万世一系
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万世一系(ばんせいいっけい)は天皇に関する政治・歴史イデオロギーの一種。日本は神の子孫たる天皇家によって、他国のように革命や王朝の断絶を経験することなく統治されてきたとする史観に基づき、皇統の一系や天皇制の永続などを主張するもの。現在ではその史実性や尊重すべきイデオロギーか否かでさまざまな意見がある。
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概説
万世一系の概念を簡単に示すと、日本国の君主たる天皇の地位が過去一度の例外もなく、
- 血統による世襲
- 男系のみによる相続
- 一系であって皇統が分裂・対立することがない
の三条件を満たしながら継承されてきたことを指している。
上記の内容が天皇による統治の根拠として扱われていたのは、天照大神が孫の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に「この豊葦原水穂国は、汝の知らさむ国なり」(古事記)、「葦原千五百秋瑞穂の国は、是、吾が子孫の王たるべき地なり。爾皇孫、就でまして治らせ。行矣。宝祚の隆えまさむこと、当に天壌と窮り無けむ」(日本書紀)と「神勅」を与えて、葦原中国に遣わし、瓊瓊杵尊の曾孫である磐余彦が初代神武天皇として即位したことによる。すなわち、天照大神によって瓊瓊杵尊とその子孫に下された天壌無窮に葦原中国を治めよという命令こそが、天皇が日本国を永遠に統治する歴史的(神話)・法制的根拠であるされたために(大日本帝国憲法第1条はこれが明文化されたもの)、皇統の万世一系は天皇制において絶対不可欠の基盤を成す要素であった。
万世一系の概念は、殊に戦前の社会において共和制や共産主義革命を否定する根拠として用いられた。また、日本は君民一体の国柄で他国のように臣下や他民族が皇位を簒奪することがなく、臣民は常に天皇を尊崇してきたとする歴史観とともに、日本が神の子孫を戴く神州であり、延いては世界でも優れた道義国家であるとする発想を生み、戦前には国粋主義と結びついて皇国史観と呼ばれる歴史観を形成していた。 特に明治維新以降戦中までの期間には国家公認のイデオロギー・史観として重んじられ、大日本帝国憲法の第1条にも記載されていた。
疑義・論争
万世一系なるイデオロギーについては戦前からいくつかの疑問点が呈され、大きな論争に発展したことも少なくない。
実際に、第26代継体天皇で血筋が一度途絶えている問題や、壬申の乱、「南北朝時代」のような事実が歴史学界では事実とされており、一系とは言えないとの説が強い。
1911年(明治44年)には、学校の歴史教科書に「南北朝時代]」の用語が用いられていることをめぐって帝国議会で南北朝正閏論が問題化し、以降の教科書では、「吉野朝時代」の用語が用いられるようになった(国定教科書問題・南北朝正閏論争)。これは「万世一系」なる概念のうち、皇統の一系性(不分離)が問題になった事例であり、江戸期以来一般的であった南北朝並立の史観が、明治国家の「万世一系」のイデオロギーの前では不適当と評価された例であるといえよう。また、壬申の乱のような天皇家同士の争いは教科書に記述がなかった。
このように南北朝問題は万世一系・皇国史観の史実性を考察するうえで最大の問題点であるが、そのほかにも『古事記』『日本書紀』を中心とする古代史研究の発展や考古学の成果により初期の天皇の実在性に疑問が唱えられたり(欠史八代)、第26代の継体天皇の即位を王朝交代と見る説が提出される(継体天皇は、第25代までの天皇とは血のつながりがないとの説が現在では有力)など、戦前戦後の期間を通じて歴史学の上から万世一系がそのまま歴史事実であるか否かについては疑問が投げかけられてきた経緯がある(別項天皇の一覧・皇統譜等参照)。しかしながら、特に戦前期においては不敬罪の存在などから皇室の権威にかかわる問題について自由に論争しがたい風潮がつよく、万世一系に対する否定的見解を徹底して主張した歴史学者や知識人は決して多くはなかった。
さらに付言すれば、万世一系のイデオロギーが天皇制の根拠とされていたために、所謂国体に関する諸問題にも「万世一系」の観念は深い影響を与えている。天皇機関説論争の際には神勅が天皇による直接統治の根拠としてとらえられ、『国体の本義』においても神勅及び万世一系説が冒頭に強調されている。昭和維新を標榜した一連の変革運動においても、君民一体の思想から天皇による直接支配こそ社会の閉塞をうちやぶるものであり、「君側の奸」がそれを妨げているという見方がとられたことを思えば、万世一系をめぐる論争や思想的応酬は天皇制および天皇制イデオロギーの問題と結びついて大きな広がりを持つことになる。
現代では、万世一系の伝統を重視する立場の人々の中にあっても、これが神代から連綿と続く歴史事実である、すなわち天照大神などの神々が実在し天皇の祖先になったと信じる人はほぼ皆無である。他にも、初代神武天皇や欠史八代(第2代綏靖天皇から第9代開化天皇までの8人)の実在、第26代継体天皇などの血統継承を疑う人もいる。そのため、皇室の古くからの伝統としての「万世一系」概念を尊重することと、「万世一系」をそのまますべて歴史事実として信じることは必ずしも同義ではないと言える。実際に天皇家の血統継承を疑う人も、天皇の血統、及び皇位継承の歴史の特徴を表わし、延いては日本という国家の特性を示すものと主張することがある。
また、近年愛子内親王の誕生や皇族男子の不足を背景として皇室典範が早期に改正され、今世紀のうちに女性天皇が誕生する可能性が高まりつつある。これに伴って皇統の女系継承を容認しようとする動きがあるが、万世一系なる伝統の断絶につながるとして反対する意見も見られる(詳しくは別項皇位継承問題を参照)。
万世一系がうたわれた実例
- 大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス(大日本帝国憲法第一条)
- 朕祖宗ノ遺烈ヲ承ケ萬世一系ノ帝位ヲ踐ミ朕カ親愛スル所ノ臣民ハ即チ朕カ祖宗ノ恵撫慈養シタマヒシ所ノ臣民ナルヲ念ヒ……(大日本帝国憲法発布の詔勅)
- 大日本國皇位ハ祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ繼承ス(旧皇室典範第一条)
- 天佑ヲ保有シ万世一系ノ皇祚ヲ践メル大日本帝国天皇ハ昭ニ忠誠勇武ナル汝有衆ニ示ス(米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書。このように詔勅や外交文書の冒頭では「天皇」に対する修飾語として用いられることもあった)
- 大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。これ、我が万古不易の国体である。而してこの大義に基づき、一大家族国家として億兆一心聖旨を奉体して、克く忠孝の美徳を発揮する。これ、我が国体の精華とするところである。この国体は、我が国永遠不変の大本であり、国史を貫いて炳として輝いてゐる。而してそれは、国家の発展と共に弥々鞏く、天壌と共に窮るところがない。我等は先づ我が肇国の事事の中に、この大本が如何に生き輝いてゐるかを知らねばならぬ。(国体の本義)