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格差社会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

格差社会(かくさしゃかい)とは、ある基準をもって人間社会の構成員を階層化した際に、階層間格差が大きく、階層間の遷移が不能もしくは困難である(つまり社会的地位の変化が困難、社会移動が少なく閉鎖性が強い)状態が存在する社会であり、社会問題の一つとして考えられている。

学問的には、社会学における社会階層研究や、教育社会学における不平等や地位達成研究(進学実績、教育志望、職業志望研究)、経済学における所得資産の再分配研究と関連している。

目次

[編集] 現代日本の格差社会

現代の日本では、2000年代に入り中流崩壊が話題となり、格差社会論争が注目されるようになった。主として社会的地位教育経済の3分野の格差が議論となっている。2006年新語・流行語大賞の上位にランクインしている。日本社会が平等かつ均質で、一億総中流と言われていた時期(高度成長期からその後の安定成長期頃まで)においては、格差社会が問題になることはなかった(ただし、諸外国との比較では1980年代の日本は格差が大きかったという意見もある[1])。

近時に格差社会がテーマとして取り上げられている際は、一定の景気回復を前提とした上で、景気回復の不完全さ、実感の無さ、ないしはその陰で進行している不具合という視点が取られることが多い。マスコミや野党などは、当初、単に格差社会を指摘するものであったが、次第に格差の拡大、世襲化という点を強調する傾向が強まっている。格差社会を指摘する場合は、他国との比較において日本の格差社会は顕著なものかどうかという視点が取られることが多いが、格差拡大を指摘する場合は、過去の格差状況との比較が中心的な視点となる。現代日本の社会で「格差」を言う場合、主に経済的要素を指していることが多い。ここでは経済的要素に関する格差社会および格差拡大について詳説する。

なお、過去の日本の格差社会については#過去の日本の格差社会を参照のこと。

[編集] 背景

バブル崩壊による長期不況及び、それに対応する社会経済の構造改革などから、正社員ベアゼロなどの給与抑制や人員削減が行われ、パートアルバイトなどの賃金が安い非正規雇用者が増加した。非正規雇用者は、2005年には全雇用者の約3割を占めている[2]

また、就職難にあえぐ若年層の中から登場した、安定した職に就けないフリーターや職自体に就こうとしないニートといった存在が注目されるようになったこと、ジニ係数拡大の統計発表、ヒルズ族などセレブブームに見られる富裕層の豪奢な生活振りが盛んに報じられるようになったことなどを契機として、格差社会・格差拡大が主張されるようになった。ただし、従前から存在していた以上の格差が存在するようになったのか、格差が拡大しているのか、については争いがある。なお、小泉内閣2001年4月26日2006年9月26日)において、非正規雇用拡大が進んだと言われることがあるが、統計では小泉内閣以前から拡大が進んでいる。

近年の格差社会は、必ずしもバブル崩壊による不況のせいだけではなく、政治的に生み出されたととらえる意見もある。そのような見解を採る論者によれば、実力主義の考え方に基づく自由競争を好む新自由主義的な政策により、高額所得者に対して所得税の減税や、資産家に対して相続税固定資産税などの資産課税の減税が行われた一方で、消費税増税や低所得者への控除廃止、福祉予算や奨学金削減などが行われたことが、格差社会を生み出した原因とされる。 また、大規模不況の原因の一つとなった金融システム不安に政治的責任を問う意見もある。

ある社会内での収入格差について客観的にその程度を評価しようとする試みも見られる。OECD2000年の統計によると、日本の相対的貧困率(全体の中央値の半分以下の所得を得ている者の割合)は、加盟国中アメリカに次いで二位となっており、是正すべき格差が存在しているという見方をするものがある。

(参考)
  • 1位)アメリカ・・・13.7
  • 2位)日本・・・13.5
  • 3位)アイルランド・・・11.9
  • 8位)イギリス・・・8.7

総務省の発表によれば、2004年の日本のジニ係数は0.278で、1999年より0.005上昇したとされる(しかし逆に家計調査では1999年より0.018減少している)。これは比較可能なOECD加盟国24か国の中で上から12位に位置し、国際的に中位に位置すると同省は評価している。

諸外国と比べ日本社会の格差は小さいとする主張が、政府与党を中心にしばしば出されるが、この場合の諸外国とは、もともと格差の大きいアメリカなどが基準となることが多い。国の豊かさと人種的多様性を背景に巨大な格差を容認するアメリカと比べれば、多くの国は十分に平等とも言えるが、このような主張はあまり論理的ではない。

[編集] 格差社会に対する評価

[編集] 肯定的評価

格差については、「格差は、頑張った人が報われた結果生じるもので、格差がある社会自体は否定されるべきではない」というように肯定的に捉える論者も多い。小泉純一郎安倍晋三中西輝政竹中平蔵奥田碩宮内義彦三浦朱門八代尚宏などが肯定的な発言をしている。 また、「格差論は甘えです」(奥谷禮子ザ・アール社長 日本郵政株式会社社外取締役 日本アムウェイ諮問委員)、「格差は能力の差」(篠原欣子テンプスタッフ社長)など大胆な発言をする者もいる。

ただし、格差を肯定的に捉える論者は、格差の存在の可否のみを述べるに留まり、格差の程度問題(実際の格差の程度が人の能力や努力の違いによる価値差、また機に敏いか否かまでを肯定出来るものか)については踏み込んだ発言をしないものが大半である。また、階層間の遷移可能性についても触れることは少ない。実際、格差社会を肯定する発言をする者は、自身が経済上著しく恵まれたポジションにある事が多く、自己肯定の発言と受け取られる事もある。例えば小泉純一郎は、首相退任後に国会内の自民党控室で中川秀直幹事長らと会い、「『格差はどんな時代にもある』と、なぜはっきりと言わないんだ。自分は予算委員会で言い続けてきた。君たちは日本が近隣諸国より格差があると思うか」と持論を展開したが、 自身は世襲政治家(3世)として著しく恵まれた境遇にあり、下層や貧困層への理解がないとの批判がある。

[編集] 批判

格差社会肯定論に対しては、生活保護世帯が増加し続けて100万世帯を超えたことや、ワーキングプアが増加していることなど、貧困層の拡大を指摘して批判する声がある。また、注目される企業の事件・事故、経営者に不祥事があると格差社会肯定の前提である「努力した者が報われる」という命題自体に対して疑問が出されることもある。「いつの時代にも格差はあるが、それを是正もしくは下級層を保護するのが政治の役割ではないか」と苦言を呈する者もいる。

格差社会の影響として、過少消費説などをもとに、経済活動の衰退、生活水準の悪化、経済苦による多重債務者の増加、経済苦によるホームレスの増加、経済苦による自殺者の増加などを懸念する声があり、また、国民の公平感が減少することで規範意識の低下、治安の悪化が起こることを懸念するものもいる。なお、かかる議論等において、論者が用いている「格差」なる用語が、いかなる差が生じた場合までを含めて議論しているかについては、必ずしも共通理解があるわけではない。

[編集] 是正すべき格差(程度問題と存在の可否の混同)

格差があるという事実とは別の問題として、理想においては格差がいかなる程度であるべきか、あるいは格差そのものがあるべきか否かという価値観の問題がある。一般に、経済における自由主義を主張する論者においては社会的に許容される格差の範囲は広がり、逆に経済における平等主義を主張する論者においては、社会的に許容される格差の範囲は狭まることとなる。

広義の資本主義経済社会など、結果の平等を目標としない社会においては、経済的な一定の格差の存在は所与のものである。さらには、共産主義社会主義社会民主主義など結果の平等が主張されることが多い社会システムにおいても格差が根絶されたことはない。このことから、経済的側面に主に着目する格差社会の問題は、格差が存在するか否かの問題というよりは、存在する格差が社会的に許容される範囲のものであるかどうかの問題と言える。

実際に、現在の格差社会を問題だと指摘する論者は、いわゆるいかなる格差も存在すべきではないと主張するものは極めて少ない。格差の存在を否定する、逆に格差の程度を問題とせずに一概に批判する論者もいるが、その場合は、単にプロパガンダとしてのフレーズであることも少なくない。

[編集] 格差の種類・実態

[編集] 雇用形態による格差

格差問題というと収入の格差が主な議題となる。ただし、正社員と非正社員では、収入の他にも「雇用の安定性」「法的な身分」にも格差がある。

[編集] 収入の格差

内閣府が実施した「家族とライフスタイルに関する研究会報告(平成13年)」では、女性の出産に伴う就業パターン変化による生涯賃金の推計を行っているが、正社員として継続就業している場合と、退職後パートタイマーとして再就職した場合で、賃金だけで2億円近い差が生まれるとしている。

良く知られている問題としては、たとえば正社員女性事務員と派遣社員女性事務員が実際は同一労働でありながら賃金・福利厚生待遇に大きな開きがあるという”同一労働、同一賃金原則”違反の問題がある。雇用形態の違いが、業務能力の差によるものではないため「能力の違いによる収入の差」と主張するのは、詭弁であるという批判も多い。非正規雇用は、総合職正社員のように昇進できない雇用体系の場合がほとんどであるため、職掌による違いという主張も成り立たないことがある。

派遣の場合、雇用者が派遣現場での社員の労働状況を把握できないことが多いこともあり、実質的にみなし労働時間制となってしまっていることも多い。この場合、実際に支払われるべき残業代との差分が、収入差になることがある。

また、非正社員であっても最低賃金法対象者であるが、それを知らず(もしくは故意に)、正社員に比べ賃金を不当に安く設定する事業者も存在する。

一方、欧州を見ても既存社員組合の合意を必要とするワークシェアリングは機動的には成立しないので、余り厳密に「同一労働同一賃金原則」を適用すると不景気時に若年失業の深刻化を招くので、二本建て賃金体系を認めその収入格差を一定範囲内に収める政策のほうが現実的であるとする意見もある。

[編集] 社会保障の格差

かつて正規雇用終身雇用が当たり前のように思われていた時代に整備された日本の社会保障制度は、正社員(正規雇用者の俗称)を中心に設計されており、健康保険年金といった分野でアルバイトパートタイマーなどの非正規雇用者等との待遇に大きな格差が出来ており問題になっている。

[編集] 雇用の安定性

日本では正社員の採用が新卒採用に偏っているため学校卒業後に一旦、派遣社員、契約社員、アルバイトなどのフリーターになると、その後に正社員に転ずることが困難なことが多い。そのため雇用形態による格差の固定化が問題視されている。

海外の先任者優先システムでは雇用年数の少ないほうから雇用調整の対象になることで、雇用調整弁を若い層に限定している。そのため子育て年齢者が雇用調整の安全弁にされる事は実質上ない。日本では非正規雇用は何歳になっても何年勤めても雇用の安全弁扱いで、いつ解雇になるか判らない状態に据え置かれる。そのため、結婚・出産など将来の生活設計をすることができない。そのため、娘をいつ解雇になるか判らない男性と結婚させたがる親は少ない。

[編集] 法的な身分

勤労者は企業に比べ力関係が弱いので、労働法によって経営者による解雇権の濫用から守られている。しかし、派遣社員の場合、派遣元企業が法律的雇用主であり、実態的な雇用主である受入れ企業との間に法的雇用関係がないため、受け入れ企業による解約は、不当であっても解雇権の濫用としては扱われない。その点で、派遣社員は労働法の保護外に置かれているといえる [3]

不当解約例

  • デートの誘いを断ったり、セクハラを告発したことへの報復として中途解約。
  • 他社の内定を断らせてまで採用したのに、中途解約(派遣対象者の事前面接は違法である)。
  • 気に食わないから、正当な理由なくして中途解約。
  • 課長が上司の許可を得ず勝手に派遣受け入れを決めた後で上司が反対するなど、社内事情での中途解約。

[編集] 地域による格差

いわゆる「三位一体の改革」などの影響により、東京などの大都市圏と地方の格差が増大している。地方在住者は、都市部と比べ不利な条件を被っている場合が多い。たとえば、教育に関していえば、都市部では私立学校も充実しており、などの教育産業も成熟しているが、地方ではそうした環境が整っていない場合が多い。現在の受験体制の中では、地方出身者(特に郡部)は取り残されてしまう。また、企業の数が都市部に比べるとかなり少なく、交通機関なども貧弱である。これまでの自民党は公共事業により地方経済に恩恵を与えていたが、構造改革によりこれまで国が地方へ回していた予算や地方交付税が大幅に減らされ、財政状況が苦しくなる地方自治体が相次いでいる。

2006年には北海道夕張市財政再建団体(自治体の“倒産”)に転落し、深刻な地方自治体の財政状況が明らかになった。自民党内部には「夕張市の破綻は自己責任」とする主張も根強いが、中央集権の行財政システムを背景とする中央政府の責任転嫁ではないかとの指摘も出されている。

[編集] 格差の再生産・固定化

収入の高い家庭ほど進学率が高いという調査結果があり、子どもの学力も家庭の収入が高いほど上になり、また進学塾や義務教育課程から私立学校に通うなど学習時間も長くなるという調査結果もある[1]。また、学歴により就職が優遇される傾向があることから、進学率が後の職業選択に直結し、就学機会・就業機会の格差が収入の格差を生み、子弟の進学率に影響するという形で、事実上の格差の世襲、特に教育格差が起きることが指摘されており、その是正を行う必要があると主張する意見がある。

[編集] 貧困の文化

1960年代以降のアメリカでは「貧困の文化Culture of povertyという概念が提示され、格差の再生産・固定化に強く関与していると言われている。「貧困の文化」とは貧困者が貧困生活を次の世代に受け継ぐような生活習慣や世界観を伝承しているサブカルチャーであり、このサイクルを打破することが格差社会を解決するために不可欠だ、という考えが広がっている。この概念は人類学者オスカー・ルイスOscar Lewisの著書「貧困の文化―メキシコの“五つの家族”」からその名を取る。民主党のモニハン上院議員Daniel Patrick Moynihanのレポートなどに採用され、アメリカの対貧困政策に大きな影響を与えている。日本ではまだ広く認識されていない。

[編集] 格差の是正

通貨の流通に関わるすべての情報(商取引から個人の所得まで、個人・法人を問わない預貯金口座の情報等)を開示することで、不当に安い賃金や高額な報酬、汚職などの不当な経済活動が明るみに出るため公正な富の分配が行われ、格差社会が是正されるという社会経済理論[要出典]がある。もっとも、パソコンデータベースなど情報技術の発達やインターネットの普及があるとはいえ、情報セキュリティなどの問題もあり実現には課題が大きい。

また社会政策の観点からは、直接税等による富の再分配を通して格差を是正すべきだという意見がある。しかし、行き過ぎた再分配が経済の活力を奪ってしまうことや、適切な再分配の仕組みを構築すること自体が難しいことも指摘されている。

日本では、1989年に本格的な間接税である消費税が導入され、相続税は2003年度税率改定などで軽減されている。消費税などの間接税は逆累進的な性質がある税制であり、また相続税の軽減は本人の努力なしで手に入れた財産を保護するもので、格差の固定化・助長につながるという批判がある。

なお、低所得者にはほとんどメリットがないと言われていた所得税と個人住民税定率減税1999年より実施)は、2005年度から段階的に廃止されている。

[編集] 過去の日本の格差社会


[編集] 参考文献

  • 橘木俊詔『格差社会-何が問題なのか』(『岩波新書』新赤版1033)、岩波書店、2006年9月。ISBN 4-00-431033-4
  • 文春新書編集部編『論争格差社会』(『文春新書』522)、文藝春秋、2006年8月。ISBN 4-16-660522-4
  • 宮本みち子『若者が《社会的弱者》に転落する』(『新書y』)、洋泉社、2002年11月。ISBN 4-89691-678-6

[編集] 関連項目

[編集]

  1. ^ 『日本の経済格差』橘木俊詔(岩波書店 1998年)
  2. ^ 企業(特に大企業)経営者が、人件費削減と雇用調整要員(いつでも解雇できる要員)確保のために、新規採用を抑制するとともに、正社員より安い賃金体系のアルバイトパートタイマー契約社員派遣社員1986年7月1日労働者派遣法施行。90年代後半には改正により規制が段階的に緩和されている)などの非正社員の採用を進めていったとされる
  3. ^ 派遣だからという理由で、事前予告せず即日で中途解約し、解雇通告金も払わないケースもある。契約上禁止されているにも関わらず、企業間の力関係からうやむやにされることも多い。不当解約に対しては、たとえば「中途解約の場合、服務規程上の何条に対する違反によるものか文書による明示を義務づける」「雇用調整による解約の場合、当該企業の1年以内の雇用/派遣受入れを認めない」「不当解約を不当解雇同様に扱う」等の対策が考えられる


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