シプソンパンナ・タイ族自治州
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シプソンパンナ(西双版納)タイ族自治州(シプソンパンナ-タイぞく-じちしゅう、タイ・ルー語:/sípsɔ́ngpǎnnǎ/ タイ語:สิบสองปันนา/sìpsɔ̆ngpannaː/ 簡体字:西双版納傣族自治州、ピンイン:xīshuāngbǎnnà dǎizú zìzhìzhōu, シーシュワンバンナー・タイツー・ツーチーチョウ)は中華人民共和国雲南省最南端に位置するタイ族の地区級の民族区域自治単位である。中国語の「西双版納」という表記は12の千の田を意味するタイ語「シップソーンパンナー」(สิบสองปันนา)を音写した表記。日本では「西双版納」の雲南方言を経由したシーサンパンナまたはシーサパンナ等が広くもちいられている。
面積約2万平方キロ、人口84万人、首府はチェンフン(景洪)である。古来より少数民族タイ・ルー族が住居し、象が生息、上座部仏教が盛んなど東南アジア的な光景が広がるため、近年観光地として発展している。
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[編集] 地理
南はラオス、ミャンマーと966キロに及ぶ国境線を接する。上流ではザチュ(雑曲)河、地元では瀾滄江(百万の象を意味するランサーンに由来する)と呼ばれるメコン川が南流し、メコン水運でラオスやタイと繋がる。
[編集] 歴史
詳しくはシップソーンパンナーを参照。
古代の哀牢の地で、南詔は茫乃(ムアン・ナイ)道を設置した。シップソーンパンナー(西双版納)の建国は、1180年、パヤー・スンカムンがムアン・チエンフン(景洪)で王を称したこと始まる。13世紀にモンゴル帝国の侵攻がありこれに帰順した。明朝の勃興と共に1382年には明に服属。16世紀にタウングー王朝が成立すると、東方への攻勢をつよめ、周辺のタイ族による諸国家はその支配下に入った。この課程で上座部仏教やビルマ文字を吸収した。
19世紀、列強諸国が東南アジアに勢力圏を設定した際、シップソーンパンナーは「中国の領土」とされたが、その後も内政は従前のまま、歴代の王が清朝、中華民国より土司の称号を受けて名目上中国に属するという状態が継続した。1956年、中国人民政府のもとで行われた社会改造により、従来の国家組織が解体され、王国は滅亡、タイ族の自治州が設定されることとなる。
[編集] 行政区域
- 別管理の国営農場11箇所
[編集] 民族
タイ族(ルー族)、ハニ族、ラフ族、ブーラン族など少数民族が全人口の74%を占め、漢族は少数である。
[編集] 文化
赤米、なれずし、納豆など漢民族地域にはない日本と共通する食品が今も作られ、米作中心の田園風景なども「日本人の原郷」を感じさせる。このため、日本人観光客にも人気がある。
[編集] 交通
- シーサンパンナ空港
- 景洪港
[編集] 関連項目
[編集] 関連項目
- 民族区域自治
- 中華人民共和国の自治州
- 山地タイ人
- 平地タイ人
- シップソーンパンナー
- ラーンナー
- ランサーン
- ラオス
- タイの歴史
[編集] 外部リンク
- シプソンパンナー・タイ族自治州公式サイト(中国語)
- 景洪市人民政府公式サイト(中国語)
[編集] 脚注
- 雲南省の行政区画
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地級市: 昆明 | 曲靖 | 玉渓 | 昭通 | 思茅 | 臨滄 | 保山 | 麗江 自治州: 文山チワン族ミャオ族自治州 | 紅河ハニ族イ族自治州 | 西双版納タイ族自治州 | 徳宏タイ族景頗族自治州 | 大理白族自治州 | 楚雄彝族自治州 | デチェン蔵族自治州 | 怒江リス族自治州