北大阪ネオポリス
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北大阪ネオポリス(希望ヶ丘)は大阪府豊能町に位置する郊外型ニュータウンである。
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[編集] 地域概要
北大阪急行電鉄千里中央駅、阪急電鉄宝塚本線池田駅からの直通便、西日本旅客鉄道東海道本線(JR京都線)茨木駅から阪急バスまたは乗り換えて約1時間(約20km)。 大阪北摂地域には、ほかにも茨木サニータウンや彩都などの郊外ニュータウンがあるが、その中でもこの北大阪ネオポリスは最寄駅から遠く、また運賃も高いのが特徴である。
[編集] 昭和末期のネオポリス
昭和末期のバブル期に、大和団地(現大和ハウス)が「北大阪ネオポリス」こと希望ヶ丘を造成(これが造成される少し前に別会社が茨木市銭原や亀岡市東別院に鎌倉台、茨木台などの郊外住宅地を造成した)。 「将来、箕面有料道路や第二名神高速道路、大阪モノレール彩都線が完成するので、利便性は良くなる」「彩都や水と緑の健康都市(箕面森町)ができれば、家を売り払って彩都に引越しが出来る」などという触れ込みの元に購入した者が多数いたが(詳しくは国際文化公園都市の項を参照)、前者は予定よりも大幅に完成が遅れ、後者は家を売っても購入当時の土地代の半分以下もないことから、当時購入した団塊世代にとっては、街離れしたいができない状況にある。
開発当時にいたっては、地元住民からの猛反発もあった。また、当初の計画では木代地区福田バス停付近に鉄道を通すという話もあったのだが、これも地元住民の反発に合い、その計画は消えた。
[編集] 現在、ネオポリスの抱える問題 ~バブルの負の遺産として~
- 医療機関が無い。販売当初は中心部に医療施設の建設が予定されていた。現在でも予定地域は更地のままである。なお、1.2km先に豊能町国保診療所が、20km~25km圏内には池田市立病院等があるが、やはり医療についての不安感は拭えない
- 2005年11月には和歌山大学院の研究員が希望ヶ丘住民を対象に「街の将来性」についてのアンケートを取り、それがNHK大阪のローカル番組「かんさいニュース1番」でも『団塊の世代「希望が丘に抱く幸せのかたち」』として特集・放送された。大阪府下に作られた郊外住宅地の中でも、「絶望ヶ丘」と地元一部住民が揶揄するほどのこの地域が、現在の街づくりに与えた影響も大きい。
- また町外の学校へ通学する学生らは、町外で単身暮らしをするか もしくは1時間ないし2時間以上かけて通学するのが一般的である。そのため塾に行けない場合も多い。学生らの中には「何故親がこんな辺鄙な場所に住宅を買ったのか」などと言う不満も少なくなく、都心回帰が流行している2006年時点で「自分たちはバブル期の被害者だ」「希望ヶ丘はバブルの負の遺産」と感じている彼らがこの希望ヶ丘に残る可能性は非常に低い。事実、周辺(亀岡別院や能勢ニュータウンなど)の郊外住宅地は、マンションが安価になっている都市部に住みたい=家を売りたいと思っても、実際に家が安すぎても一文にもならない、という事態が発生している。
- 更に家が安価で手に入ることから、低所得者でも気軽に一戸建て購入ができてしまい住むようになったため、治安の悪化が懸念されている。
- 周辺には資材置場や産廃物処理場・焼却場が点在、周辺道路は俗に言うダンプ街道となっているため、必ずしも自然環境が良いとは言えないが、環境が良いという理由で移って来た人間も多い。
- 路線バス
- 1997年には北大阪ネオポリス住民が阪急バスに新鋭車両導入を要望し9年間だけ運行するという契約のもと実現したが、契約が切れた2006年早々に同車両は他所の車庫に移った。
- ラッシュ時には満員になることも多々あり、町内の他路線よりも乗客定員数の多いバス車両で運行している。そのため乗客の少ない池田線や茨木線にグレートの高い車両を導入するようになっている。
- 箕面有料道路
- バス乗客増により2003年頃から増便が検討されている。2007年春の箕面有料道路開通を機に何か動きがあるものと思われる。
- 2007年に、予定より大幅に遅れて箕面トンネル(箕面有料道路)や大阪モノレール彩都線が一部完成し、交通の便が向上すると予想されるが、交通費の高さには変わりない。ただし「多少交通費が高くても利用する」と意見する住民は多い。
- 箕面有料道路の開通によって、自動車での都心部への移動が30分以上短縮されると考えられ、多少家が売りやすくなると予想される。「家を売りたい現住民」と「安価で一戸建てを買いたい人間」とで入れ替わる可能性もある。塗り変えられるのは地図だけではない。
[編集] 他のネオポリス
[編集] ダイオキシン問題
豊能町の項を参照
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