面における電子的性質の研究の過程で発見された。
- 日本では1954年頃に東京通信工業(現ソニー)で国産化され、翌1955年に同社からトランジスタラジオが商品化されたといわれている。
- 1960年代に入ると、生産歩留まりが上がってコストが下がり、また真空管でしか扱えなかったテレビのような高い周波数でも使えるようになったため、各社から小型トランジスタラジオやトランジスタテレビが発表される。
- さらに高い電力やUHFでの使用が可能になる1970年までには、家庭用テレビやラジオから増幅素子としての真空管が姿を消す。
- トランジスタはその後も集積度を高めて、ICやLSIといった集積回路へと進化する。
[編集] 動作の原理
ここではNPN接合(端子は順にエミッタ、ベース、コレクタ)のバイポーラトランジスタ(後述)を例にとり説明する。
- 前提として、エミッタとコレクタはN型半導体 (N: negative) であるため電子が過剰にあり、ベースはP型半導体 (P: positive) であるため電子が不足(正孔を持つ)している。すなわち単体ではそれぞれをキャリアとして電流が流れる。またベースはその幅を非常に薄くしてある。
- まずエミッタ - コレクタ間に、エミッタ側を (-) として電圧をかける。このとき電流は流れない。
- エミッタの電子がコレクタ側 (+) に引き寄せられてベースに流れ込み、そこにある正孔と結合する。ベースの正孔は数に限りがあり、全てが電子と結合してしまうとベース内にキャリアが存在しなくなる。その結果電子の移動が停止する(エミッタ - コレクタ間には空乏層が形成されている)。
- また、コレクタ内の電子も (+) 極に引き寄せられて移動するが、コレクタへは新たな電子の流入がないため、コレクタの電子が全て (+) 極の正孔と結合した時点で電子の移動が停止する。
- ここで更にエミッタ - ベース間に、エミッタ側を (-)(PN接合に対する順方向)として電圧をかける。このときトランジスタ全体に電流が流れる。
- ベースには新たに正孔が流入するため、エミッタに存在する電子がベースに向かい移動する。
- 移動した電子のうち一部はベース内の正孔と結合するが、ベースは非常に薄い層であるため、大部分の電子はコレクタに引き寄せられてベースを通過してしまう。
- 結果、電流がトランジスタ全体に流れ、エミッタ - コレクタ間の電流はエミッタ - ベース間の電流に従って変化することになる(増幅)。各部はそれぞれ「ベース電流を土台とし」「エミッタが放出した電子を」「コレクタが受け取る」という名前通りの働きをする。
[編集] 増幅作用
- エミッタ - ベース間にわずかな電流を流すことで、エミッタ - コレクタ間にその何倍もの電流を流すことができる。
- エミッタ - ベース間のわずかな電流変化が、エミッタ - コレクタ間電流に大きな変化となって現れる。
- エミッタ - ベース間の電流を入力信号とし、エミッタ - コレクタ間の電流を出力信号とすることで、増幅作用が得られる。
- コレクタ電流 (IC) がベース電流 (IB) の何倍になるかを示す値を直流電流増幅率と呼び hFE で表す。この値は数十から数百にまで及ぶ。
である。
[編集] スイッチング作用
- 増幅時同様、エミッタ - ベース間にわずかな電流を流すことで、エミッタ - コレクタ間にその何倍もの電流を流すことができる。
- エミッタ - ベース間のわずかな電流をON / OFFすることで、エミッタ - コレクタ間の大きな電流のON / OFFの制御ができ、ここにスイッチング作用が得られる。
[編集] トランジスタの種類
- バイポーラトランジスタ (Bipolar transistor)
- P型とN型の半導体を接合したもので、エミッタ・ベース・コレクタと呼ばれる端子を持つ。一般に、ただ「トランジスタ」といえば、このタイプを指す。P型の両端をN型で挟んだNPN型、N型の両端をP型で挟んだPNP型があり、ベース - エミッタ間を流れる電流によって、コレクタ - エミッタ間の電流を制御する(右図の回路記号参照)。特性が等しいNPN型とPNP型の一組をコンプリメンタリと呼ぶ。
- 電界効果トランジスタ
- (FET, Field effect transistor) ゲートの電圧(チャネルの電界)によって制御する方式のトランジスタである。ゲート電極が半導体酸化物の絶縁膜を介しているものを特にMOS (Metal Oxide Semiconductor) FETという。
- 絶縁ゲートバイポーラトランジスタ
- (IGBT, Insulated gate bipolar transistor) ゲート部に電界効果トランジスタが組み込まれたバイポーラトランジスタである。電圧制御で大きな電力を取り扱えるので、大電力のスイッチング(たとえば電車のモータ制御など)に使用されている。
- トレンチMOS構造アシストバイポーラ動作FET
- (GTBT, Grounded-Trench-MOS Assisted Bipolar-mode Field Effect Transistor) ビルトイン電位によるチャネルの空乏化と、キャリア注入による空乏層解消及び伝導度変調により、遮断状態はFETのように動作するにも関わらず、導通状態ではFETとバイポーラトランジスタの混成したような動作となるトランジスタである。
- ユニジャンクショントランジスタ
- (UJT, Uni-junction transistor) 2つのベース端子を持つN型半導体とエミッタ端子を持つP型半導体とを接合したもので、サイリスタのトリガ素子として開発された。安定な高出力パルスが得られる。3つの電極を持つためトランジスタという名前があるが、本質的にはトランジスタとは無縁な、1つの接合しか持たない構造(単接合)の、ユニークな半導体素子である。
- プログラマブルUJT
- (PUT, Programmable Uni-junction transistor) 動作特性を可変としたUJT。UJT同様、サイリスタのトリガ素子として開発された。本質はトランジスタではなく、これ自体4つの接合をもつサイリスタである。
- フォトトランジスタ
- 光信号によって電流を制御するトランジスタである。パッケージには、光を透過する樹脂またはガラスが用いられ、一般的にはベース端子の無い二端子素子の形状となっている。主に光センサとして用いられる。同一パッケージ中に発光素子と組み合わせて封止したフォトカプラは、電源系統の違う回路間で絶縁を保ったまま信号伝達するのに用いられる。
- 静電誘導型トランジスタ
- (SIT, Static induction transistor) 静電誘導効果を利用したもので、チャネル抵抗を極限まで減少させるためチャネルを短くし、チャネル電流が飽和しないようにしたものである。高速動作・低損失で、信号波形の忠実な増幅が可能である。
- ダーリントントランジスタ
- バイポーラトランジスタの一種。電流増幅率を大きくするためにトランジスタの出力を別のトランジスタの入力とする接続法をダーリントン接続というが、1つのパッケージ内でこの接続を行い、外観としては一般のトランジスタと同様なものをダーリントントランジスタと呼ぶことがある。
- パワーバイポーラトランジスタ
- (Power bipolar transistor) 電動機の制御など、特に大きな電力(kWオーダ)を取り扱うために開発されたバイポーラトランジスタのこと。バイポーラトランジスタは電流制御型(ベース端子に流す小さな電流でコレクタ - エミッタ間の大きな電流を制御する)なので、取り扱う電流が大きくなれば駆動回路も大規模になる。特にスイッチング用途においては、2000年代に入り、特性がよく電圧駆動型のパワーMOSFETや絶縁ゲートバイポーラトランジスタ (IGBT) に置き換えられつつある。
[編集] 型番
日本における半導体素子(ここでは3個の電極を持つもの)の型番は、古いJISで以下のようにルール付けられていた。
- 2SAxxx PNP型バイポーラトランジスタ 高周波用
- 2SBxxx PNP型バイポーラトランジスタ 低周波用
- 2SCxxx NPN型バイポーラトランジスタ 高周波用
- 2SDxxx NPN型バイポーラトランジスタ 低周波用
- 2SFxxx サイリスタ
- 2SHxxx ユニジャンクショントランジスタ
- 2SJxxx Pch 電界効果型トランジスタ
- 2SKxxx Nch 電界効果型トランジスタ
(xxxは11から始まる番号)
バイポーラトランジスタと電界効果型トランジスタの大半はこのルールに基づいて命名されているものが多い。当該JIS規格はすでに廃止されているが、今日でも通称としてJIS型名またはEIAJ型名と呼ばれる。 ここで、高周波用と低周波用を区別する基準は特に定められておらず、メーカーの任意である。 改良型は番号の後にA,B……を付けて示す。 また、同じ型番でも直流電流増幅率 (hFE) や信頼性などで選別を行い、型番の末尾にそれらを識別する文字が付けられていることもある。例えば東芝の2SC1815という製品の場合、カラーコードの色の略記号を使って次のように示される。
- 2SC1815-O: hFE = 70~140 通称「オレンジ」
- 2SC1815-Y: hFE = 120~240 通称「イエロー」
- 2SC1815-GR: hFE = 200~400 通称「グリーン」
- 2SC1815-BL: hFE = 350~700 通称「ブルー」
(この記号表記は、東芝独自のもの)
[編集] 関連項目
- TTL - バイポーラトランジスタを利用した論理回路の構成方式。最初に普及したロジックICで、他の回路構成のロジックICでもその型番を踏襲したものが多い。
- CMOS - P型、N型MOSFETを相補的に利用した論理回路構成方式。集積度が高く低消費電力なので、ロジックIC、LSIとして幅広く利用されている。
- FET
- 集積回路-増幅回路-論理回路
- ムーアの法則
分類 | P型半導体 | N型半導体 | 真性半導体 | 不純物半導体 |
---|---|
種類 | 窒化物半導体 | 酸化物半導体 | アモルファス半導体 | 電界型半導体 | 磁性半導体 |
半導体素子 | 集積回路 | マイクロプロセッサ | 半導体メモリ | TTL論理素子 |
バンド理論 | バンド構造 | バンド計算 | 第一原理バンド計算 | 伝導帯 | 価電子帯 | 禁制帯 | フェルミ準位 | 不純物準位 | 電子 | 正孔 | ドナー | アクセプタ | 物性物理学 |
トランジスタ | サイリスタ | バイポーラトランジスタ(PNP、NPN) | 電界効果トランジスタ | MOSFET | パワーMOSFET | 薄膜トランジスタ | CMOS | 増幅回路 |
関連 | ダイオード | 太陽電池 |
その他 | PN接合 | 空乏層 | ショットキー接合 | MOS接合 | 電子工学 | 電子回路 | 半導体工学 | 西澤潤一 | 金属 | 絶縁体 |
[編集] 参考文献
- 最新トランジスタ規格表 各年度版(CQ出版社) - 1966年(初版)から1988年まで(22版)。初期のトランジスタ(ゲルマニウム)の規格が掲載されている。ただし、改訂版から初期の物は外されている。1989年から改訂版。2003年まで出版された。
- 最新トランジスタ互換表 各年度版(CQ出版社) - 1968年(初版)から2003年(35版)。
- 最新トランジスタ規格表&互換表 各年度版(CQ出版社) - 2004年以降、上記2冊がまとめられた。