クローン病
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
クローン病( - びょう)(CD:Crohn's disease)は、主として口腔から肛門までの消化管全域に、非連続性の炎症および潰瘍を起こす原因不明の疾患である。 本疾患における病変は消化管の粘膜から漿膜までの全層を侵し、進行すると腸管が狭くなる狭窄によって腸閉塞をきたすことや、腸管に穴のあく穿孔や瘻孔(ろうこう)、それらに膿が溜まった膿瘍ができることがある。潰瘍性大腸炎とともに炎症性腸疾患 (IBD : w:Inflammatory bowel disease)に分類され、また同様に厚生労働省指定の特定疾患のひとつである(2005年2月20日現在)。
1932年にニューヨークはマウントサイナイ病院の内科医ブリル・バーナード・クローンらによって限局性回腸炎として報告される。後に病名は改められたが回腸、特に回腸末端から盲腸にかけての回盲部に好発する点は確かである。
目次 |
[編集] 疫学
日本では、現在2万人以上が罹患している。喫煙者で2倍、経口避妊薬常用者で1.9倍の発症リスクがある。大きなストレスも発症の危険因子である。
[編集] 原因
現在は遺伝的な素因を持ち、免疫系の異常(主としてマクロファージが腫瘍壊死因子αというサイトカインを分泌して腸壁の正常細胞を傷害すること)がおこり、その上で食餌因子などの環境的な因子が関係しているのではないかと考えられている。若年層での発症が顕著であり欧米先進国での患者数が圧倒的に多いため、食生活の欧米化、即ち動物性蛋白質や脂質の摂取が関係しているともいわれる。欧米では、クローン病のかかりやすさは特にNod2(IBD1)の機能欠損多型やHLAの多型により強く影響を受けるが、日本人ではNod2との関わりは明確ではない。 最近、日本人クローン病とTNFSF15(TL1A)というサイトカインの遺伝子との関連が報告された。TL1Aは腸管の炎症に関連しているサイトカインで、クローン病の病変部での発現が増加していることがわかっているが、これと遺伝子多型との関連についてはいまだ不明である。
[編集] 症状
以下に示す症状は代表的なものであり、個人差が大きく、これらの症状が必ず発現するわけではない。本疾患の病変は消化管全域に起こりうるため、その症状は多岐にわたり、それらが断続的にみられることがある。病変部位別に小腸のみに病変のある『小腸型』、大腸のみに病変のある『大腸型』、どちらにも病変のある『小腸・大腸型』に分けられ、小腸・大腸型が多くを占めている。病変タイプ別に『狭窄型』と『穿孔型』に分類することもあり、後者のほうが重症であることが多い。重症例と軽症例では症状が大きく異なり、また炎症が激しい活動期(増悪期)では症状も激しく、炎症の落ち着いた緩解期では症状も落ち着く。ただし狭窄、穿孔や瘻孔は非可逆性の病変であるため、必ずしも緩解期に症状が無くなるわけではない。
- 腹痛
- 炎症やそれを繰り返すことによって起こる狭窄、また潰瘍によって高率でみられる。
- 重症例では腸閉塞、膿瘍、瘻孔や穿孔をきたすことがあるので重要な主訴のひとつであるといえる。
- 下痢
- 一日に数回以上の下痢をきたす場合があり、QOLを損なうこともある。
- かなり高率でみられるが、小腸型の患者や場合によっては便秘をきたすこともある点に留意すべきである。
- 体重減少
- 栄養素の吸収を役目とする小腸に病変が起こるため、特に小腸型では栄養不良によって体重の減少がみられることが多い。
- 若年層に好発するため、成長が阻害される恐れがある。
- その他
- 発熱や全身倦怠感といった症状も多い。
- また上部消化管に病変のある場合は下血が、下部消化管に病変のある場合では血便がみられることがある。
- その場合貧血をおこしていることもある。
- 合併症
- 肛門部病変はかなり多くにみられ、難治性の痔ろうや裂肛から本疾患が判明する例もある。
- 他に関節炎、虹彩炎、壊疽性膿皮症や結節性紅斑などの腸管外合併症を伴うことがある。
[編集] 診断
腹痛と下痢を繰り返している場合、さらに肛門部病変が認められる場合には本疾患を疑う必要がある。回盲部に好発するために、右下腹部に腫瘤がみられることもある。しかし特異的な所見は無いとされるため、確定診断は消去法で行われるのが現状であり、特に潰瘍性大腸炎、ベーチェット病や腸結核との鑑別が重要とされる。
[編集] 検査所見
- 血液検査
- 白血球数、CRP、赤沈、アルブミンから炎症の判定を行う。
- 活動期ではこれらの値が増大するので、診断後も活動度の指標として用いられている。
- アルブミンや総蛋白からは栄養状態も窺うことができ、赤血球数、ヘモグロビン、ヘマトクリットからは貧血の判定を行う。
- 糞便検査
- 主に便潜血の有無を調べるが、寄生虫や腸結核などとの鑑別のために行う。
[編集] 画像所見
- 消化管造影検査(注腸造影)
- 造影X線検査によって腸管の細くなった狭窄がみられることが多い。
- また腸管に沿って続く潰瘍や、敷石状の潰瘍がみられることがある。
[編集] 内視鏡検査
- 消化管内視鏡
- 特に大腸ではファイバースコープ・電子内視鏡による肉眼的所見や生検を診断に用いることがある。潰瘍性大腸炎、腸結核との鑑別に有用である。
- 病理組織診断
- 生検では粘膜の情報しか得られないため、外科的治療の前に病理学的確定診断が得られることは少ない。発症部位の消化管の各層に微小な類上皮肉芽腫が多数形成されるのがクローン病の特異所見であるが、粘膜にも生じていて且つその場所がたまたま生検されれば、術前に診断できることになる。
[編集] 治療
原因不明の難病であり根治療法は無いが、多くの場合は緩解状態へ導入・維持することが可能であり、そのためには患者側の本疾患に関する充分な理解と、治療への協力も必要不可欠である。治療は主に腸管の炎症を抑えることによって症状を緩和し、QOLの向上を主目的として行われる。栄養療法(食事療法)や薬物療法といった内科的治療が選択されることがほとんどであり、外科的治療は内科的治療の望めない場合に限り実施され、その場合においても最終的には内科的治療が採られることとなる。なお本邦では食事療法のみか、食事療法と薬物療法を組み合わせることが多いが、欧米では薬物療法が主体となることが多いようである。
[編集] 内科的治療
- 栄養療法
- 腸管を安静におくことで緩解状態に導入し、炎症が抑えられて症状の改善がみられる。
- しかし食事制限は厳しいもので、重症例では絶飲食が続くこともあり、しかも緩解維持のためには継続的に行わなければならない上に、成分栄養剤を摂取する必要もある。
- とはいっても食事を制限するだけで劇的に症状の改善がみられることが多く、副作用も少ないため優れた緩解導入法ともいえる。
- 具体的には脂質の摂取制限に始まり、肉類の制限や繊維質の食品を避けるように指導される。
- しかし近年では狭窄のない場合に限っては繊維質の制限を行わないこともある。
- また食事制限によってむしろQOLの低下をきたす可能性もあるため、主治医との相談の上で一時的でも制限を緩めることも考えられるようになっている。
- 薬物療法
- 5-アミノサリチル酸(5-ASA:w:5-aminosalicylic acid)製剤が用いられることが多く、栄養療法と併用される。
- 主として用いられる5-ASA製剤メサラジンの錠剤は、持続的に成分が放出されるように製剤されているため上部から下部消化管の広域に有効である。
- また従来品の副作用の主因となっていた成分を含まないため副作用も少ないが、剤形は従来品よりもまだ少ないといえる。
- 重症例ではステロイド剤が用いられることとなるが、非常に効果が高い一方で副作用の問題が大きいため投与は慎重かつ大胆に行われるべきである。
- このようなステロイドの副作用を低減するために6-メルカプトプリン、アザチオプリンといった免疫抑制剤が用いられることもある。
- 新しいものではインフリキシマブ(レミケード)という免疫抑制剤に近い薬(TNF-α阻害剤)が使われ、著しい狭窄や内瘻や膿瘍以外はすべて適応であり
画期的な効果があるが、結核、投与時反応などの副作用に注意する必要がある。
[編集] 外科的治療
基本的に外科的治療は行わないが、内科的治療が有効でない強度の狭窄や腸閉塞を起こした場合、同じく穿孔、瘻孔や膿瘍を伴う場合は手術適応となる。その場合においても可能な限り短腸症候群を避けるために切除は最小限に抑えられ、狭窄形成術などが行われる。手術によって病変は取り除かれても再発率は極めて高く、特に術後の再接合部に再発することが多い。
[編集] その他
体外に循環させた血液を装置に通して、炎症発生機序の要点となる白血球を取り除く、白血球除去療法がある。治験成績では抗サイトカイン療法(抗TNFα抗体薬)よりも効果が低く、副作用は少ないが、効果が高くないのが問題である。
[編集] 予後
本疾患は完治は望めなくとも直接的に生命にかかわることはほとんどなく、近年の新薬の登場によって十分にコントロールが可能である。緩解状態を維持して「病気とつきあう」気持ちが大切であるといえる。痔瘻癌や大腸がんの合併がまれにあり、きわめて予後が悪いので注意が必要である。