健康づくり
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健康づくり(けんこうづくり、Health promotion)は、世界保健機関の提唱する、人々が健康を管理し、より健康にすごせる可能性を模索する方法である。[1][2]アメリカ合衆国では、健康づくりはより狭義に「適正な健康状態の獲得を目的とした、生活様式の改変を支援する科学と技術」であると考えられている。[3]
目次 |
[編集] 健康づくりの精神と意義
世界保健機関による健康づくりの定義は、健康づくりの精神と意義を巧みに表現している。
健康づくりには、健康づくりと生活様式・生活環境の改善とを、一元化した発想が必要である。健康づくりは、人々と環境との仲介的戦略を採用し、また健全な未来に向けて、個人の選択と社会的義務を統合する。[4]
[編集] 背景
健康づくりの考え方は、19世紀から20世紀にかけて社会のありかたの変化や個人という概念の台頭、そしてさまざまな医学的発見に影響され、揺れ動きつつ、現在あるような考え方へと収束していった。[要出典]
[編集] 産業革命の影響
健康づくりの考え方の発祥は、19世紀の公衆衛生の先駆者の仕事にまで、さかのぼる。19世紀のイギリスでは、産業革命の影響を受け、大きな街の労働者には、貧困と過酷な労働状況、劣悪な生活環境と、いくつもの重荷が背負わされていた。この恐るべき社会的状況は、必然的にいくつかの社会的課題へと帰結した。その一つが、コレラ、インフルエンザなど感染性疾病の大流行である。疾病は、市民にあまねく広がり、社会の安定への脅威となった。
エドウィン・チャドウィックやサウスウッド・スミスのような改革者たちは、地方自治体の改革を通じた社会状況の改善を強く訴えた。1875年に彼らの訴えは一つの法令に結実する。都市の水道供給、下水処理、動物処理の管理について定めた公衆衛生法令(en:Public Health Act of 1875)の採択である。[5]法令に基づいた環境の整備は、感染性疾病の減少に大きな影響を及ぼした。これは、臨床医学が感染症の病原体や抗菌薬を発見するよりずっと前の出来事であった。[6]
[編集] 医学的発見の影響
19世紀の後半までに、疾患の流行による脅威はいくぶんか低下することとなった。また数多くの医学的発見は人間の生物医学的な性質を明らかにしつつあった。また個人のありかたも時代とともに変化し、健康づくりの考え方は、環境的な手段から、個人教育に焦点が絞られるようになり始めた。健康づくりはやがて、この教育的な手法へ偏るようになった。教育的な健康づくりは、次第に心臓病の予防、がんの予防、高血圧の予防、糖尿病の予防と健康を脅かす多くの疾患の一つ一つの予防を重視する風潮へと発展していくととなる。また、情報キャンペーンや、より病気になりやすい人を特定し、予防する手法なども、広まっていった。
[編集] 第1回健康づくり会議の開催
しかし、 社会環境から健康づくりを支援するという考え方は、下火となることはあっても、途絶えることはなかった。1974年には、当時すでに世界的となっていた教育的な健康づくりと、 社会環境の改善を基盤とした健康づくりとを統合するきっかけとなる提言が、カナダから発信された。それがカナダの厚生大臣による「死亡と疾患の大きな原因は、生物医学的な特性にあるのでは無く、環境的な要因、個人の行動、そして生活様式にある」という提言である。[7]この提言は、ややもすれば個人へと偏りがちだった健康づくりの視点を、個人と環境の両方へ向けさせる上で、大きな役割を果たした。この流れを汲み1986年にWHOは、カナダのオタワにて第1回健康づくり国際会議を開催することとなった。
[編集] 健康づくりのためのオタワ憲章
- 健康づくりのためのオタワ憲章を参照して下さい。
第1回健康づくり国際会議にて採択されたオタワ憲章では、3つの基本戦略と5つの活動領域が提示され、健康に影響を与える要素を包括的に管理する視点が盛り込まれている。[8][9]また健康づくり国際会議では、オタワ憲章のシンボルマークも作成され、これは現在に至るまで世界保健機構の提唱する健康づくりの象徴として扱われている。
3つの基本戦略は「推奨する、可能にする、調停する」である。これは5つの活動領域における活動の基本であるため、シンボルマークから羽ばたく3つの翼の中心として青い円で表現されている。
5つの活動領域は「保健政策の制定、支援環境の整備、地域活動の強化、個人スキルの開発 、医療の再設定」である。保健政策の制定は、保健部門(厚生労働省)だけではなく、さまざまな省庁が直接に健康に影響を及ぼすことを踏まえて記述されている。医療の再設定では、医師の臨床的治療的業務を果たす責任について言及され、また古今の医療批判もここに統合されている。健康教育といった個人への働きかけは、個人スキルの開発として表現されている。これらの活動領域は3つの青い翼として、また保健政策の制定は、すべてを包括する1つの赤い環として表現されている。
健康づくり国際会議では、回を重ねる度に、オタワ憲章の3つの基調戦略と5つの活動領域、そして健康の社会的決定要因への取り組みの重要性が訴えられている。
[編集] 健康づくりと関連する考え方
健康づくりをよりよく理解するために、関連する考え方のいくつかを紹介する。これらのいくつかは、健康づくりと直接の関連があるわけではないが、健康づくりを理解するうえで有用である。
[編集] 限りある資源
開発途上国においては、資源・医療資源の不足については、議論の余地はないであろう。では、先進国においては?
先進国においても、医療資源の不足は、重大な課題である。[要出典]これは、健康づくりとは、医療資源の不足している、開発途上国に固有の課題であるという認識を、誤解であると強調するために、よく引用される。
[編集] 健康の社会的決定要因
- 健康の社会的決定要因を参照して下さい。
健康の社会的決定要因は、人々の健康を規定する経済的社会的状況である。[10]疾病は一般に、社会的経済的政治的環境的な状況に関連しており、これらへの取り組みを通して健康づくりを推進しようという働きかけがある。
健康の社会的決定要因が示唆するものは、個人の健康は、個人では管理できない状況に左右されている、ということである。これはWHOの健康の定義にも合致する理念である。
[編集] 上流に注意を払え!
公衆衛生では、疾病の管理と対策において、水難事故と比較することで、どこに注意を払うべきかを考察することがある。[11]
ふと、流れの速い川の岸に立っていると、溺れている人の叫び声が聞こえてきました。そこで、私は川に飛び込み、彼に手を差し伸べ、岸まであげて、人工呼吸を施しました。溺れた人が息を吹き返すと、また助けを求める叫び声が聞こえてきました。再び、私は川に飛び込み、彼に手を差し伸べ、岸まであげて、人工呼吸を施しました。溺れた人が息を吹き返すと、また助けを求める叫び声が聞こえてきました。もちろん選択肢はありません。私は川に飛び込み、この繰り返しは果てしなく続きました。私は、川に飛び込み、彼らを岸にあげて、人工呼吸を施すだけで、精一杯でした。分かってください。 私には、上流に分け入って、どんな地獄が彼らを川に落としているのかを確認する時間なんてなかったのです。
この考え方のポイントは以下の2つである。
- 現在の医療は下流で努力している
- 本当の課題は上流にある
より具体的な表現として、以下の標語を好む人も多い。
健康的な選択を、よりやさしい選択に[12]
[編集] 犠牲者非難
健康の社会的決定要因が明らかになるにつれ、疾病の原因は、個人のみにあるのではないということが明らかとなってきている。疾病を抱えた人々(犠牲者)を「疾病の原因のすべては、あなた自身にある」と責めることは、疾病による苦痛を軽減しないだけではなく、不当な非難による精神的な苦痛を上乗せすることとなる。犠牲者非難とは、このような観点から、限りある資源の浪費と疾病による苦痛の多層化を生むと考えられている。また、犠牲者非難は、新たなる疾病の発生には、影響をもたらさない。
[編集] 共通の暴露要因手法
いくつかの蔓延している疾病(肥満、糖尿病、高血圧など)には、共通の原因などが関連している。この共通する原因など(専門用語で暴露要因という)を中心として、情報キャンペーンの展開や環境の整備を推進することで、健康づくりを実現する手法が、共通の暴露要因手法である。[要出典]この手法を利用することで、たくさんの、そしてばらばらの支援活動における努力の重複や情報の矛盾を防ぎ、限りある資源を有効的に健康づくりへと生かすことができるとされる。また、この暴露要因には、運動不足や喫煙、脂肪分が過剰で繊維質の不足した食習慣、身体の清潔といったものがあげられている。
健康の社会的決定要因が明らかになるにつれ、疾病ごとの対策ではなく、一元化した対策の重要性がよりいっそう強調されてきている。
[編集] 協働
- 協働を参照して下さい。
オタワ憲章にあるように、地域の関与は、健康づくりの基本的な要素である。保健課題の認識から変化を起こす方法まで、全ての面で、地域社会が中心となっていることが重要である。また、広く様々に横たわっている健康の社会的決定要因を認識し、それに焦点を絞り、協働することが、健康づくりの鍵となる要素である。社会の多くの部門、例えば、政府省庁、教育、農業、医療、ボランティア活動の全てが、健康に大きな影響を及ぼす。
[編集] ポピュレーション・アプローチ
疾病の発生が、母集団全体に分布する場合、重症は母集団の一部に集中し、軽症もしくは中等度の症状は母集団に幅広く発生することがある。実際にいくつかの疾病の重症度はこのように分布することが知られている。[要出典]このような疾病に対する取り組みとしては、その疾病になる可能性の高いと疑われうる一部の集団を選択し、その集団に予防手段を講じるという考え方(ターゲッティド・ポピュレーション・アプローチ)と、母集団全体に予防手段を講じるという考え方(ホール・ポピュレーション・アプローチ)が状況に応じて正当化されてきている。
健康づくりにおいては、母集団から幅広く発生する軽症もしくは中等度の症状の存在は、軽視できない、という状況から、ホールポピュレーションストラテジーにのっとり、対策が講じられることが多い。ただし資源が不足しているという状況から、ターゲッテドポピュレーションストラテジーが選択されることもある。
[編集] 身の回りにある健康づくりの実例
健康づくりのチャンスは、身の回りのいたるところに存在している。健康づくりの考え方が収束する以前から存在しているものであっても、それが健康づくりと関わっていると認識し、健康づくりと一元化して推進することも、健康づくりの重要な構成要素である。
たとえば、以下の要素は、それがない社会を思い浮かべると、いかに健康づくりに深く関わっているかを理解できよう。またいくつもの要素は複雑に交絡しており、単純にいずれかの規制を強めれば、健康づくりに役立つというものではない。ここに健康づくりの難しさ、そして挑戦があるといえるだろう。
- 政治
- 富の再分配の効率(税制)
- 勤労
- 労働基準、職場の安全、職場の信頼関係、職務への不安
- 環境
- 豊かな自然環境、清浄な空気、水源の確保、上水道・下水道の整備
- 生活様式
- 大量消費、運動不足、喫煙による交流、高カロリーで繊維不足な食生活(生活様式ひとつとっても、個人の意思では変化に限界があることに注意せよ)、公園や運動競技場の利用機会、援助交際の拡大
- 教育
- 公平な教育制度(ヘルスリテラシー)、安全な教育現場
- 喫煙社会
- 自動販売機の制限、禁煙区域の設定、禁煙施設の設定、喫煙区域の設定、職場における禁煙運動の支援
- 地域社会
- 住民同士の信頼、住民の交流する機会(祭や地域行事など)、ソーシャル・キャピタルの再形成
- 工業社会
- 大気汚染、水質汚染、公害に対する規制
- 農業社会
- 農薬の規制、農産物・畜産物の安定供給
- 車社会
- ガードレール、信号機、方向指示器、シートベルト、ヘルメット、安全基準、最高速度、エアバック、飲酒運転の抑止
- 携帯社会
- 出会い系サイトの台頭、フィルタリング (有害サイトアクセス制限)の普及
- 薬物社会
- 薬物乱用、薬物依存症の蔓延
- 飲酒社会
- 自動販売機の制限、年齢制限、(飲酒運転の抑止)
- 食品安全
- 消費期限、外食産業の安全性、栄養のバランス、食品添加物の管理、輸入品の検疫
- 土木・建築
- 建造物の強度、空調の整備、建材の安全、扉の安全、昇降機の安全、アスベスト
- 医療
- 健康づくりへの挑戦、公平な医療制度、医療資源の確保、パンデミックの管理と対策
[編集] 政策からの挑戦
アメリカ合衆国では、保健社会福祉省が中心となってHealthy People 2010という目標が設定されている。[13]イギリスではOur Healthier NationとNational Planに健康づくりの考え方が取り入れられている。[14]日本では、2000年から健康日本21として、健康の具体的な数値目標が設定されている。[15]また、2002年には国民保健の向上を図ることを目的として健康増進法が制定された。[16][17]
[編集] 参考文献
- ^ World Health Organization website (in pdf format), "Health Promotion Glossary", page accessed March 11, 2007
- ^ Ontario Health Promotion Resourse system website, "Glossary", page accessed March 11, 2007
- ^ American Journal of Health Promotion website, page accessed March 9, 2007
- ^ WHO (1984). Health promotion: a discussion document on the concept and principles. Copenhagen, WHO.
- ^ World History 4th Edition by William J. Duiker and Jackson J. Spielvogel
- ^ McKeown. T. (1979). The role of medicine. Oxford, Basil Blackwell.
- ^ Lalonde, M. (1974) A new perspective on the health of Canadians. Ottawa Health and Welfare Canada.
- ^ WHO website (in pdf format), "Ottawa Charter for Health Promotion", page accessed March 9, 2007.
- ^ WHO Europe website, "Ottawa Charter for Health Promotion", page accessed March 9, 2007
- ^ WHO European Office website (in pdf format), "Wilkinson, R., & Marmot, M. (2003). Social determinants of health: The solid facts.", page accessed March 17, 2007.
- ^ McKinlay, J. (1979). A case for refocusing upstream: the political economy of health. In Patients, physicians and illness (ed. E. Jaco). pp. 96-120. Basingstoke, Macmillan.
- ^ Milio, N. (1986). Promoting health through public policy. Ottawa, Canadian Public Health Assosication.
- ^ Healthy People website, page accessed March 9, 2007
- ^ Ewles L, Simnett I (2005) Promoting Health - a practical guide Balliere Tindall: Edinburgh
- ^ 健康日本21 website, page accessed March 16, 2007
- ^ 法令データ提供システム website, "健康増進法", page accessed March 9, 2007
- ^ RONの六法全書 on LINE website, "健康増進法", page accessed March 9, 2007
[編集] 関連項目
- 世界保健機関
- 公衆衛生
- 健康づくりのためのオタワ憲章
- 健康づくりを21世紀へと誘うジャカルタ宣言
- 健康の社会的決定要因
- ブラック・レポート
- ホワイトヘッド・レポート
- アチソン・レポート
- ラロンデ・レポート
- 健康増進法
- 健康日本21
- まちづくり
- ナショナル・トラスト
- 安全づくり
- 体力づくり
[編集] 外部リンク
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