交響曲第5番 (ショスタコーヴィチ)
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ドミートリイ・ショスタコーヴィチの交響曲第5番ニ短調作品47は、ショスタコーヴィチが1937年の4月から7月にかけて作曲した交響曲である。ショスタコーヴィチの交響曲のなかでは最も均整の取れた構成をしており、この観点から見ればショスタコーヴィチの最高傑作として位置づけることができる。交響曲史上の屈指の傑作とされ、世界中のオーケストラのスタンダード・ナンバーとなっている。
第2番と第3番のような単一楽章形式で声楽を含む新古典風の交響曲や、マーラーの交響曲を意識した巨大で複雑な第4番を経て、第5番では交響曲の伝統的な形式へと回帰した。声楽を含まない純器楽による編成で、四楽章による古典的な構成となっている。
尚、この作品の標題を「革命」としている場合があるが、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と同様、正式な標題ではない。
- 演奏時間:約45分。
- 初演:1937年11月21日 レニングラードにて。エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮、レニングラード・フィルハーモニー・アカデミー管弦楽団。初演は大成功で、今日における人気の基礎となっている。
目次 |
[編集] 曲の構成
古典的な4楽章構成による。ただし第1楽章は通常のアレグロではなく、モデラートと指定されている。
[編集] 第1楽章 Moderato
4/4拍子、ソナタ形式、ニ短調。第1楽章にしてはややゆっくりである。
- 第1主題部
- はじめ、弦楽器により主題がカノンによって提示される。さらに、つづけて副次的な主題がヴァイオリンによって奏される。その後主題が発展していき、静かに第2主題部に入る。
- 第2主題部
- 展開部
- ピアノが登場するところからが展開部である。ここのピアノは、ショパンなどにみられる独奏ピアノの様式ではなく、打楽器的な扱われ方をされている。ピアノのリズムの上にホルンが第1主題部の副主題を奏する。これを合図に本格的にこの主題が展開されてゆき、やがてクライマックスに達し、主題はトランペットによって行進曲風に変奏される。そのあとに低音の楽器によって第1主題が奏され、これはさらに木管楽器と弦楽器に受け継がれる。同時に、金管楽器は第2主題を奏する。そのままテンションがどんどん高まり、クライマックスに達すると再現部に突入する。
- 再現部
- 第1主題とその副主題の再現は提示部と異なって短く、すぐに第2主題の再現に移る。第2主題部はニ長調であるが、提示部と異なりかなり調性が感じ取りやすい。次第に静まってゆき、コーダに入る。
- コーダ
- フルート、ピッコロ、ヴァイオリンのソロが第1主題の変奏を静かに奏して、チェレスタの半音階で静寂の中に閉じてゆく。
[編集] 第2楽章 Allegretto
スケルツォ。3/4拍子、複合三部形式、イ短調。諧謔的ながらも親しみやすい旋律が特徴。
- …
[編集] 第3楽章 Largo
緩徐楽章。4/4拍子、特殊な形式、嬰ヘ短調。弦楽器が8つのパートに分割され、金管楽器は出てこない。作曲者は生前、この楽章の独創性をかなり誇りにしていた。
- …
[編集] 第4楽章 Allegro non troppo
終楽章。4/4拍子、特殊な構成、ニ短調。しばしば、この楽章をどのように解釈するかが演奏上の問題となる。『A・プーシキンの詩による四つの歌曲』の第1曲『復活』の引用が見られる。虐げられた芸術の真価が時共に蘇るという詩の内容は、そのままスターリン圧政下の作曲者に二重写しとなる。また、コーダ近くのハープをともなう旋律は『かくて苦しみぬいた私の魂から 数々の迷いが消えて行き はじめのころの清からな日々の幻想が 心の内に湧き上がる』(小林久枝訳)の伴奏部の引用である。
冒頭、管楽器のトリルとティンパニのトレモロを主体にしたクレッシェンドに続き、ティンパニの叩く行進曲調のリズムの上で金管楽器が印象的な主題を奏する。テンポが頻繁に変化する強奏部分に続き、弱音主体の瞑想的な展開が行われる。ハープの印象的な動きから主調に回帰し、小太鼓のリズムに乗って弱音で冒頭主題が回想される。この主題と弱音部に現れた動機を用いながら徐々に膨れ上がっていき、シンバルやトライアングル、スネア、ティンパニなど各種打楽器も加わり、ニ長調に転じた後、ティンパニとバスドラムが叩くリズムの上で全楽器がニ音を強奏して終結する。
[編集] 編成
- ピッコロ 1
- フルート 2
- オーボエ 2
- ソプラニーノクラリネット 1
- クラリネット 2
- ファゴット 2
- コントラファゴット 1
- ホルン 4
- トランペット 3
- トロンボーン 3
- チューバ 1
- 打楽器群
- ハープ 2
- ピアノ
- 弦五部
ただし第3楽章では、弦楽器は以下のように分割される。
- 弦楽器
- 第1ヴァイオリン
- 第2ヴァイオリン
- 第3ヴァイオリン
- 第1ヴィオラ
- 第2ヴィオラ
- 第1チェロ
- 第2チェロ
- コントラバス
声楽を含まない純器楽編成。
[編集] 作曲の経緯
1936年、スターリンの意向を受けたソ連政府の機関紙「プラウダ」が、ショスタコーヴィチのオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を「音楽のかわりに荒唐無稽」、バレエ音楽「明るい小川」を「バレエの嘘」と激しく批判する。当時のソ連の社会状況を考えれば、これは単なる芸術作品の批評にとどまることなく、最終的に作曲者のショスタコーヴィチ自身を「体制への反逆者」として貶めることへまでつながってゆき、こうして、かつて「モーツァルトの再来」とたたえられたショスタコーヴィチも、この批判によってソ連における基盤を完全に失うこととなった。そして、当時精力的に作曲をしていた交響曲第4番も、初演を目前にしてそれを取りやめざるをえない状況になってしまったのである。
このような厳しい状況にさらされる中、ショスタコーヴィチはそれを超人的精神力で耐え抜き、名誉回復を図って次の作品の作曲を開始した。その作品の1つが、この交響曲第5番である。交響曲第5番は、第4番などに見られるような先進的で前衛的な複雑な音楽とは一線を画し、古典的な単純明瞭な構成が特徴となっている。この交響曲第5番は革命20周年という「記念すべき」年に初演され、これは熱烈な歓迎を受けた。この交響曲は社会主義リアリズムを外見上は見事に表現していたため、交響曲第5番の発表以後徐々に、ショスタコーヴィチは名誉を回復していくこととなる。
この交響曲を通じてショスタコーヴィチが何を表現したかったのかについては、ショスタコーヴィチ自身のものも含めてさまざまな資料や発言が残されてはいるものの、それらは首尾一貫しておらず、真意は未だ不明である。このため、この交響曲については多種多様な解釈が存在し、またそれは演奏にも大きく反映され、楽観的な演奏から悲劇的なものまで、さまざまな演奏がある。特に終楽章は「勝利の行進」なのか「強制された歓喜」なのかという論争があり、近年ではそういった解釈から離れた「純音楽的解釈」による演奏も増えてきている。
[編集] 第4楽章のテンポ
第4楽章の131番(324小節)からの指定テンポは、初稿のスコアの印刷では「四分音符=188」となっている(現在のスコアにもそう書かれている)。しかし、指定テンポどおり演奏すると余りにも早くなってしまうため、「四分音符=88」、「八分音符=188」、「四分音符=138」等と様々な解釈がなされた。これに関しては誤植という見方が有力である。このようなメトロノーム記号の誤植と思われる例は交響曲第10番第2楽章にも存在する。
また同じく第4楽章冒頭のテンポは「四分音符=88」となっているが、「八分音符=88」の間違いではないかと考えられたこと、実際に「八分音符=88」と書かれたパート譜が存在したこと等から、この箇所でもテンポ設定に関する混乱が生じている。
以上の理由によりこの楽章の冒頭とコーダのテンポ設定は、主に次の2つのタイプに分類される。
- 冒頭:遅い コーダ:遅い
- コンドラシン、ロジェストヴェンスキー、スヴェトラーノフ、バルシャイなどの多くのロシア人指揮者がこのタイプである。かつての西側ではハイティンクもこのタイプで演奏していた。最近ではこのタイプでの演奏が比較的多い。
- 冒頭:速い コーダ:速い
上記の通り冒頭とコーダは楽想の類似性から近いテンポで演奏されることが殆どだが、奇妙なことに次のような第3のタイプが存在する。
- 冒頭:速い コーダ:遅い
- ムラヴィンスキー(78年、84年)とクルト・ザンデルリング。ムラヴィンスキーの初演のスコアには324小節に「四分音符=88」と書き込まれてあった。ムラヴィンスキーがこの演奏テンポに疑問を持ち、自分で書き込んだとされている。ザンデルリングもムラヴィンスキーとの関わりの深さゆえにその解釈に倣ったものと思われる。
なお、この楽章のテンポ設定に関しては、8小節のaccelerandoがどの箇所までを指示しているのかでも解釈が分かれる。
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