鴨志田穣
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鴨志田 穣(かもしだ ゆたか、1964年7月2日 - 2007年3月20日)は、日本のエッセイスト、フリージャーナリスト、カメラマンである。
東海大学付属第四高等学校を卒業後、タイに渡る。東南アジアやインドなどを放浪。ジャーナリストの橋田信介に出会い、橋田に影響されて戦場カメラマンとして世界各地を取材して回る。1996年、勝谷誠彦の紹介により、タイで取材中だった漫画家の西原理恵子と出会う。同年、アマゾン川取材企画で西原理恵子と再会し、帰国後結婚。一男一女をもうけるが、鴨志田の酒乱による暴力などがたたって[要出典]2003年に離婚。2006年、離婚原因の一つでもあるアルコール依存症を元妻西原等のサポートを受け克服。西原が毎日新聞にて連載している『毎日かあさん』によると、復縁した。また、スタジオジブリの映画『火垂るの墓』が大好きだったという。
2007年3月20日午前5時、腎臓がんのため死去。42歳だった。
[編集] 主な著書
- アジアパー伝(西原理恵子との共著。2000年、講談社)
- どこまでもアジアパー伝(西原理恵子との共著。2001年、講談社)
- 鳥頭紀行 くりくり編 どこへ行っても三歩で忘れる (西原理恵子、ゲッツ板谷との共著。2001年、角川書店)
- 煮え煮えアジアパー伝(西原理恵子との共著。2002年、講談社)
- もっと煮え煮えアジアパー伝(西原理恵子との共著。2003年、講談社)
- ばらっちからカモメール(西原理恵子、ゲッツ板谷との共著2003年、スターツ出版 )
- カモちゃんの今日も煮え煮え(西原理恵子画。2003年、寿郎社)
- 最後のアジアパー伝(西原理恵子との共著。2004年、講談社)
- 最後のラブレター ばらっちからカモメール 続 (西原理恵子画 、2004年、スターツ出版)
- 日本はじっこ自滅旅(2005年、講談社)
- 酔いがさめたら、うちに帰ろう。(2006年、スターツ出版)
[編集] 外部リンク
- ASIA BAR - ファンサイト。
- カモのがんばらないぞ - 本人による腎臓癌闘病記。