キュビスム
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キュビズムは、セザンヌの影響を受け、20世紀初頭に、パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックが創始した、視覚上の革命的な美術動向。それまで絵画は一箇所の視点から描かれていたのに対し、いろいろな角度から見た物の形を、一つの画面に描き、立体的な物全体を平面上に表現しようとする試みがなされた。
目次 |
[編集] 概略
- ルネサンス以来の「単一焦点による遠近法」の放棄(すなわち、複数の視点による対象の把握と画面上の再構成)
- 形態上の極端な解体・単純化・抽象化
を主な特徴とする。 フォーヴィスムが色彩の革命であるのに対して、キュビスムは形態の革命である、という言い方がされることもある。
キュビスムの美術の分野における影響は大きく、絵画だけにとどまらず、彫刻、デザイン、建築、写真にまでその影響は及んでいる。特に、未来派、ロシア構成主義、抽象絵画などへの影響は決定的である。また、パピエ・コレ (papier collé) を創始し、のちの、コラージュ (collage)、アッサンブラージュ (assemblage) などへとつながっていく点も重要である。
キュビスムの始まりは、1907年のアヴィニョンの娘たち(Les demoiselles d’Avignon:ピカソ作)であることは間違いないが、その終わりについては、明確ではない。ちなみに、ピカソとブラックの共同制作は、ブラックの出征により(第一次世界大戦)、1914年に終わりを告げ、ピカソにとっての「キュビスムの時代」も、1916年頃には終わっている。そして、ピカソは、1917年頃には、「新古典主義の時代」に入っているのである。なお、シャルル・エドゥアール・ジャンヌレとアメデエ・オザンファンによる『キュビスム以降』 (Après le Cubisme) は、1918年に刊行されている。
理論的な難解さの一方で、視覚的には新奇で人目をひくため、多くの画家の好みに合致したところがあり、キュビスムはかなりの追随者を生んだ。その中には、亜流、ものまね等の批判を受けた者もいる(ピュトー・グループの中にすらいた)。
なお、キュビスムの影響はピカソ自身にとっても大きく、「キュビスムの時代」を終えたあともしばしばピカソの作品の中に、キュビスム的なモチーフが現れている。たとえば、眼が正面に2つあるのに鼻が横向きについているといった、複数の視点による人物像である。一般によく知られているピカソまたはキュビスムのこういったイメージのほとんどが、「キュビスムの時代」が終わったあとの作品であるということは、興味深いとともに、十分に注意を要する。
最後に、ピカソもブラックも、キュビスムから抽象に向かうことなく、具象にとどまったということを指摘する必要がある。キュビスムの創始者である偉大な2人の画家にとってキュビスムは、あくまでも何らかの対象をうつしとる手段の一つであり、非対象絵画ともいえる抽象絵画にいたることは考えられなかった。別な言い方をすれば、抽象絵画を目指すことなど2人にはなかったのである。したがって、キュビスムから抽象絵画にいたったという1つの動きは、創始者の意図の誤解または完全な無視であり、創始者2人にとっては、驚きや当惑の対象であったかもしれない。
フランス語ではキュビスム (cubisme) と、「ス」が澄んだ発音であるが、英語ではキュビズム(キュービズム) (cubism) と、「ズ」と濁った発音になる。 日本語では、「立体派」と訳され、現在でも一部の文献(例えば、高校の世界史の教科書など)ではこの訳が用いられている。しかし、正確に訳すのであれば、「立方体派」とすべきであり、このことから「立体派」という呼び方は誤解を生むので避けるべきである、との指摘がある。
[編集] 主な作家
[編集] フランスにおけるキュビスム
- パブロ・ピカソ
- ジョルジュ・ブラック
- フェルナン・レジェ
- フアン・グリス
- ピュトー・グループ(セクション・ドール)
[編集] 日本
[編集] 時代区分
以下の時代区分は、ピカソとブラックによるキュビスムについてであり。グリス、レジェ、その他ピュトーグループの作家たちについては、必ずしもあてはまらない。
- セザンヌ的キュビスム(原始的キュビスム・プロトキュビスム)
- ピカソの「アヴィニョンの娘たち」以降、ピカソとブラックの作品は、人物にしろ、静物にしろ、風景にしろ、立方体を中心とした単純な形態へと解体されていく。これは、セザンヌの思想に基づくものであり、この時期の作品が「セザンヌ的」といわれる所以である。特に、静物と風景の作品において、顕著である。なお、誤解をおそれずに書けば、人物画については、顔面も体も、実際の形態とかけ離れているため、単なる単純化とはいえず、「醜い」ものとなっている。ちなみに、この時期を、次の「分析的キュビスム」に含める考え方もある。
- 分析的キュビスム (Analytical Cubism)
- 1909年夏頃以降は、セザンヌの考えを超えて分析・解体が進み、色彩も形態もなくなって、作品は平面へと還元されていく。何が描かれているか、判別がつきにくいという意味では、最も難解な時期といえる。代表作としては、「ウーデの肖像」(1910年)、「カーンワイラーの肖像」(1910年)など(いずれもピカソ)があり、人物画と静物がほとんどである。
- 総合的キュビスム(綜合的キュビスム) (Synthetic Cubism)
- 1912年春頃以降は、形態の分析・解体が一段落し、揺り戻しが始まる。この過程で、外見的には、以前に輪をかけて、極めて大きな特徴が表れる。パビエ・コレの導入、画面上の文字の登場、シェイプト・キャンバスの使用、立体作品への応用、などであり、極め付けは、色彩の復活である。人物画は減り、静物が増えている。
- ロココ的キュビスム(ロココ風キュビスム)
- 1914年頃には、ピカソの作品に、緑色を基調とした、装飾性に富む一群の作品が現れる。これを、その優雅な装飾性から、ロココ風と呼ぶことがある。この時期の代表作としては、「若い娘の肖像」(1914年)がある。
1914年には、ブラックが第一次世界大戦に出征し、ピカソとブラックの5年以上にもわたる共同制作の時代は終焉を迎えることになる。
[編集] キュビスムと写真
キュビスムは写真に対しても大きな影響を与えているが、未来派、ダダ、シュルレアリスムのように、キュビストそのものが、キュビスム的な写真作品を残しているということはまずない。たとえば、ピカソが、写真作品を多く制作しているのは有名だが、キュビスムの写真作品と呼べるようなものではない。
一般に、「キュビスムの写真」と呼ばれるような作品は、キュビスムの影響を受けた作品のことで、人物、風景(自然のもの、人工的なものを問わず)等を撮影していながら、光と影の対比、幾何学的な形態(まる、三角、四角、水平線、垂直線、対角線など)の重視、対称の構成的な配置等に、強い特徴をもった作品であり、構成主義的な写真へと直結するような位置にある。
キュビスムの写真への影響は、むしろ、ストレートフォトグラフィにおいて、顕著だといわれることが多いようであるが、実際にはそれにとどまらず、ピクトリアリスム、未来派、ダダ、シュルレアリスムそれぞれの写真作品にもその跡は見て取ることができ、いわゆる「バウハウスの写真」にも大きな影響を与えている。
この範疇に含まれる具体的な写真家としては、1) ヨーロッパでは、アンドレ・ケルテス、アレクサンダー・ロドチェンコ、フランティセック・ドルティコルなど、2) アメリカでは、ベレニス・アボット、イモ-ジン・カニンガム、エドワード・ウェストン、ポール・アウターブリッジ・ジュニア、ポール・ストランドなど、3) 日本では淵上白陽を中心としたいわゆる「構成派」の写真家たち(松尾才五郎、高田皆義、津坂淳、西亀久二など)、が挙げられる。特に日本では、静物でも人物像でも、単なる影響にとどまらず、「キュビスムそのもの」というような作品すらあり、また、黒と白の効果的な使い方も顕著に見られる。
(参考文献)Cubism and American photography 1910-1930/John Pultz and Catherine B. Scallen/The Sterling and Francine Clark Art Institute/1984/ISBN: 0 931103 04 9
[編集] 関連分野
- チュビスム(tubisme, tubism チュービズム)
- 1910年代前半のレジェのキュビスムの作品を、チュビスムと呼ぶことがある。特に人物画において、チューブ状の物体に解体された作品が多く、この呼び名の由来となっている。
- キュビスムの影響を受けて、1913年に、パリにおいて、スタントン・マクドナルド=ライト(Stanton MacDonald-Wright; 1890年-1973年)とモーガン・ラッセル(Morgan Russel; 1886年-1953年)の2人のアメリカ人により主張された絵画形式。基本的にはキュビスムの影響により抽象性が増した作品だが、色彩豊かな作品で、オルフィスムに近い。抽象性が徹底している作品ばかりではなく、再現的な作品もあり、その点でも、オルフィスムに近い。短命であり、1918年ごろには、ほとんど具象作品に回帰した。やはりパリにいた、パトリック・ヘンリー・ブルース(Patric Henry Bruce; 1880年-1937年)とアーサー・バーデット・フロスト(Arthur Burdett Frost; 1851年-1928年)の2人のアメリカ人の同時期の作品を含めて考える場合もある。また、シンクロミズム自体を、オルフィスムに含めてしまう考え方もある。