ヒスイ
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翡翠(ひすい)またはヒスイは、深緑の半透明な宝石のひとつ。中国など東洋では古くから人気が高い宝石である。古くは玉(ぎょく)と呼ばれた。
日本では5月の誕生石にエメラルドとともに数えられている。宝石言葉は長寿、健康、徳。
鉱物学的には「翡翠」と呼ばれる石は化学組成の違いから「硬玉(ヒスイ輝石)」と「軟玉」にわかれ、両者はまったく別の鉱物である。しかし見た目では区別がつきにくいことからどちらも「翡翠」とよんでいる。
この項目では宝石としての翡翠を扱っていく。鉱物学的な詳細はそれぞれの項目を参照のこと。
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[編集] 概要
中国では、他の宝石よりも価値が高いとされ、古くから、腕輪などの装飾品や器、精細な彫刻をほどこした置物など加工され、利用されてきた。ニュージーランドやメソアメリカではまじないの道具としても使われていた(メソアメリカでは腹痛を和らげる石として使われていた)。また非常に壊れにくいことから先史時代には石器武器の材料でもあった。ヨーロッパでは翡翠で作られた石斧が出土する。日本では古代には勾玉の材料となった。現在では翡翠は化学実験の道具の材料としても馴染み深い。
[編集] 硬玉と軟玉
硬玉と軟玉はどちらも翡翠というが、宝石とみなされるのは現在は硬玉だけである。軟玉は中国以外では宝石とされず貴石に分類される。中国で安く売られている翡翠はほとんどが軟玉である。ただし白く透明感のある最上質のものは羊脂玉と呼ばれ、中国では硬玉よりも価値が高いとされる。
[編集] 玉彫工芸品
玉(ぎょく)は中国では美しい石の総称で、古くから実用品や装飾等の材料として用いられた。玉の玉彫工芸は今でも中国の工芸品の重要な位置をしめる。また、玉の中でも特に翡翠が珍重されたことから、玉は翡翠の意味としても使われた。
なお、草創期の玉器には石英や滑石も含むが、故宮博物院に収蔵されているような玉器のほとんどは軟玉である。
古い時代の中国では、特に白色のものが好まれており数々の作品が残っている。これらの軟玉の産地は、現在の中国新疆ウイグル自治区に属するホータンであり、他の軟玉より硬く籽玉(シギョク、シは米へんに子)と呼ばれていた。
18世紀(清の時代)以降、ミャンマーから硬玉が輸入されるようになると、鮮やかな緑のものが好まれるようになった。そのなかでも高品質のものは琅玕(ロウカン、カンは玉へんに干)と呼ばれ珍重されることになった。台北故宮博物院にある有名な白菜の彫刻は硬玉製である。
琅カンは中国語で青々とした美しい竹を意味し、英語ではインペリアルジェイドと呼ばれる。これは西太后が熱狂的な収集家であったことに由来するとされる。
[編集] 語源
[編集] 翡翠
上述のように、中国では翡翠のもともとの呼称は玉(ぎょく)であった。
翡翠(ひすい)は中国では元々カワセミを指す言葉であったが、時代が下ると翡翠が宝石の玉も指すようになった。その経緯は分かっていないが以下の説がある。翡翠のうち白地に緑色と緋色が混じる石はとりわけ美しく、カワセミの羽の色に例えられ翡翠玉と名づけられたという。この「翡翠玉」がいつしか「玉」全体をさす名前になったのではないかと考えられている。
参考までに、古代日本では玉は「たま」、カワセミは「しょうびん」と呼ばれていて、同じ名前が付けられていた記録はない。したがって「翡翠」の語は比較的最近の時代に中国から輸入されたと推察できる。
[編集] Jade
英語では、軟玉、硬玉、碧玉等の総称としてジェイド(Jade)を使っており、とくに硬玉と軟玉をわける必要があるとき、硬玉(翡翠輝石)をジェイダイト(Jadeite)、軟玉をネフライトといっている。
Jadeの語源として、スペイン語の「piedra de ijada」(腹痛の石の意)が、フランス語に移入して「pierre de l'e jade」と変化し、これが英語に入り「Jade」となったとされる。なお「腹痛の石」の名称は、スペイン人がメキシコのアステカ王国を滅ぼした後、メキシコからこの石を持ち帰ったことに由来する。
[編集] 産出地
翡翠の産出地は世界的にも限られており、安定した量の硬玉の産出地はミャンマーのみである。なお、中国のホータンで産出される翡翠は軟玉であり、よく誤解されているが中国に硬玉の産地は存在しない。
[編集] 硬玉の主な産地
[編集] 軟玉の主な産地
[編集] 性質・特徴
[編集] 化学組成
翡翠は、軟玉(Ca2(Mg, Fe)5Si8O22(OH)2)と硬玉(ヒスイ輝石)(NaAlSi2O6)の二種類があり、化学的にも鉱物的にも異なる物質である。
宝石としての翡翠は50%以上のヒスイ輝石が含まれたヒスイ輝石岩を指す。それ以外のものは基本的には資産価値に乏しいとされている。本記事でも翡翠は、特に断わりのない限りヒスイ輝石岩のことを指している。
[編集] 鉱物学的特徴
詳細はそれぞれの項目を参照
- ヒスイ輝石(硬玉、本翡翠、ジェイダイト、ジェダイト)
- アルカリ輝石の一種。イノ珪酸塩鉱物。化学組成:NaAlSi2O6。結晶系:単斜晶系。色:白色,淡紫色。モース硬度:6.5~7。比重:3.25~3.35。へき開・裂開:完全。結晶の形:単鎖型。
- 軟玉(ネフライト)
- 角閃石の一種。イノ珪酸塩鉱物。化学組成:Ca2(Mg,Fe)5Si8O22(OH)2。結晶系:単斜晶系。色:白色,葉緑色~暗緑色。モース硬度:6~6.5。比重:2.9~3.1。
[編集] 堅牢性
硬玉はモース硬度が6.5~7、軟玉は6~6.5、と価値の高い宝石の中では硬度が低い。しかし翡翠は、硬玉も軟玉も、内部で針状~繊維状の小さな結晶が複雑に絡み合った鉱物(イノ珪酸塩鉱物)であり、すべての鉱物の中で最も割れにくい性質(靭性)を持っている。
ダイヤモンドは最高の硬度をもっているが、ある特定の角度から衝撃を与えると簡単に割れる。一方、翡翠は細かな結晶の集まりであるため、衝撃に弱い方向というものが存在しない。そのため翡翠の加工は難しい部類に属する。
[編集] 翡翠の色
日本では翡翠は深緑の宝石という印象を持つ人が多いが、その他にも、半透明、白、桃、薄紫(ラベンダー)、青、黒、黄、橙、赤橙といった様々な色がある(一般的に大きく分けて、15色程度と言われる)。
化学的に純粋なヒスイ輝石の結晶は無色だが、翡翠は細かな結晶の集まりのため白色となる。また翡翠が様々な色を持つのは石に含まれる不純物や他の輝石の色のためである。
翡翠の緑色には2つの系統あり、鮮やかな緑のものはクロムが原因であり、コスモクロア輝石の色である。もう一つの落ち着いた緑は二価鉄によるものであり、オンファス輝石の色である。同じ緑色でも日本と東南アジアでは好みが異なり、日本では濃い緑のものが価値が高く、逆に東南アジアでは色の薄いものが好まれている。ただしこれは比較的安価な石の事であって、やはりどの国に於いても最も珍重されるのは琅玕クラスの石である。また、翡翠は半透明というイメージがあるが品質の良い石はトロリとしたテリのある透明感がある。
緑の次に人気の高い「ラベンダー翡翠」は、日本のものはチタンが原因でありやや青みがかかってみえる。またミャンマー産のものは鉄が原因であり紅紫色が強い。
黄、橙、赤橙は、粒間にある酸化鉄の影響であり、黒色のものは炭質物が原因である。これらの色の翡翠は一般的には資産価値がない。日本では橙、赤橙系の翡翠は産出されていない。
青は、ヒスイ輝石には存在せず、主にオンファス輝石の色によっている。また、日本の翡翠中から見出される青い鉱物は、糸魚川石(SrAl2(Si2O7)(OH)2・H2O)という新鉱物であることが発見されている。
[編集] 翡翠の成因
翡翠が産出されるところは全て造山帯であり、翡翠は主に蛇紋岩中に存在する。蛇紋岩は地殻の下のマントルに多く含まれるカンラン岩が水を含んで変質したもので、プレート境界付近で起こる広域変成作用の結果としてできる岩石である。
一方のプレートが他のプレートの下に潜り込むことにより広域変成作用が起こり、同時に激しい断層活動で地上に揉みだされることにより蛇紋岩は地表付近に出現する。その途中でアルビタイトや変はんれい岩、変玄武岩を取り込むことがあり、それらが高い圧力のもとでナトリウムやカリウムを含んだ溶液と反応して翡翠に変化したと考えられている。
曹長石に高い圧力をかけることで起こる、NaAlSi3O8 = NaAlSi2O6 + SiO2という固相反応があることから、ヒスイ輝石は低温高圧でできると考えられてきたが、実際には翡翠中には石英がほとんど存在せず、沸石類のような低圧鉱物との共生も見られることから、詳しい成因については今後の研究が待たれている。
[編集] 人工合成石
1984年にGE(ゼネラル・エレクトリック社)が人工的な合成に成功。ナトリウム、アルミニウム、酸化シリコンを混合し、1482℃、圧力120万kg/cm2 の条件下で、直径6.25mm×高さ12.5mm の円筒状結晶を得ている。
ただし、宝飾用のものを合成することは現在のところ困難である。
[編集] 加工法
翡翠は多孔質の物質であり、様々な後加工が可能である。通常、宝石として販売される翡翠は、まったく無処理の翡翠は少なく、なんらかの改良処理がされているものがほとんどである。この処理のことをエンハンスメントという。
[編集] エンハンスメント
エンハンスメントは天然の状態でも起こりうる現象を人為的に似せて行う改良であり、処理石とは見なされないとされる。
翡翠の場合、表面の光沢を改良する目的で、無色ワックスなどでエンハンスメント(蝋処理)が行われる。これらは鑑別書に明記されることがある。
[編集] トリートメント
天然の状態では起こらない方法で改良処理されたものをトリートメントという。翡翠の場合は含浸と染色がある。これらは鑑別書に明記される。
- 含浸
- 天然翡翠には不純物の酸化鉄などで茶色が混ざっている場合も多い。翡翠は酸に比較的強いため、酢酸などにつけて鉄を煮出すことができる。その後エポキシ系樹脂に浸し表面を滑らかに整える方法は、中国では古くから行われている。
- 染色
- 翡翠は多孔質の物質であり、染料を簡単に吸収することから、価値の劣る白色の翡翠を染色することが行われている。
[編集] 翡翠の等級
以上のような処理をほどこした翡翠は3つの等級に分けられる。
- Aジェイド - 処理されていないもの。「ナチュラルナチュラル」と呼ばれる。
- Bジェイド - 樹脂に浸したもの。同時に漂白処理もされることが多い。
- Cジェイド - 染色されたもの。
[編集] 鑑定・購入
翡翠の鑑別は科学的鑑定法が存在するが、一般人が行うことは難しいため専門機関に任せることになる。硬玉と軟玉の区別は非常につきにくいため、海外で購入する場合は特に注意が必要である。また以下にあげるように、翡翠にはよく似た鉱物や少し加工するだけで翡翠に見せかけることができる鉱物が多い。日本で「~翡翠」と地名を入れて売っているものは翡翠とは違うものが多い。
[編集] 翡翠に似る石
- カルセドニー(玉髄、碧玉)、クリソプレーズ(オーストラリア翡翠とも呼ばれる)
- カルセドニーはさまざまな呼び名があり、瑪瑙(メノウ)、カーネリアン、ブラッドストーンなどの変種がある。これも翡翠と同じような多孔質の石であり、しばしば染色されて販売されている。緑に染めた場合、青味がかかって見え、「ブルージェイド」と呼ばれる場合もある。クリソプレーズは緑色のカルセドニー。
- クォーザイト、アベンチュリン(インド翡翠)
- クォーザイトは日本語で珪岩のこと。これを染色すると、翡翠によく似た石となる。アベンチュリンはその変種で、クロム雲母結晶の色から緑色にみえる。ごく安価であり、パワーストーンを扱う店にはよく陳列されている。
- サーペンティン (コリアンジェイド)
- 日本語では蛇紋石。翡翠に似た触感と脂肪光沢のある石であり、翡翠と同じく蛇紋岩中に含まれる。安価で、翡翠より硬度が低いため彫刻用として利用されている。名前の通り、韓国での産出が多い。
- アイドクレーズ(アメリカンジェイド、カルフォルニアンジェイド)
- ベスブ石という鉱物の一種。そのなかで緑色をしている変種をアイドクレーズという。
- ハイドログロシュラライト(アフリカ翡翠、トランスバールジェイド)
- 緑色のガーネットの一種。黒い斑点状に磁鉄鉱を含む場合が多い。
- マウ・シット・シット (Maw-Sit-Sit)
- ヒスイ輝石によく似た組成のユーレアイトが主成分。ミャンマーのマウ・シット・シット渓谷で産出される。黒っぽい色で宝飾品としてはあまり人気がない。
- メタジェイド
- 翡翠の模造石。ガラスを加熱して、ゆっくりと冷やすことで部分的に結晶化させて半透明化させたもの。
- 染色クンツァイト
- 翡翠の模造品。質の悪いクンツァイト(リチア輝石)や色の悪いクンツァイトに対して、しばしば染色され旅行客相手に販売されていることがある。染色することによりロウカン質を思わせる透明感と色合に仕上がる。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 木下亀城・小川留太郎 『標準原色図鑑全集6 岩石鉱物』 保育社、1967、ISBN 4-586-32006-0。
- 都城秋穂・久城育夫 『岩石学I - 偏光顕微鏡と造岩鉱物』 共立出版〈共立全書〉、1972、ISBN 4-320-00189-3。
- 堀秀道 『楽しい鉱物学 - 基礎知識から鑑定まで』 草思社、1990、ISBN 4-7942-0379-9。
- 春山行夫 『春山行夫の博物誌IV 宝石2』 平凡社、1989、ISBN 4-582-51218-6。