ガソリン直噴エンジン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ガソリン直噴エンジン(ガソリンちょくふんエンジン、直噴ガソリンエンジンとも)とは、シリンダー内にガソリンを直接噴射するガソリンエンジンのことである。
目次 |
[編集] 概要
およそ50から120気圧という高圧でガソリンをエンジンの圧縮行程でインジェクターから高圧のシリンダー内に燃料を噴射し、一般的にシリンダー内の気流(タンブル旋回流又は、スワール旋回流)を利用し点火プラグ付近に燃焼可能な混合比の層(成層燃焼)を形成することでシリンダー内全体としては空燃比20:1から55:1の超希薄燃焼を可能にしている。成層燃焼中は、EGR(排出ガス再循環装置)を導入しても燃焼の悪化が殆んど無い為大量のEGRが導入することが可能となり、ポンピングロスの低減に非常に有効である。同時にEGRを導入する事により燃焼温度が低く抑えられ、NOx(窒素酸化物)の排出量を低減できる。従来のシリンダーに空気との混合気を作ってから噴射する方式に比べて省燃費化している。
また、高負荷時は出力空燃比(12:1)付近での燃焼(均質燃焼)へ切り替えて吸入行程でガソリンを噴射する。この際、ガソリンの気化熱によりシリンダー内の吸気が冷却されることで充填効率の向上、点火時期の進角、高圧縮比化が可能となり高出力が得られる。
燃焼モード切替時(超希薄燃焼⇔理論空燃費)には必要とする吸入空気量に大きな差があり、また切り替え時にトルク変動を伴う為アクセルペダル操作とスロットルバルブ開度をバイワイヤー化した電子制御スロットルを用いる場合が殆どである。
希薄燃焼は窒素酸化物のエンジン直後の排出量は少ないものの、排出ガス中に酸素余剰状態の為三元触媒でのNOx還元作用がほぼ期待出来ない為結果的に大気中へのNOx排出量を増加させるので、近年では希薄燃焼を行わずに理論空燃比下での燃焼のみを行い燃費や出力の向上だけでなく低排出ガス化を図ったガソリン直噴エンジンが増えた。希薄燃焼を行わない場合でも燃費に有効なのは、上述のように、高圧縮比を実現しやすく、より正確な空燃比を実現できるからである。
筒内直噴ガソリンエンジンと言うくくりならば第二次世界大戦中にダイムラーベンツにより航空機用として製作されたものがある。現代の自動車用エンジンとは異なり主目的は高ブースト圧状態での高出力化のためであった。
代表的なガソリン直噴エンジンには三菱自動車工業のGDIやトヨタ自動車のD-4、本田技研工業のi-VTEC I、日産自動車のNEO Di、マツダのDISI TURBO/DISI、欧州ではフォルクスワーゲングループのFSIなどがある。
[編集] メリット
ターボチャージャーなどの過給器との相性が良く、それらと組み合わせる事によって高出力化と低燃費化と低公害化を同時に実現する事が出来る。その例が、マツダのDISIターボである。平成17年排出ガス基準75%低減レベルの低排ガス性能と低燃費を実現しながら高出力を獲得している。直噴エンジンの緻密なトルク制御により低速トルクを確保しながらターボラグを抑制している。ポート噴射よりも直噴の方が排気温度の制御が行いやすいため、エンジンが冷えているときでも触媒の温度が上昇するように制御できることが、低排ガスを実現できたひとつの要因である。BMWでも最新のインジェクターを装備した直噴エンジンにターボチャージャーを組み合わせたモデルが存在する。
直噴エンジンは噴射する燃料の量を調整することでエンジンの正確なトルク制御が容易である為、CVT(無段階変速装置)と組み合わせた場合にも、その正確なトルク制御のおかげでCVTベルトクランプ力を最低限に出来るメリットが有り、燃費向上に有効である。現にGDIを搭載したランサーセディアワゴンのようなガソリン直噴エンジンとCVTを組み合わせた車では、非公式ではあるにせよ、リッターあたりの燃費が20kmを超えるケースも確認されている。
[編集] デメリット
ガソリン直噴エンジンはコストのかかる専用のインジェクターや噴射ポンプを必要とするためにエンジン全体のコストを押し上げている。これはインジェクターが筒内圧に耐えなければならないこと、噴射圧が高圧であること、特殊なノズル形状を使用する場合があることなどに起因する。直噴でない燃料噴射装置はこの必要が無く、安価にできる。
現在でも少なからず残っている直噴ガソリンエンジンのデメリットは、シリンダー内にガソリンの燃えカスが溜まることがポート噴射式エンジンに比べて多いことである。いくつか原因があるが、インジェクターが筒内にあるため、インジェクターのノズルにススが付着しやすく、正常な燃料噴射ができなることが主な原因である。燃料噴射量が狂うとさらにススが発生しやすくなるという悪循環が発生してしまう。また、燃焼室内にススが付着すると燃料の気化速度が狂ってしまう。主な症状としてはエンスト、アイドリングの不安定、異常なほどの黒煙、新車時とは異なる不安定なエンジン音、パワー・燃費の低下などである。新型のエンジンでは燃焼室の最適化やインジェクターの改良、制御の高度化などによりそれらの症状が出ることは少なくなったが、直噴エンジンの新型車で予期せぬエンストが発生しているという報告もあり、いまだに信頼性には疑問が残る。
またガソリン直噴エンジンはレギュラーガソリンや質の悪いガソリンを使うと異常燃焼を起こしやすい。そのため使用するガソリンは高オクタン価ガソリン(ハイオクガソリン)が推奨される。
[編集] 歴史
- 第二次世界大戦中においてドイツで航空機用エンジン用に使われる。
- 1954年:メルセデス・ベンツ・300SLにおいてガソリン直噴エンジンが使用される。これが市販乗用車初のインジェクション車でもあった。航空機用技術の流用であった。
- 1996年:三菱自動車がGDIエンジンを成層燃焼とともに実用化する。全車GDI化を目指し発表したものの、高い製造コストそして期待されたほど燃費性能が発揮されないことから静かに全面撤退を行った。
- 以後、トヨタ、日産および外国車においてもガソリン直噴エンジンが普及する。一方で排ガス規制の強化にともない希薄燃焼、成層燃焼(いわゆるリーンバーン)を採用するエンジンは減っていく。
- 2003年:ホンダが排ガス規制強化後、成層燃焼を可能にしたi-VTEC Iをストリーム・アブソルートに採用する。しかしながら、後のストリームのフルモデルチェンジにより、エンジンが変更され、iVTEC Iを搭載した車種はなくなった(2007年1月現在)
- 2005年:トヨタがレクサスGSの2GR-FSE(V型6気筒3500cc)でD4-Sと呼ばれる、筒内直接噴射用インジェクターとポート噴射用インジェクターの両方を搭載し、状況に応じて2つのインジェクターを組み合わせることができる技術を世界で初めて採用。後の、レクサスLSに搭載された1UR-FSEエンジン(V型8気筒4600cc)でも同様の技術を採用。
- 2005年:マツダがマツダスピード・アテンザにL3-VDT(直列4気筒2300ccターボチャージャー付)を採用し、同社初のガソリン直噴は過給器付エンジン(DISIターボ)となった。翌2006年にはMPVにも同型エンジンを搭載したモデルが現れ、同年末登場のCX-7は全車がこのエンジンを搭載している。2007年にはプレマシーに直噴自然吸気式エンジン(DISI)のLF-VD(直列4気筒2000cc)搭載モデルが追加された。
- 最近の様子としては、メーカーによって直噴に対する評価が分かれているということである。日産では一時は大排気量エンジンに直噴を積極的に採用していたが、排ガス規制に適合するために、現在では直噴をほとんど採用していない。トヨタでは以前は一部車種に限定して直噴エンジンを搭載していたが、主力ミニバンなどでも採用した。また、現行型クラウンなどに搭載されるGR型V型6気筒エンジンで直噴を採用した。レクサスブランドの車種でも4.3L V8エンジンを搭載したモデル以外はすべて直噴を採用したことからもわかるように、トヨタでは直噴に対する評価が高いことが伺える。
- ボッシュの開発したピエゾ式インジェクターにより数回に分けた噴射等と空間混合が可能になり、従来の成層燃焼時の問題が幾つか解決された。ベンツやBMWのエンジンに採用されており、他社のエンジンにも採用されていくと思われる。