兼明親王
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兼明親王(かねあきらしんのう、延喜14年(914年) - 永延元年(987年))は平安時代の皇族。
醍醐天皇の第十六皇子で母は藤原菅根の娘淑姫。朱雀天皇、村上天皇、源高明の異母兄弟。一時期臣籍降下して、源 兼明(みなもと の かねあきら)と名乗る。博学多才で前中書王と呼ばれ甥の後中書王・具平親王と共にに並び称される。官位は一品中務卿。御子左大臣とも。藤原佐理、藤原行成と共に三蹟の一人として数える場合もある。
目次 |
[編集] 系図
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(60)醍醐天皇 |
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(61)朱雀天皇 |
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広平親王 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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(62)村上天皇 |
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(63)冷泉天皇 |
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(65)花山天皇 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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兼明親王 |
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致平親王 |
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(67)三条天皇 |
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敦明親王(小一条院) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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(源)高明 |
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為平親王 |
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禎子内親王 (後三条母、陽明門院) |
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(64)円融天皇 |
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(66)一条天皇 |
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(68)後一条天皇 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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昭平親王 |
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(69)後朱雀天皇 |
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(70)後冷泉天皇 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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具平親王 |
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(源)師房 〔村上源氏へ〕 |
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(71)後三条天皇 |
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[編集] 人物
承平2年(932年)、源姓を賜り臣籍降下し、初叙従四位上。その後播磨権守・右近衛中将・左近衛中将等を経て、天慶7年(944年)、参議。その後も順調に累進し権中納言、中納言、従二位大納言を歴任する。天禄2年(971年)には左大臣となる。貞元2年(977年)、源昭平を名乗っていた昭平親王とともに勅により親王に復し、57年ぶりに皇籍に復帰。二品中務卿に任じられる。寛和2年(986年)、中務卿を辞し、その後は嵯峨に隠棲する。
『江談抄』『本朝文粋』に詩文を残す。勅撰和歌集入集は後拾遺和歌集の1首のみ。『古今和歌六帖』の撰者に有力視されている。
寛和2年(986年)兼明親王が嵯峨野の亀山に山荘(雄倉殿)造営の際清泉が無いのを嘆き、亀山の神に祈って霊泉を得られたことが『本朝文粋』に記されている。後に亀山には後嵯峨上皇が仙洞亀山殿を造営した。
親王の別称に御子左大臣・御子左があるが、これは『醍醐天皇の皇子(御子)である左大臣』という意味。後世、親王の邸宅に藤原長家が住したため家号となり御子左家となった。長家を御子左大納言という。
兼明親王が皇族に復帰させられたのは、藤原兼通・兼家兄弟の争いに関係している。兼通は、弟兼家に一時期廟堂の席次を先んじられたことを深く恨みに思い、自らが関白内大臣になった際、兼家を大納言に据えおき、従兄弟にあたる藤原頼忠を相談相手とした。そして頼忠を左大臣に引き上げるため、当時その座にあった兼明親王がとばっちりを受けたのである。
[編集] 親王の歌
- 七重八重花は咲けども山吹の実の一つだに無きぞ悲しき (後拾遺1154)
- 太田道灌のエピソードとしても知られる
- この歌を題材に取った古典落語の演目に「道灌」というものがある
[編集] 血縁
- 父:醍醐天皇
- 母:更衣 藤原淑姫(父:参議 藤原菅根)
- 王子:正三位中納言 源伊陟(938年 - 995年)
- 王子:源伊行
- 同母兄弟(母:更衣 藤原淑姫)
- 長明親王(913年 - 953年)
- 正四位下参議 源自明(918年 - 958年)
- 斎宮 英子内親王(921年 - 946年)
カテゴリ: 平安・鎌倉時代の皇族 | 平安時代の歌人 | 914年生 | 987年没