議長決裁
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
議長決裁 (ぎちょうけっさい) とは、国会の本会議や地方自治体の議会などで採決を行って可否同数となった場合、議長自身がその議案の可決・否決を決めることをいう。国会の委員会の場合は委員長決裁という。英語では casting vote (英英語、“議長の投じる票”)、tie-breaking vote (米英語、“均衡を破る票”、単に tie break とも) という。
目次 |
[編集] 各国の例
[編集] 日本
憲法第56条第2項により、国会の本会議で採決の結果が可否同数となった場合は、議長の決裁により可決・否決を決めることができることになっている。憲法上は国会議員である議長も採決に加わることができ、さらに可否同数となった時はあらためて決裁権を行使できると規定されているが、実際には慣例として議長は採決には加わらない。
旧憲法下の帝国議会では、慣例として「議長決裁は消極的にする」ことが原則とされていた。消極的決裁とは現状維持ということであり、基本的には否決を意味する。ただし予算案はこの限りではなく、予算案を否決してしまうと年度内に予算が成立しない恐れがある場合[1]などは、混乱を避けるため議長は可決の決裁をするということが申し合わされていた。
新憲法下ではこれが一変した。決裁は議案に応じて議長や委員長の政治的判断により決するようになったのである[2]。国会の本会議で議長決裁が行われたことはこれまでに一例しかないが、時の参議院議長は議案が極めて党利党略にかかわる性質の強い法案だったのにもかかわらず、政権与党に有利なかたちで決裁している。また委員会における委員長決裁は例が多いが、近年では政府提出法案のほぼすべてが委員長の出身政党である政権与党寄りの決裁となっている。
毎回総選挙となると、与党が絶対安定多数を取れるかというのが「大勝」の一つの目安となるが、これはとりもなおさず「衆議院の各委員会で法案が可否同数となった場合でも、委員長さえ確保しておけば与党寄りの委員長決裁ができるから法案は委員会を通過する」という現実が前提になっているからに他ならない。
なお過去に国会本会議での議長決裁は5例ある。
採決 | 議院 | 議長 | 案件 | 可否 |
---|---|---|---|---|
1891年 (明治24年) 12月17日 | 衆議院 | 中島信行 | 否決 | |
1897年 (明治30年) 3月15日 | 衆議院 | 鳩山和夫 | 否決 | |
1897年 (明治30年) 3月24日 | 衆議院 | 鳩山和夫 | 否決 | |
1907年 (明治40年) 3月27日 | 衆議院 | 杉田定一 | 否決 | |
1975年 (昭和50年) 7月4日 | 参議院 | 河野謙三 | 政治資金規正法改正案 | 可決 |
[編集] イギリス
議会制度発祥の国イギリスの下院にも議長決裁権があるが、その行使にあたっては「デニソン[3]議長の規範 (Speaker Denison’s rule)」と呼ばれる指針が厳格に守られている。その大要は「政府提出法案の採決が可否同数に割れた場合、議長は常に政府寄りの決裁票を投じるべきである」というものである。
この指針が立脚するのが「のちになって覆すことができない結果をもたらすような決定を議長はしてはならない」という理論である。つまり、政府提出法案が可否同数となり、これに議長が否決の決裁票を投じたとしたら、それはすなわち立法府による行政府の否定ということになり、これをうけて内閣は総辞職するか下院を解散しなければならない。どちらに転んでも行政府または立法府の構成員が全員クビになるので、これが「覆すことができない結果」である。一方、議長が可決の決裁票を投じるということは、当面のあいだは政府を (または政府の政策を) 存続させることを意味する。しかしこれは「覆すことができる結果」である。その法律によって将来問題が浮上した場合には、下院は改正法案を提出したり、最終的には内閣不信任決議案を提出するなど、別の措置を講じて政府を牽制することができるからである。
日本の国会で議長決裁や委員長決裁が政府寄りになるのは、議長や委員長が多数党である政権与党から選ばれるからであり、その意味で方法論的な政府寄り決裁である。これがイギリスの下院では、明文化された「規範」にもとづく制度論的な政府寄り決裁であるのが特徴である。
[編集] アメリカ
アメリカ議会の上院は定数が比較的少なく (建国時26、現在100[4])、また二大政党制により伝統的に与野党の勢力が伯仲しているため、上院が与野党同数に割れることが度々ある。またアメリカ議会では党議拘束が緩やかなので、法案によっては自らの信ずるところにより所属政党の枠を超えた投票をする議員も多く、そのため本会議採決の結果が可否同数になることも少なくない。したがって上院議長が議長決裁権を行使することも比較的多いが特徴だが (これまでに243件)、アメリカの上院議長は副大統領が兼務しているため、こうした場合の議長決裁は常に行政府を握る政党寄りのものとなる。
近年では、2000年の上院改選の結果、民主党 対 共和党の議席が50対50となり、2001年1月20日から始まった第107議会でディック・チェイニー上院議長兼副大統領は、可否同数で採決が割れた7件の議案に対して議長決裁権を行使した。したがってこの期間の上院は民主・共和両党の議席が同数であるにもかかわらず「共和党支配」と呼ばれる。ところが同年6月6日に共和党議員の一人が離党して民主党寄りの無所属議員となると、民主党+無所属 対 共和党の議席は51対49となったため、その後の上院は「民主党支配」と呼ばれる。
なお副大統領は憲法が定めるところにより上院議長の職を兼務しているのであって、副大統領自身は上院議員ではない。したがって副大統領が採決に加わることはないばかりか、副大統領が実際に上院議長として上院本会議場の議長席につくこともない[5]。そのため上院には副大統領に代わって実際の議長職を司る上院仮議長が常設されており、また一日議長として日々の議事進行を行う上院仮議長代行がおかれているが、それでも議長決裁権は上院議長である副大統領の専権であって、仮議長やその代行がこれを行使することはできない。
[編集] ニュージーランド
ニュージーランドの下院にもかつてはイギリスと似た議長決裁権があったが、今日ではこれが廃止されている。議長は他の下院議員と共に採決に加わる。可否同数となった法案は過半数に満たなかったので否決されたものとして扱われる。
[編集] 注
- ^ 旧憲法では、新年度予算が年度開始前までに成立しなかった場合には、前年度の予算と同額の予算がそのまま新年度予算として施行されることになっていた (大日本帝国憲法第71条)。しかしそれでは新規の事業が極めて困難になることから、予算案の年度内成立は政権与党の最重要課題だった。
- ^ 議院の会議運営に関する先例を収録した『衆議院先例集』でも、昭和38年度版には「決裁権は消極的にする(否決にする)」と記載されていたが、昭和53年度版以降では「消極的」の三字が削除されている。
- ^ ジョン・エヴェリン・デニソン。1857年から1872年まで下院議長をつとめた。
- ^ 上院議員は人口にかかわらず各州から二名を選出する。
- ^ ただし上下両院合同本会議が開かれるときは下院本会議場で下院議長と共に共同議長を務める。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 第75回国会(通常会)の参議院本会議会議録(昭和50年7月4日) (可否同数で議長が決裁権を行使した例)
- 第128回国会(臨時会)の参議院議院運営委員会会議録 (平成6年1月13日) (可否同数で委員長が決裁権を行使した例)