シーサイドライナー (列車)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
シーサイドライナーとは、九州旅客鉄道(JR九州)が佐世保駅~長崎駅間を佐世保線・大村線・長崎本線経由で運行する快速列車の名称。
英語名の(SEA SIDE LINER)からSSLの通称がある。
目次 |
[編集] 運行概況
[編集] 運行本数
- 下り(長崎駅行き):14本・・・但し、始発1本は竹松駅始発。
- 上り(佐世保駅行き):16本・・・但し、始発1本は竹松駅止まり。
[編集] 使用車両
[編集] 停車駅
- 佐世保駅 - 日宇駅 - 大塔駅 - 早岐駅 - ハウステンボス駅 - 川棚駅 - 彼杵駅 - 竹松駅 - 大村駅 - 諫早駅 - (西諫早駅) - 喜々津駅 - (市布駅) - (肥前古賀駅) - (現川駅) - 浦上駅 - 長崎駅
[編集] 特色・利用状況など
- 諫早駅~浦上駅間はいわゆる新線を経由する(駅及び車内放送では「市布経由」と案内される)。
- 列車の性格としては主に下の3つがあげられる。
- このうち、長崎~佐世保間には高速バスが1時間に1~2本運行されており、こちらは路線の関係で途中隣の佐賀県内を回るにも関わらず当列車とほぼ同じ時間で両都市を結んでおり(2006年10月現在、バスは最速1時間25分、列車は最速1時間33分)、JRも途中停車駅での停車時間見直し等による所要時間短縮や、普通列車用の2枚きっぷ・4枚きっぷの発売などの対抗策を種々打ち出しているところである。しかし、高速バスは佐世保市南部(早岐地区)や東彼杵郡川棚町・同郡東彼杵町には停車しない為、これらの地域における都市間輸送ではシーサイドライナーが果たす役割は大きいものがある。これは博多への特急「みどり」にも言えることである。
- 2002年以来朝夕の通勤通学時間帯以外の列車では2両編成でワンマン運転を行っていることもあり、大村駅~長崎駅間ではほぼ恒常的に立客が出る状態となっている。
[編集] 大村線優等列車沿革
- 1960年5月1日 博多駅~長崎駅間を大村線経由で運行する準急列車「出島」(でじま)運行開始。
- 当時運行されていた「ながさき」の補助列車として運行を開始。
- 1962年8月1日 博多駅~佐世保駅間を筑肥線・松浦線経由で運行する準急列車として、「九十九島」(くじゅうくしま)運行開始。
- 1963年6月1日 「九十九島」の運行区間を延長し博多駅~長崎駅間を筑肥線・松浦線・大村線経由で運行する準急列車となる。但し、延長する早岐駅~長崎駅間を重複する「出島」は廃止。
- 1966年3月5日 準急行制度改変に伴い、「九十九島」を急行列車に格上げ。
- 1968年10月1日 このときのダイヤ改正に伴い、「九十九島」の名称を従来関西対佐世保間夜行急行列車の名称であった「平戸」(ひらど)に変更する。
- 1983年3月22日 福岡市地下鉄1号線開業に伴う筑肥線部分廃止に伴い、「平戸」運行区間を唐津駅~長崎駅間に短縮。
- 1986年11月1日 このときのダイヤ改正に伴い、大村線経由の佐世保駅~長崎駅間を運行する快速列車が1往復設定される。
- なお、この快速列車は下り列車は平戸口駅(現:たびら平戸口駅)始発となっていた。
- 1988年3月13日 このときのダイヤ改正に伴い、佐世保駅~長崎駅間快速列車5往復まで増便。
- 1988年3月31日 翌4月1日付けで松浦線が松浦鉄道に経営が移管されることにより、急行列車「平戸」廃止。この代替として、翌日より佐世保駅~長崎駅間に快速列車1往復増発(土休日等に松浦鉄道平戸口駅まで直通運転)。
- 1989年3月11日 佐世保駅~長崎駅間快速列車に「シーサイドライナー」の名称が与えられ、号数表記を採用。設定時は佐世保駅発(下り)10本、長崎駅発(上り)9本。キハ58系で運転。
- 1992年7月15日 「シーサイドライナー」の本数を下り13本上り15本に増便。
- 1994年3月1日 キハ200系を「シーサイドライナー」の一部列車に投入。
- 1999年3月13日 佐世保駅~長崎駅間を運行する特急列車として「シーボルト」を2往復新設。
- 2000年3月11日 佐世保駅改築工事に伴い、松浦鉄道乗り入れ休止。
- 2002年3月23日 佐世保駅改築工事竣工に伴い、松浦鉄道乗り入れ再開。
- 2003年3月15日 「シーボルト」廃止。代替として「シーサイドライナー」の時刻の見直し程度の修正がされている。
- 2005年3月1日 「シーサイドライナー」の号数表記を取りやめる。
- 2006年3月18日 「シーサイドライナー」松浦鉄道乗り入れ休止。
[編集] 列車愛称の由来
(五十音順による)
- 「九十九島」(くじゅうくしま)・・・西海国立公園に指定されている九十九島から。
- 「シーサイドライナー」・・・主な経由路線の大村線が海岸線近くに敷設しているためのフィーリングからとされる。
- 「シーボルト」・・・江戸時代に来日したドイツの医師・博物学者、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト (Philipp Franz von Siebold) から。実在する人名からで、旧国鉄・JRとしては異例とされた。
- 「出島」(でじま)・・・江戸時代のオランダ商館所在地であった長崎市にある地名である出島から。
- 「平戸」(ひらど)・・・経由路線であった松浦線沿線の平戸市及び同市域の大半を占める平戸島から。
[編集] 関連項目
カテゴリ: 鉄道関連のスタブ項目 | 日本の列車