パヴァーヌ
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パヴァーヌ(仏語:Pavane、英語ではパヴァン)は、16世紀のヨーロッパに普及した行列舞踏である。パヴァーヌのかしこまった行進は、厳粛なスペインに影響された16世紀イタリアの宮廷作法に似つかわしく、パヴァーヌはスペイン起源の舞曲なのかもしれないと想像させるが、パヴァーヌの名称の由来はいまだに諸説に分かれている。そのうち一つは、「パドヴァの踊り」(padovana)の転訛とするもの、もう一つは、一列に並んだ女性を、孔雀(ラテン語でpavo、スペイン語でpavon)の尻尾に見立てたとするものである。
パヴァーヌは、イングランドやフランス、イタリアの舞踏指南書に登場し、より活き活きとした舞曲ガイヤルドとしばしば対にされている。またパヴァーヌという語は、ダンスを伴奏する特定の音楽を描写するのに使われた。1630年代半ばにダンスそのものは時代遅れになり、ルイ14世の宮廷でパヴァーヌはアルマンドに追い落とされたが、曲としてのパヴァーヌは数百年にわたって生き続けてきた。
ダンスとしてのパヴァーヌは、しばしば一組のカップルの行進の意味で使われている。アルボーのフランス語のダンス指南書『オルケゾグラフィ"Orchésographie" 』によると、パヴァーヌは王侯貴族のための踊りで、たいてい即席の舞踊であり、踊り手は自由自在にステップを飾り立てることができた。イングランドの資料によると、パヴァーヌは、いくつかの小節ごとに組み分けされた単純な舞曲で、振付けられている。イタリアの文献によると、パヴァーヌはしばしばかなり手の込んだダンスで、ガリアルダなどの部分が続いた。
パヴァーヌに使われたステップは、現代においては、時おり結婚式場での「ためらいの足取りhesitation step 」に見ることができる。エリザベス1世は、ガイヤルドと並んでパヴァーヌに偏愛を示した。このため同女王が主役の、キース・ロバーツの1968年のSF小説は『パヴァーヌ』と題されている。
古い時代の主要なパヴァーヌの作曲家は次のとおり。
- ピエール・アテニャン(1494年ごろ - 1552年)
- アンソニー・ホルボーン( - 1602年)
- ウィリアム・バード(1543年 - 1623年)
- トマス・モーリー(1557年ごろ - 1602年)
- ヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンク(1562年 - 1621年)
- ジョン・ダウランド(1563年ごろ - 1626年)《涙のパヴァーヌ》
- オーランド・ギボンズ(1583年 - 1625年)
- ヨハン・ヘルマン・シャイン(1586年 - 1630年)
- ザムエル・シャイト(1587年 - 1654年)
- ヤコブ・ファン・エイク(1590年 - 1657年)ダウランド作品に基づくリコーダー曲
近現代で曲名にパヴァーヌを用いた主要な作品としては、以下の例がある。
- ガブリエル・フォーレ:パヴァーヌ(1887年)
- モーリス・ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ(1899年)、『マ・メール・ロワ』~「眠りの森の美女のパヴァーヌ」(1910年)
- ジャン・フランセ:生ける天才のためのパヴァーヌ(1987年)
- スティーヴ・マートランド:アンダーソン氏のパヴァーヌ Mr Anderson's Pavane
- エウミール・デオダート Pavane (ボサノバのスタンダード・ナンバーのひとつ)