フェミニスト
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フェミニスト(feminist)とは、社会における伝統的な女性概念による束縛からの解放を唱え、女権獲得・女権拡張・男女同権を目指すフェミニズムを主張する人の事。日本語では、女性解放論者、女権拡張論者、女権論者。婦人解放論者と称されることもある。
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フェミニストの歴史
女性の参政権などを求めるフェミニズムが19世紀にフランスで誕生し、以後、ヨーロッパを中心に運動が行われた。
この時代、産業革命による労働時間の増加に伴い、「男は外で働き、女は家で家事と育児に従事する」という傾向が強くなっていたが、資本主義社会を変革しようとする共産主義運動が世界各地で広まると、その影響で女性の労働運動も行われるようになった。
第二次世界大戦終了後、1960年代後半になると再び女性の労働運動が盛り上がり、資本主義国であるアメリカなどでも、女性が家事や育児に専念させられるのは女性差別だという意見が主張されることが多くなった。これにより大規模なウーマンリブ運動が巻き起こり、フェミニストの政治家や人文学者が多く誕生した。
日本でも、まず20世紀前半に、平塚らいてうなどが「婦人解放」運動を行った。当時の婦人解放運動の宣言として、平塚らが発行した文芸雑誌『青鞜』に掲載された「元始、女性は実に太陽であった」で始まる一文は有名である。1960年代後半、学生運動の中から従来の女性運動と異なるウーマンリブの動きが生まれ、男性中心の全共闘運動に異議をとなえた。1970年代に欧米のフェミニズムの運動が日本にも波及し、日本でもフェミニストの政治家などが活動を行うようになった。
「フェミニスト」の慣用的用法
本来、フェミニストは女に甘い男性、女性を特に尊重する男性、女性を大切にする男性、女性をちやほやする男性といったものを意味する言葉としても用いられてきた。従って19世紀の欧米の女権拡張主義者は自分たちを形容する場合、この用語は使用していない。しかしながら1950年以降のカウンター・カルチャーの流れにおいて米国のフェミニストたちが皮肉を込めてこの用語を自分たちへの形容として用いることがあり、これが一般化して女権拡張主義者=フェミニストというカテゴリーが認知されるようになっていった。
フェミニストへの批判
- 一部のフェミニストの主張である「産む、産まないは女性の権利だ」との主張は、「青い芝の会」などの障害者団体から激しい批判を受けた経緯がある。この批判に対し、堕胎の自己決定権は女性の権利の拡張を意図したものであり、優生学的思想に基づくものではないという主張により反証しようとしたが、この主張が障害者団体に受け入れられることはなく、その対立は解消されないまま続いている。(『生命学に何ができるか―脳死・フェミニズム・優生思想』勁草書房)
- フェミニストの中には、マスコミなどを通して、世間一般で過激と見なされる発言をする者もおり(日本では遙洋子、田嶋陽子、福島瑞穂、三井マリ子などが知られる)、その言動が一般から批判的に見られる場合がある。現に、2006年5月28日の番組(たかじんのそこまで言って委員会)で司会者が観客に対してゲストの田嶋陽子と遙洋子の発言に賛同するなら拍手するよう求めたところ、誰一人として拍手をしなかった[要出典]。また、上野千鶴子がその著書『ジェンダー・フリーは止まらない』(松香堂)にて、「女は嫁に行くのが一番だ、と私は信じています」といった個人的信条を犯罪として取り締まるべきだと主張したため、ファシズムではないかとの批判がある[要出典]。
文学の中のフェミニストに対する偏見
- 村上春樹『海辺のカフカ』の中の二人組みのフェミニスト
- 主人公の少年が身を寄せている図書館にフェミニストの団体の女性二人がチェックに訪れ、どうでもいいことを細々とあら捜ししたあげく、トランスジェンダーの青年に撃退される。
関連項目
- フェミニズム
- ジェンダー
- ジェンダーフリー
- 世界女性会議
- エンパワーメント
- ウーマンリブ運動
- 男社会
- 男性差別
- 性の政治学
- 女性参政権
- 新婦人協会
- 田嶋陽子
- 市川房枝
- 坂本真琴
- 山田わか
- 奥むめお
- 中島湘煙
- 福島瑞穂
- エレン・ケイ
- 上野千鶴子
- 遥洋子
- フェミナチ
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