チャイルド・マレスター
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チャイルド・マレスター(child molester)とは子供にみだらなことをする人間のことである。日本語では小児性犯罪者あるいは児童性虐待者などと訳される。ペドフィリアが医学的用語として多く用いられるのに対し、こちらは犯罪分析によく用いられる用語である。
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[編集] 概説
チャイルド・マレスター(child molester)はペドファイル(pedophile)と混同されがちであるがペドファイルは子供に性的夢想を抱く人間であり、それらの概念は異なったものである。両方を混ぜたようなイメージが社会一般にあるようだが、実際には違うので注意が必要である。小児性愛者だからといって必ずしも子供にみだらなことをするわけでもなく、また小児性愛者でなくとも子供にみだらなことはする。
ペドファイルでない人がチャイルド・マレスターとなった場合、被害者の数は数人程度であるのに対し、ペドファイルがチャイルド・マレスターとなった場合被害者の数は数百、数千のレベルとなる。基本的にペドファイルでないチャイルド・マレスターの方が数は多いが、子供が被害にあうのはペドファイルであることが少なくないのはこのためである。
児童に対し性的虐待を行うのは「変なおじさん」かロリコンなおたくであると思われがちだが、そうではない(いないわけではないが)。大抵こういった考えはゴシップ的な考えであって、実際にはそういった固定観念を隠れ蓑に「自分は児童に性的虐待をしているとは思われないであろう」という考えの中で守られている人のほうが多いのである。ジェームズ・キンケイド(1998)[1]やロバート・K・レスラー(1996)[2]など固定観念がゴシップもしくは神話であるという意見は多い。ローマ・カトリック教会の聖職者らによる性的虐待事件やジャニー喜多川の事件[3]など、いくらでも「固定観念」こそ実態を反映していない考え方であることを示す事件は存在している。日本でもこういった話はより議論されるべきなのであるが、斎藤環など一部の人がおたくは小児性愛者とは言い難い(つまりペドファイルではない)事を述べるだけで一般にはあまり浸透していない模様である。高崎小1女児殺害事件、奈良小1女児殺害事件、広島小1女児殺害事件など異常と考えられている者による事件もあるが、こうしたセンセーショナルな事件は、マスコミに取り上げられやすく視聴者の注目も引くので、話題にされるのである。
また、近親姦を行う人はペドファイルでないと思われがちであるがそうとは言い切れない。なぜなら、手軽にセックスを行える相手として初めからそのつもりで作った可能性があるためである。
[編集] FBIの類型論
連邦捜査局には児童性虐待者の類型論がある[4]。状況的児童性虐待者とはペドファイルでないチャイルド・マレスターであり、嗜好的児童性虐待者とはペドファイルであるチャイルド・マレスターをいう。
- 状況的児童性虐待者(性的行為の対象は児童のみに限定されない)
- 退行型…情緒的に未熟で社会的能力に欠け、子供を同等者とみなすタイプ。短期的にセルフ・エスティームが低い状態にあり、自分の子供や身近な人物を標的にする。
- 倫理観欠如型…反社会的で手当たり次第に虐待を行うタイプ。相手の弱さと犯行のタイミングを基準にして被害者を選び、子供を対象にするのは、たまたま条件に合ったからに過ぎない。
- 性的倒錯型…性的嗜好が曖昧で、あらゆるタイプの性行動を試そうとするタイプ。
- 社会不適応型…社会不適応者で、様々な障害などのある場合。子供が弱いことを利用し、性的好奇心を満たそうとするタイプ。被害者を殺害する場合もある。
- 嗜好的児童性虐待者(性的行為の対象は児童のみに限定される)
- 誘惑型…子供を誘惑し、うまく丸め込むタイプ。大抵は秘密を漏らさない子供を見分ける能力を持つ。
- 内向型…社会的スキルの欠如のため子供を誘惑できず、見ず知らずの子供か幼児を選ぶタイプ。子連れの母親と結婚し、その子供を被害者にする場合もある。
- 加虐型…被害者に苦痛を与えなければ性的満足を得られないタイプ。
このうち最も多いのは退行型である。加虐型は最も恐れられるタイプではあるのだが、非常に少ない。
[編集] 動機について
動機に関しては様々な指摘がなされている。フェミニスト的解釈は、性的虐待は性欲ではなく支配欲が動機であり、その原因は家父長制にあるとした。この説は従来の精神分析学的な子どもの性欲の理論と、家族療法的な家族内の関係力学を否定し、被害者に責任がなく、全て加害者側の責任であるという事を明確にした意味で非常に画期的であった。児童に対するものは性衝動の理論が当てはまりにくいこともあり、この説は現時点で非常に有力視されている。だが、これのみが全ての原因とはいいがたい。
19世紀には「反社会的な人間や精神障害者等」という報告がされ一部の異常な状態にある人間のみとされていた。だが、20世紀には「社会から阻害され、ストレスに押しつぶされた人間」「単に性格の弱い人間」「若さを取り戻そうとした孤独な人間」「未熟で未発達な人間」「夫婦関係がうまくいかずその代償とした人間」というように心理的な要因に目が向けられた。さらに21世紀には「性的虐待被害者」に多いという指摘がなされている。
現在の仮説の一つでは、人格形成期の初期における矛盾した愛情関係(すなわちトラウマ体験)が原因というものがある。この理論によると、性犯罪を行い親密さを強要するのは損なわれた自我の根源を取り戻し、人との関係を回復しようとする試みの一端とされる。人と繋がっている感覚により、自意識が攻撃されているために起こる不安を和らげるのである。この時問題とされるのは、自分の自信を損なわないために独断的になり被害者の苦痛を認識しない点である。
また、別の仮説では自分自身の孤独や憂鬱といったネガティブな心の状態を打ち消すために常軌を逸した夢想を行う点に着目している。夢想を提唱したのはジークムント・フロイトであり、満たされない欲求を補正するものとされている。
性的虐待を受けた人間の一部が性的虐待を起こすメカニズムについては虐待者に対する同一視というのが最も一般的である。投影同一化の働きにより「無力な自分」と「加害者の自分」とのスプリッティングを起こし、加害者となることで自身の主体性を取り戻そうとする一方、被害者に自身を重ね合わせ「痛みの共有」という一方的かつ主観的な共感に浸り、慰めを得ようとしているとも言われる。
「スプリッティング」とは防衛機制の一つであるが「抑圧」や「昇華」と違い、自我が脆弱な時期におけるものであることが特徴的である。この状況においては「悪い自己」はネガティブな情動として切り離され、それにより「良い自己」を温存しようとする。また、この二つの自己を外界の対象に投影することを「投影同一化」という。
このように異なる研究や仮説が多くあるため、現在のところ複雑な原因があるというのが一般的である。
[編集] チャイルド・マレスターの傾向
チャイルド・マレスターの傾向に関しては全体としての傾向は認められるが、どういう人間が性的虐待の加害者になるかについての断定は危険とされる。現在は社会的地位、血縁、性別、年齢、性的指向にかかわらず性的虐待は行われている事が明らかとなっている。また、子供に対する性犯罪の8割が顔見知り(家族・親族や家族の信用できる友人など)[5]によるものであるため、水面下に隠れているケースが少なくないようである。
ペドフィリアであるかに対しても多く議論がされているが、完全な小児性愛者は非常に少なくPamera D.Schultz(2005)の調査では自分が出会った人間の中で小児にのみ性的関心を向ける男性はわずか1人だけであったという。
家庭内の性的虐待に関しても一致した見解はないが、少なくとも近親姦の加害者が家族にしか興味がないというのは誤りであるという点では一致している。近親姦の加害者の半数は他人の子供に対しても性的暴行を加えていた[6]という。
男女の比率に関してはノルウェーのオスロでの「暴力とトラウマに関する国立資料館」の調査があり、それによると子供に対する近親姦は男性からが9割、女性は1割とされた(女性からのものの多くは母親)[7]。同様の報告として、アメリカ、イギリス、スウェーデンなどにおける調査では子供への性的虐待の5~20%が女性によるものであると推定されている[8]。
虐待は必ずしも連鎖するものではないが、ベッカーの調査によると性犯罪の加害者の52%は自分自身も性被害者であるとされている。また、同調査では中学生時代に異常行動をきたすケースは性犯罪者の60%とされた。[9]
この関係についてはさらに補足が必要である。Lisak D,Hoppre J,& Song Pの報告(1996)では23%の男性が自分に身体的・性的虐待の加害体験があることを認めている。だが身体的・性的虐待の男性加害者の79%が身体的・性的虐待の被害者であるとされながらも、全体の数から見れば身体的・性的虐待の男性被害者が加害者になる率は19%であった。[10]
David Skuse(2003)は幼少期に性的虐待を受けた男児224人を調査したがそのうち26人しか性虐待を行っていなかった。また、性的虐待の加害率を高めるのは「幼年期の少ない監督」「女性による虐待」「家庭内の暴力」の3つの要素であった[11]。
虐待被害者が虐待加害者になることは「吸血鬼症候群(Vampire Syndrome)」と言われるが、虐待を受ければ加害者となる可能性が高くなるのも事実である。だがそれは単なる傾向であり、多くの虐待被害者は虐待をしていないのである。
成人加害者が記録上は多いのであるが、未成年加害者も多く存在すると見られる。
[編集] 性的加害者のケアについて
児童性的虐待加害者は子供を誘拐し、傷つけ、殺す事さえ辞さないというステレオタイプがあると言われるが、Pamera D.Schultz(2005)によると実際には多くの場合は暴力的な攻撃はないという。Lisakらの無作為抽出調査(1996)でも加害者の3分の2は身体的虐待は加えていないと出ている。むしろ一見すると子供に選択肢を与えるようにしながら、無言の脅迫や甘美な言葉を用いて行為に参加させる場合のほうが多いと見られる。もちろん、子供にマインドコントロールを施すことになるのであるから、長期的に見てこのような場合は被害者は行為に参加した自責の念に苦しめられることが多いと見られる。
日本では刑期が軽いと非難され、アメリカでも児童性虐待は軽蔑の目で見られている。だがその一方で、アメリカでは社会的偏見が激しすぎるために罪をいくら償っても償った可能性を認めない傾向もあるため、一部の矯正官やカウンセラーらは更正可能なのにその道を閉ざしてしまうとして問題視している。
このような問題の出る背景には次のような要因が考えられている。
- 児童性虐待者の実際の数は報告される数をはるかに上回る可能性が高く、もしそれらを検挙するとなると現行のシステムでは国家の処理能力を簡単に超えてしまう可能性が高い。
- アメリカでは情報公開が進んでおり、加害者は周辺住民に警戒されるが、あまりにもそれが激しすぎるために加害者はたとえ化学的去勢を受けていても居場所がなくなっている。[12]
- この問題は文化的・社会的問題が大きいと見られており、ただ単に加害者を殺せばそれで済むというものではない。
- 児童性虐待のタイプにかかわらず性犯罪として認知されるために、残虐な加害者と比較的温厚な加害者が同様に扱われる。
- 性犯罪が突発的なものとみなされているために、その人の過去が存在しないようなものとみなされており、その人間の人格が単純に否定されてしまう。
- 多くの加害者は児童性虐待さえしなければ普通の人間である。
- 加害者を生涯監視するとなると高額の費用がかかり、現実的ではない。
- 児童性虐待者は刑務所内でも著しい偏見をもって見られており、暴行などの犠牲になってしまっている。
だが、大衆ヒステリーのような状況は今日のアメリカでも認められており、これらの問題が解決できるのはまだまだ先のことであると見られている。(そもそもこういった問題がうまく議論できるのは被害者の声が反映されてこそである)
加害者にも治療プログラムは施されているが、現在のプログラムではほとんど効果はないとされる。性犯罪者の調査では2004年3月のカナダの研究結果では1980年代の性犯罪者のうち治療プログラムを行った人の再犯率は約21.1%で、参加していない場合は21.8%であった。だが、再犯率自体は突出して高いわけではなく1994年にアメリカの15の州の調査によると、3年以内における性犯罪以外の再犯率は69%なのに対し、性犯罪者は43%であった(しかし、同一罪ならば約4倍)。うち児童性虐待者が再び児童性虐待で逮捕された例は3年以内で約3.3%である。
なお、性的虐待を「少年期にのみ」起こした場合は成長後かなり罪悪感に苦しめられているか、全く忘れている場合が多いと言われている。
[編集] 司法の形式における議論
これに関しては司法の形式に関係した議論もある。この犯罪に対しては従来のごとく「応報的司法」によって対処しようとし、犯罪を国家に対する違反行為とみなし懲罰に重点が置かれる傾向が強い。だが、これでは「被害者は被害者でしかなく、加害者は加害者でしかない」という概念を助長することにもなりかねず、被害者・加害者双方にとって重要なものが一切無視されることにもなりかねず、問題の抑圧作用はそのまま残る。
これに対して「修復的司法」の立場が提唱された。この考え方では、犯罪は人間関係における違反とみなされ、コミュニティの間との関係修復と和解に重点が置かれる。この立場ならば、被害者・加害者双方の心理学的・情緒的影響が考えられ、文化内部における力の働きと支配を児童性虐待はどのように反映しているかを映し出すことになり、問題はより一般的になり真の理解度が上がる可能性があるという指摘が一部の矯正官やカウンセラーを中心に出た。ただし、これに関しても問題を相対化しすぎると加害者の責任が問われなくなるという意見も存在する。
[編集] 出典
- ^ 『Not Monsters: Analyzing the Stories of Child Molesters』(Pamela D. Schultz,2005) ISBN 0742530574 =『9人の児童性虐待者NOT MONSTERS』(パメラ・D・シュルツ、訳2006)に引用あり ISBN 4-89500-092-3
- ^ 『FBI心理分析官異常殺人者ファイル(上)』(ロバート・K. レスラー、1996) ISBN 4-562-02881-5
- ^ ジャニー喜多川が、自らが経営するジャニーズ事務所の所属タレントに対しセクハラや児童虐待行為を行ったことなどが週刊文春に報道された。喜多川側は名誉毀損で文春を訴えたが、セクハラの報道については名誉毀損にならないとされた。
- ^ 『FBI心理分析官異常殺人者ファイル』(ロバート・K. レスラー)
- ^ Some Myths About Sexual Abuse
- ^ 『汝わが子を犯すなかれ』ISBN 4335650752
- ^ Record number sexually abused by women
- ^ 「性的搾取者」 とは誰かPDFファイル
- ^ 『汝わが子を犯すなかれ』ISBN 4335650752
- ^ 『Betrayed as Boys: Psychodynamic Treatment of Sexually Abused Men』(Richard B. Gartner,1999) ISBN 1572306440=『少年への性的虐待 男性被害者の心的外傷と精神分析治療』(リチャード・B・ガードナー、訳2005)ISBN 4-86182-013-8
- ^ Few abuse victims become paedophiles
- ^ 性犯罪者の情報開示、かえって逆効果?
[編集] 参考文献
- 『Not Monsters: Analyzing the Stories of Child Molesters』(Pamela D. Schultz,2005) ISBN 0742530574 =『9人の児童性虐待者NOT MONSTERS』(パメラ・D・シュルツ、訳2006)ISBN 4-89500-092-3
- 『FBI心理分析官異常殺人者ファイル(上)』(ロバート・K. レスラー、1996) ISBN 4-562-02881-5