チェンナイ
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チェンナイ(タミル語:சென்னை、英語:Chennai)は、南インドの東側コロマンデル海岸沿いの、ベンガル湾に面するタミル・ナードゥ州の州都。人口約6百万人強で、インド5番目の大都市である。1996年に正式にマドラス(Madras)から改名された。
「南インドの玄関口」「南アジアのデトロイト」「インドの健康首都」「インド銀行業の首都」の異名を持つ。自動車産業、情報技術産業、ビジネス・プロセス・アウトソーシング業が盛んである。
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[編集] 歴史

チェンナイ周辺は、1世紀頃から都市として存在し、パラヴァ朝、チョーラ朝、パーンディヤ朝、ヴィジャヤナガル朝などの諸王朝に治められていた。特にマイラーップール周辺は、パッラヴァ朝の主要な港として重要な位置にあった。
1522年ポルトガルがこの地に要塞を建設し、この地に到って活動し死去したと伝説されるキリスト教のイエスの使徒の一人聖トマスに因んで、サン・トメ要塞と名付けた。この要塞を拠点とし、この地域をマドラスと称して支配した。1612年にはオランダ東インド会社がその北のプリカットに商館を構えた。1639年イギリス東インド会社が地元の領主であったヴァンダヴァーシの知事(ナーヤカ)からその中間の土地を取得し、1640年セント・ジョージ要塞を建設した。この要塞を中心に、徐々に市街地が広がっていくことになった。
1746年、モーリシャスの総督であったフランスの将軍ラ・ブルドネが侵攻し、セント・ジョージ要塞とマドラス市街および周辺村落を占領したが、1748年オーストリア継承戦争の結果結ばれたアーヘン和約に基づき、1749年イギリスはマドラスの支配を回復した。この経験によってイギリスは、セント・ジョージ要塞の規模を拡張し、更なるフランスの侵攻およびマイスールのスルタンであるハイダラーリの侵攻に備えた。この要塞を拠点として、18世紀末までにイギリスは現在のタミル・ナードゥ州、アーンドラ・プラデーシュ州、カルナータカ州にあたる地域に勢力を拡大し、マドラス管区を設置してマドラスをその首府とした。
イギリス支配の下でマドラスは、マドラス管区の中枢として、また海軍基地として発展した。19世紀後半の鉄道敷設に伴い、ボンベイ(現在のムンバイ)やカルカッタ(現在のコルカタ)などのインドの他の重要都市や内陸の諸地域と連結した。第一次世界大戦中には、石油貯蔵庫がドイツの軽巡洋艦エムデンによって砲撃され、中央同盟国によって攻撃されたインドにおける唯一の都市となった。
1947年の独立後、マドラスはマドラス州の州都となり、1965年から1967年には、インド全土のヒンディー語公用語化に反対する拠点となる。1968年にマドラス州はタミル・ナードゥ州となり、マドラスはその州都としてとどまる。
スリランカ内戦に伴い、マドラスでは時折政治的な暴力事件が発生する。1984年にタミル・イーラム解放の虎によって空港に仕掛けられた爆弾により33人が殺害された事件を始め、1991年にはイーラム革命的解放人民戦線のメンバー13人と民間人2人が殺害されるなどの事件が発生している。これに対し当局は断乎とした処置を行い、以降マドラスでは目立ったテロリストの活動は見受けられない。
1996年8月、都市名のマドラスは、ポルトガルの支配に由来する名前であるとして、チェンナイに改められた。
2004年にはインド洋大津波の被害に見舞われ、多数が死傷、海岸線も変化した。
[編集] 行政

詳細はチェンナイ県およびチェンナイ市を参照
チェンナイはタミル・ナードゥ州の政令指定都市に指定されており、自治体としてチェンナイ市が設置されている。市長を頂点とした行政機構と、小選挙区制の直接選挙で選出された155名の議員が構成する市議会を有している。市議会議員の中から一名、議員の投票により副市長が選出され、市長とともに10の常任委員会を主宰する。チェンナイの市制は1688年に施行された。
チェンナイの都市圏は、チェンナイ県と、隣接するカーンチプラム県およびティルヴァッルール県の一部に広がっている。郊外の比較的大きい市街は町庁が、小さい市街はパンチャーヤトと呼ばれる町会議が設置されている。
タミル・ナードゥ州の州都であるチェンナイには、州政府の行政府と立法府が設置されており、セント・ジョージ要塞の一部である官邸などに入っている。タミル・ナードゥ州とパーンディッチェーリ連合区とを管轄するマドラス高等裁判所もチェンナイに設置されている。
警察任務は、チェンナイ県内は大チェンナイ警察、その外は各県の警察が担当している。
[編集] 産業
他市に劣らずチェンナイ市は外資の誘致に積極的である。市の郊外には産業振興地域をつくり、ヒュンダイ、フォードといった自動車メーカーとその関連企業が進出している。また、IT関連企業の進出もさかんで、最近はノキアが新工場を建設している。
[編集] チェンナイ県
チェンナイの中心部は、チェンナイ県下にある。しかしチェンナイ県は他の県と異なり、「都市県」という扱いで、特殊な機構を保持している。
チェンナイ県では、タミル・ナードゥ州警察の下部機関である大チェンナイ警察が警察任務に当たっている。警察本部長が指揮する。36の方面本部を有しており、121の警察署が設置されている。このうち15の警察署がISO 9001:2000の認証を受けている。チェンナイ市内の交通に関しては、チェンナイ市交通警察が担当している。
[編集] チェンナイ市
チェンナイ市は、インドのタミル・ナードゥ州の政令指定都市の一つ。
市長を頂点とした行政機構と、小選挙区制で選出された155名の議員が構成する市議会が設置されている。市議会議員の中から一名、議員の投票により副市長が選出され、市長とともに10の常任委員会を主宰する。チェンナイの市制は1688年に施行された。
チェンナイ市は、チェンナイ北部、チェンナイ中部、チェンナイ南部という、インド連邦議会下院の3つの選挙区を有している。現在、チェンナイ北部からはC・クップサーミ、チェンナイ中部からはダヤーニディ・マーラン、チェンナイ南部からはT・R・バールが選出されている。また、チェンナイ市はタミル・ナードゥ州議会の18の選挙区を有している。
[編集] 教育
チェンナイには、タミル・ナードゥ州立の学校と私立の学校とがある。私立の学校では主に英語で教育が行なわれており、州立の学校では州の公用語であるタミル語で教育が行なわれるものもあるが、英語を用いているものが多い。私立学校は普通、国の機関である後期中等教育中央審議会か、あるいは州の機関であるタミル・ナードゥ州後期中等教育審議会に加入している。また、インド高等学校卒業認定審議会に加入しているものや、モンテッソーリ・システムを採用しているもの、国際バカロレア資格を取得させるものもある。
主な大学には、以下のようなものがある。
- 1857年創立のマドラス大学は、市内に3つのキャンパスを持ち、教養学、科学、商学などの幅広い教育を引き受けている総合大学である。市内のカレッジの多くがマドラス大学の傘下に加盟している。以下のようなものがある。
- マドラス基督教大学(Madras Christian College ; 1837年創立)
- マドラス管区大学(Presidency College ; 1840年創立)
- パッチャイヤッパル大学(Pachaiyappa's College ; 1842年創立)
- マドラス医科大学(Madras Medical College ; 1835年創立)
- ヴィヴェーカーナンダ大学(Vivekananda College ; 1948年創立)
- また、マドラス大学の以下のカレッジは独自の組織として運営されている。
- 同じく南部郊外に、1978年に創立されたアンナー大学があるが、以下のようなカレッジの合同体である。
この他、タミル・ナードゥ州にある工科、理科、建築に関する大学は、おおかたアンナー大学に所属している。また、独立して運営されている大学が他に多数存在する。
- アンベードカル博士法科大学は、1891年に創立された。
- マドラス医科大学は1835年に創立された、インドの中でも医科教育の機関としては最も古い部類に入る大学である。
- スタンレー医科大学
- キーリュパウク医科大学
- シュリー・ラーマチャンドラ医科大学・研究所
- マドラス獣医科大学は、1903年に創立された、インド最初の獣医科専門大学である。
1890年に設置されたコンネマラ公共図書館は、インドの4つの国立保管センターのうちのひとつであり、したがってインドで発行された新聞と図書をすべて保管している。ユネスコの指定情報センターともなっている。
この他に主要な図書館として、セント・ジョージ要塞にあるインド考古学図書館や、ラーマクリシュナ僧院図書館、クリシュナムールティ協会図書館などがある。
[編集] 交通
「南インドの玄関口」として知られるチェンナイは、国内交通のみならず国際交通の重要な集結点である。
[編集] 道路
5つの幹線高速国道がコルカタ、バンガルール、ティルッチラーッパッリ、ティルヴァッルール、パーンディッチェーリへと放射状に広がっている。チェンナイ・バスターミナル(Chennai Mofussil Bus Terminus:CMBT)は、数多くの都市間を結ぶ中・長距離バスの終着点となっており、南アジア最大のバスターミナルであると言われる。現在、7つの交通公社が都市間バスを運営しており、その他にも多くの私営のバス会社が都市間・州間バスの終着点として利用している。以前はチェンナイの中心街パリース(Parrys)にあったが、近年西部郊外のコーヤンペードゥ(கோயம்பேடு ; Koyambedu / Coimbedu)に移され、大幅に拡張された。
都市圏内バスは大都市交通公社によって運営されている。公社は2773台のバスで375路線の運送を行なっており、一日当たり約420万人を運んでいる。郊外では公社の運営ではない小型乗合自動車が数多く運行している。また、「ミニキャブ」(Mini Cabs)という愛称を持つ小型ミニバンの路線運行も都市圏内外で行なわれている。
タクシーは、空港などの大規模施設からは料金固定制タクシー、その他ではメーター制のタクシーも走っているが、最も多いのはオートリキシャーであり、料金はほとんどの場合、交渉制である。
[編集] 鉄道
チェンナイには2つの終着駅がある。一つはインド各地の都市と結ばれている地域最大の終着駅チェンナイ中央駅、もう一つはタミル・ナードゥ州各地を結ぶ鉄道の終着駅であるチェンナイ・エグモア駅である。
チェンナイの近郊列車は4路線ある。
- チェンナイ中央駅 ----- アラッコーナム駅 路線
- チェンナイ中央駅 ----- スーッルールペータ駅 路線
- チェンナイ海岸駅 ----- チェンガルパットゥ駅 路線
- 高速大量輸送システム(Mass Rapid Transit System = MRTS)
高速大量輸送システムは高架上の広軌鉄道で、一部は開通しているが建設が進行中であり、完成すれば他の3路線すべてと連絡する予定である。また、地下鉄の建設も州政府によって推進されており、現在計画中である。
[編集] 空港
チェンナイの南西部郊外に建設されたチェンナイ国際空港は、国内線の重要拠点であるのみならず、国外から南インド各地へ向かう人々のインドへの入り口となる空港である。30以上の航空会社の航空便により、南アジア、東南アジア、中東、欧州、北アメリカの各地のハブ空港と繋がっている。貨物便の発着便数は、国内第2位の規模である。
[編集] 港湾
チェンナイはチェンナイ港を擁しており、また北隣のティルヴァッルール県にあるイェンヌール港も、チェンナイの港として機能している。チェンナイ港は国内第二の規模であり、自動車や機械類などを総合的に扱っている。一方イェンヌール港は、石炭や鉱石などの積荷を扱っている、国内第12位の港である。
これとは別に、ローヤプラムには、地域の漁民と漁船が利用する漁港がある。
[編集] 姉妹都市
[編集] 外部リンク