マッドサイエンティスト
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マッドサイエンティスト(Mad scientist)とは、狂える、もしくは少なくとも常軌を逸したところのある科学者のことである。
「狂科学者」あるいは「狂気の科学者」と訳される。より露骨な表現としては「気違い科学者」と訳する こともできるが、「気違い」が差別的な表現とされるため少なくとも今日ではほぼ用いられない。
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[編集] 概説
このような科学者は、SF作品や漫画・アニメ・ゲーム等といったフィクション作品において、科学的知識・技術などを悪用する人物としてよく現れる。超絶的な頭脳を持つが、往々にして歪んだ信念や理解しがたい価値観を持ち、思いもかけない手法で大混乱を引き起こしたり主人公たちに魔の手を伸ばす、と言う描かれ方をされることが多い。
敵役ばかりでなく、しばしば主人公や主人公の仲間(大抵は主人公以外の人には理解されないことが多い)としても描かれることがある。
マッドサイエンティストの行動はしばしば以下のように表現される。
- 人間に禁じられた領域の知識を探求する。
- 自らの研究がもたらす社会および自己への影響、あるいは研究の倫理的側面を考慮しない。
- あまり倫理的ではない野心のために、その知識を積極的に利用する。
これらの特徴は、より穏健な形では「研究熱心なあまり、一般社会の慣習や礼儀に疎いか無関心」 という形で描かれる。この場合は、言動が奇矯ではあるが有用か、もしくは人騒がせではあるが基本的には無害な人物として描かれる。
マッドサイエンティストは、急速に発達する科学と技術が、見慣れない新しい人工物を社会にもたらし、社会と伝統的価値観を変容させていくことに対して大衆が持つ無意識的な恐怖を、人間の姿をかりて具現化したものと言える。
他方、なんらかのトラウマによって社会に悪意を憶え、それに対する手段を求めてとんでもない研究をする、というような、言わば積極的にマッドな科学者と言う設定もある。
マッドサイエンティストとは元来が創作中の産物であり、実在の者に対して使われる言葉ではないが、「マッドサイエンティスト」のステレオタイプに貢献した人物はいるようである(下記「#実世界における原型」を参照のこと)。
[編集] ステレオタイプとその発展
マッドサイエンティストのステレオタイプは、19世紀の文学作品において「科学の危険性」を表現するために生まれた。この時期に頻発した科学と宗教との間の論争への理解が、初期のステレオタイプの特徴である。
マッドサイエンティストの原型とされるのは、1818年、メアリー・シェリーによる小説『フランケンシュタインあるいは現代のプロメテウス』(Frankenstein, or the Modern Prometheus)(フランケンシュタイン)に初登場する、人造人間を作ったヴィクター・フランケンシュタイン博士である。フランケンシュタイン博士は(同情を呼ぶようなところもあるものの)、軽卒かつ結果を顧みずに"越えてはならない境界"を越えて、禁じられた実験を行うという決定的な要素が、シェリーの小説において提示されている。
マッドサイエンティストたちは、第二次世界大戦後の大衆文化に盛んに見られるようになる。ナチス・ドイツにおけるヨーゼフ・メンゲレら医学者によるユダヤ人に対するホロコーストと残酷な生体実験とアメリカ合衆国による原子爆弾の開発と広島市への原子爆弾投下・長崎市への原子爆弾投下は、科学技術が制御を失った力を持つようになったという深い恐怖を巻き起こした。
この時期から、マッドサイエンティストは SF やSF映画のなかに目立つようになる。
ピーター・セラーズが主人公ストレンジラヴ博士を演じる映画『博士の異常な愛情』(『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』)は、制御を失った科学の恐怖を表現した究極のものかもしれない。
生命の創造や操作に対するマッドサイエンティストの挑戦は、その原型を錬金術時代の数々の伝説の中に見ることもできる。少なくともフランケンシュタイン博士による人造人間の創造はそのテーマを確立している。
しかし現代では、その描写は人々にとってよりリアルなものとなってきた。かつて想像の産物であったクローンや遺伝子操作のような技術が現実となり、一方、生命倫理の議論がそれに追いついているとは言い難い。そのため、「技術だけが進みすぎている」という漠然とした恐怖を背景に、生命を操るマッドサイエンティストの暴走がよりリアルなものとして描かれるようになってきた。
さらに最近では、「隠された未知のものを探究する孤独な人物」としてのマッドサイエンティストの立場は、自然や法律を犯しても利益を得ることを企む企業の幹部に置き換わっていく傾向にある。彼らは歪んだ欲望を追求するために科学者をカネで雇う。スーパーマンの宿敵であるレックス・ルーサー(en:Lex Luthor)は、もと大企業の社長であり、研究開発部門の重要な役職を勤めているが、彼はこのような変化の典型である。しかしなお、このポーズは読者の興味を引くために人気のサイエンスライターによって気ままに使われている(どういう訳か、危険であるとより興味を引くのだ)。
マッドサイエンティストは、異常な振る舞いや極端に危険な手段を用いることで典型的に特徴付けられる。彼らの研究所ではしばしば、テスラコイルやバンデグラフ起電機や、その他の火花を飛ばしたりポンと音を立てたりするガラクタなどが、ぶんぶん唸っている。マッドサイエンティストの実験に遭遇したときには、「危険なので真似をしないように」するのが賢明である。
全体として、マッドサイエンティストは:
マッドサイエンティストを引きつける研究・探究の分野は:
- 考古学(オーパーツや魔術的なアイテム(magical artifacts)も含まれる)
- 宇宙物理学
- 生化学
- 生物学、特に発生学
- 医学(特に不老不死に執着する)
- 電子工学、ロボット工学
- 物理学、特に核物理学
- 相対論
- 冶金学(金などの貴金属やレアメタル、ダイヤモンドに興味が偏っている 錬金術の研究を行なう事も)
- 疑似科学一般
逆に、伝統的にマッドサイエンティストがほとんど見向きもしなかった分野は以下のようなものである。
ただし最近は、実用的な見地を見出すことにより、このような分野に進出するマッドサイエンティストも登場している。
日本の漫画・アニメーションに登場する科学者(常人も含む)は、科学者でありながら専門がよくわからない人物が多い。この場合、さまざまな分野に詳しくないとできない研究や発明が行われる。
[編集] マッドサイエンティストを主題とした作品
五十音に掲載する。
-
- 「岸和田博士の科学的愛情」 - トニーたけざき
-
- 「マッドサイエンス入門」 - 堀晃
- 「マッドサイエンティストが研究している研究テーマとは何か?」を主題にしたコラム、SF短編小説集。
[編集] 現実世界におけるマッドサイエンティスト
実在の科学者の中にも、奇人変人で名をはせた人物は多い。天才的な頭と共に、常識に欠ける言動、と言うのは、いわゆる学者のイメージのステレオタイプとも言える。以下のような人物は、その代表的な例である。必ずしも常軌を逸していたわけではない人物もいるが、彼らの人格や言動はステレオタイプに貢献している。
- アルベルト・アインシュタイン
- 大きな鼻・ボサボサの白髪頭に口髭という風貌が「科学者」のステレオタイプになっている。型破りな人物で、記者のインタビューに応えて舌を出した写真が有名。
- 石井四郎
- 七三一部隊で人体実験を行った嫌疑につき論争がある(『悪魔の飽食』)。
- 石黒浩
- 大阪大学教授。ロボットの対人インターフェースにおける感情表現の研究の為に、自分自身にそっくりなアンドロイド「ジェミノイド」を開発した。
- 大槻義彦
- 物理学者。早稲田大学名誉教授。物理学の権威である傍ら、超常現象批判の第一人者としても有名で、たびたびTVに出演しては学会仕込みの質疑応答で超常現象肯定派をやりこめている。しかし、その一方で「全ての超常現象はプラズマで証明が可能」という科学的に問題のある発言は物議を醸した。(→疑似科学の項目の「疑似科学批判の信頼性」を参照のこと)
- トーマス・エジソン
- 発明家、実業家。類まれな業績で知られるが、改良発明も多く、彼が発明にどの程度貢献したかはっきりしないものも少なくない。研究に没頭しすぎて自分の名前を忘れたという逸話がある。晩年には「霊界との交信」を試みたという逸話が残っている。
- 中松義郎
- 通称「ドクター・中松」。永久機関などを発明したと主張し「エジソンを超える発明家」を自称しているが、科学者としての言動や実績には疑問を抱かざるを得ない。また「ドクター」を名乗るが博士は取得しておらず、学位詐称の疑いも持たれている。2005年のイグノーベル栄養学賞を受賞した。
- フィリップ・ジンバルド
- 心理学者。役割が人の性格に与える効果についての実験を行なった(実験の詳細は「スタンフォード監獄実験」の項目を参照されたし)。
- ニコラ・テスラ
- 交流送電による電力事業を主張し、エジソンと対立した。放電するテスラコイルの下で悠々と本を読んで見せるパフォーマンスで有名。無線送電システム(世界システム)の開発を企てた。
- イワン・パブロフ
- 帝政ロシア・ソ連の生理学者。動物実験を通じ、循環・消化生理を研究。この業績で1908年ノーベル賞を受賞。その後、レーニンと親交を結び、共産党の下で条件反射を発見した。彼の弟子は国際共産主義運動の現場で再教育に携わり、この活動が洗脳と呼ばれた。
- エドワード・テラー
- 「水爆の父」と呼ばれる。核兵器にかけては非常に積極的で、核開発の推進者となった。不発に終わったSDI構想におけるX線レーザー兵器「エクスカリバー」を推進したことでも有名。
- ジョン・ナッシュ
- 数学者。統合失調症を患い、「宇宙人からのメッセージが聞こえる」等と主張していたが、闘病生活を経て徐々に回復し、健常な若い頃からのゲーム理論等に関する研究が認められ、1994年にノーベル経済学賞を受賞した。
- ジョン・フォン・ノイマン
- 核兵器開発に携わった代表的な人物。非常に優れた数学者である反面、特に爆縮レンズの設計計算で原爆製造を実現させてしまい、核兵器の実戦使用を積極的に推進した人物として著名。自身も研究・実験による原爆症で死亡。映画『博士の異常な愛情』のストレンジラブ博士のモデルの一人ともなった、マッド・サイエンティストの代名詞と言える人物である。
- ジェラルド・ブル(w:Gerald Bull)
- 世界各地を転々としながら兵器開発に従事し、最期は暗殺された。多薬室砲の研究で知られているほか、歯に衣着せぬ物言いで周囲から嫌われた人物でもある。
- フェルディナント・ポルシェ
- ポルシェ 356やVWビートルの成功で知られる一方、軍用兵器開発では超重戦車マウスや電動モーター駆動戦車などの珍作が多い。しかし超兵器による戦局打破を望んでいたヒトラーにはウケていたらしい。
- スタンレー・ミルグラム(w:Stanley Milgram)
- 心理学者。人間の服従性に関する実験を行った(実験の詳細は「アイヒマン実験」の項目を参照されたし)。
- ウィリー・メッサーシュミット
- 名機メッサーシュミットBf109の開発者であるが、数々の欠陥飛行機を設計したことでも有名。飛行機開発のためならテストパイロットの生死を問わない姿勢は、フィクションにおけるマッドサイエンティストのイメージにかなり近い。
- ヨゼフ・メンゲレ
- アウシュビッツ収容所で人体実験を行った。
- ヴェルナー・フォン・ブラウン
- ロケット開発者。ナチスの下でロケット兵器V2ロケットを開発。ナチスが敗れると、ソビエト軍の支配下におかれることを恐れアメリカ軍に投降、同国に渡りロケット開発を続けアポロ計画に貢献する。後年、ナチスの兵器開発に関わったことについて質問を受けた際、「宇宙にいく為なら悪魔に魂を売り渡してもよいと思った」と発言している。
- フリッツ・ハーバー
- 第一次世界大戦中のドイツ軍毒ガス兵器開発担当者。アンモニアの合成法「ハーバー・ボッシュ法」で知られる。彼の妻は、夫の研究に抗議して自殺した。また、ナチス強制収容所で用いられたチクロンBの開発でも知られる。しかし、ユダヤ人としてナチスに猛反発した彼は祖国を追われることになった。皮肉なことに彼の家族は強制収容所でチクロンBにより殺されたという。
- バックミンスター・フラー
- アメリカ合衆国の物理学者・数学者・建築家・作家・詩人・思想家・社会科学者・歴史学者。独自の理論体系「シナジー幾何学」を構築。ユニットバスやジオデシック・ドーム、金属製のプレハブ住宅を発明して未来都市のコンセプトを示した。
- ジークムント・ラッシャー
- 第二次世界大戦中のドイツ空軍の軍医。ダッハウ強制収容所でソ連軍の捕虜を被験者として「水中冷却の予防と治療」の実験と称して人体冷却実験を行なった。また、同様にソ連軍捕虜を被験者として超高度での人体の耐性の実験も行なっている。
- クルト・ゲーデル
- オーストリア生まれでアメリカで没した論理学者。「不完全性定理」や回転宇宙などの証明によって名高いが、晩年近くに「神の存在証明」を発表し、物議を醸した。
- セオドア・カジンスキー
- カリフォルニア大学バークレー校元数学助教授。数学博士。 1978年5月から1995年にかけて全米各地の大学と航空業界関係者に爆発物を送りつけ、3人が死亡、29人以上が重軽傷を負った事件で世界的に知られる爆弾魔「UNABOMBER」(ユナボマー)。逮捕の発端となった、犯行声明を兼ねた論文「Industrial Society and Its Future」(「産業社会とその未来」 – ユナボマー・マニフェスト)は、ネオ・ラッダイトを創始し、当時の米国では物議を醸した。シカゴ郊外エバーグリーンパーク出身。
また、先端的な科学的研究を行なっている学者には、逆にマッドサイエンティストからの影響を感じられる場合もある。かつて、日本のある大学の生理学者は、一般参観者に動物の受精の様子を見せつつ、ピペットで精子をひろいながら「私は今、神のみわざを代行しているのですよ」と述べて顰蹙を買った。その一方で皮下への電子機器などの埋め込みに関して、セラミック素材などの生体親和性の評価に、自らの腕にそれら素材を移植して研究する者もいる。
[編集] 関連項目
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