ソフトベンダーTAKERU
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ソフトベンダーTAKERU(ソフトベンダー・タケル)は、1986年にブラザー工業の安友雄一が中心となって開発した、パソコンソフトの自動販売機。
主にパソコンショップに置かれ、最盛期には約300台存在した。 初期はソフトベンダー武尊と表記され、サービス開始前のテスト機はSV-2000と呼ばれていた。 筐体の色は、2代目が赤色と灰色、3代目が筐体は黄色と灰色。
FM TOWNS・FM77AV・Macintosh・MSX・PC-88・PC-98・Windows(3.1、95)・X68000のソフトを販売(初期には、FM-7・X1にも対応し、カセットテープメディアの販売も)しており、説明書・領収書は内蔵プリンタで印刷されて出てくる。 ソフトによっては、マニュアルを別送する場合もあった。 フロッピーディスクケース(紙製は緑・黄色、プラスチック製は黒色)は5インチ・3.5インチフロッピーディスク共用で、後期には有無を選べるようになったが、その後廃止された。
筐体には、CRTディスプレイ(タッチパネル方式)、5インチ・3.5インチフロッピーディスクドライブ、MSX用RAMカートリッジ差し込み口(初代・2代目のみ)、説明書印刷用プリンタ、フロッピーディスク・フロッピーディスクケース取り出し口が内蔵されている。 内部には、データキャッシュ用のハードディスクドライブ、メニュー画面データ格納用のCD-ROMドライブが内蔵されている。
ISDN回線でソフトをダウンロードし、フロッピーディスク・RAMカートリッジに書き込んで販売することにより、店頭に在庫を置かなくても販売できるという点が画期的だった。 また当時はパッケージ販売が主流で、通信回線を使ったソフトウェアのダウンロード販売システムはめずらしかった。
販売ソフトは既にパッケージ販売された商品の廉価版・復刻版が中心だったが、TAKERUでしか買えないオリジナル作品もあった。後期には同人ソフトの取り扱いを開始し、最盛期を過ぎてソフトウェアの流通が少なくなったMSXユーザには、(ソフトウェア購入の)最後の砦とも呼ばれていた。
ブラザー工業 TAKERU事務局が運営していたが、1994年夏に子会社のエクシング通信システム事業部に移管され、1997年2月にサービス終了。 なおTAKERUで培われた技術は、通信カラオケJOYSOUND、証明書自動発行機の開発に発展した。
ちなみに、TAKERUのソフトウェア配信サーバとJOYSOUNDの楽曲データ配信サーバは当時1つのシステムであり、昼はTAKERUを主体、夜はJOYSOUNDを主体に稼働していたため、システム稼働率を高く保つことが出来たが、TAKERU向けの収支は、販売による収益よりも通信経費の方が高く付き、ビジネスとしては失敗であった。
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