国事行為臨時代行
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国事行為臨時代行(こくじこういりんじだいこう)とは、天皇に精神若しくは身体の疾患又は事故(海外訪問による日本国内不在を含む)があって日本国憲法に定める国事行為を遂行できなくなる場合において、その遂行不能期間の見通し等から摂政を置くほど重篤・長期ではない場合に、内閣の助言と承認に基づいた天皇からの委任(国事行為臨時代行への勅書の伝達)を受け一時的に国事行為を代行する皇族を指す、あるいは当該皇族が用いる職名である。皇室典範第23条第2項の規定に準じて敬称を付する場合は国事行為臨時代行殿下(又は陛下)と表記される(後述)。
日本国憲法第4条第2項に根拠が、国事行為の臨時代行に関する法律(昭和39年法律第83号。1964年5月20日公布・即日施行)に詳細がそれぞれ定められている。
- 憲法第4条第2項には「法律で定めるところにより国事行為を委任できる」旨の文言があったものの、この代行法制定まではその「委任実施のための法律」がなかったため事実上死文化しており、摂政以外の短期的代行を発令することはできなかった。この代行法の不存在がどの程度影響したかは明確でないが、昭和天皇は日本国憲法施行から代行法制定までの間、(短期的代行を要することとなる)海外訪問を全くしていない。
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[編集] 委任
天皇が未成年又は重篤な疾患等である場合に置かれる摂政が、天皇の人事不省等を想定して(天皇の意思にかかわらず)皇室会議の議により決定されるのに対し、国事行為臨時代行の制度は天皇にその発令意思(最低限度の意識)があることが前提となっているため、条文上の委任元(発令者)も天皇自身となっており、委任に際して内閣の助言と承認は当然必要となるものの皇室会議の議を経ることは手続要件とされておらず、摂政のように皇室会議等で(天皇に無断で一方的に)決定・発令することはできない。
委任の対象者は一部の皇族に限られ、その具体的な範囲及び委任順序(順位)は、国事行為の臨時代行に関する法律により、摂政設置の場合(皇室典範第17条)と同じと規定されている。
[編集] 代行する行為の対象
国事行為臨時代行は摂政とは異なり国事行為のみの代行であり、内閣の助言と承認により、指定された国事行為のみを代行する(ただし、指定の仕方によっては包括的に代行することも可能)。
[編集] 委任の解除と終了
委任を受けた皇族が臨時代行をしている状態が解消される形態としては、「委任の解除」と「委任の終了」がある。「委任の解除」は委任発令者である天皇による能動的な委任解消を指し、具体的には天皇の遂行不能状態の解消(快復)・代行者の疾病等による委任先変更等が該当する。「委任の終了」は天皇の意図によらない(外的要因による)委任状態の自然終了を指し、具体的には皇位継承・摂政設置・代行者(皇族)の皇籍離脱が該当する。
[編集] 内閣による公示
委任及び委任の解除が生じた場合、内閣はその旨を官報に公示する(法令形式としては内閣告示)。委任の終了の場合はその要因(皇位継承・摂政設置・代行者皇籍離脱)のいずれもが元々官報に告示されるものであるため、委任の終了自体は公示を要しない。
[編集] 署名と表記
天皇が法律・政令・条約の公布文に署名(縦書き。以下同じ)する場合は、原本には所定の位置に天皇の名(御名)が毛筆で(今上天皇の例では「明仁」と)書かれるが、それが官報に公布(掲載)される際には(「貴人の諱を禁忌とする」東洋の慣例からか)そのまま「明仁」とは活字印刷されず「御名」という2文字に置き換えられる。一方、摂政及び国事行為臨時代行が署名する場合は、まず原本の所定の位置に天皇の御名を代筆し、その左横のしかも字頭を1文字程度下げた位置に当該摂政等の名(皇太子徳仁親王の例では「徳仁」)を添え書きするが、官報掲載では「御名」の置換表記の左行の字頭1字下げた位置に「摂政名」又は「国事行為臨時代行名」という置換表記がなされることとなっている(原本には「摂政」も「国事行為臨時代行」も明記されないことに注意)。
- 署名については摂政及び国事行為臨時代行の名も墨書されるが、璽(印章)については両者独自のものはなく天皇御璽を押すのみとなる。
国事行為臨時代行の制度を定めた法令の条文では「国事行為の臨時代行」、「国事に関する行為の委任による臨時代行」のように助詞等を含んだ状態でしか登場せず、その他の各種法令の原本にも代行者(皇族)の実名は書かれても漢語的な「国事行為臨時代行」の文字は登場しないことを考えると、当該助詞なし表記を正式な職名と扱うことの妥当性については厳密には法的根拠がないとも言い得るが、一方で官報掲載時の置換表記の公的な性格からすれば、国会及び内閣ではこの助詞なし漢語的表記を正式な職名とみなしているものと考えられる。
なお、政府(宮内庁)は、1988年12月16日官報掲載の「昭和六十四年新年祝賀の儀を行われる件」(昭和63年宮内庁告示第7号)において「天皇陛下に代わり、国事行為臨時代行殿下は、宮中において次のように祝賀をお受けになる。」との表現を用いている。これは、「実際に天皇の代理行為を担う」摂政・国事行為臨時代行の呼称を「担っていない」皇太子等の呼称よりも優先させる慣例(例:皇太子が摂政となった場合、公式には摂政(宮)殿下又は摂政皇太子殿下とは呼ぶが単なる皇太子殿下は身位としては用いるが職位としては用いない)に沿ったものである。
[編集] 国事に関する行為の委任の一覧
- 「委任を受けた皇族」欄には、内閣告示に用いられた当時の身位を記載する。
- 委任又は解除の理由は、内閣告示では「外国御旅行」、「御病気御療養」のように丁寧語を用いているが、本表では普通体で記載する。
- 「解除(終了)年月日」欄に記載の年月日に「(終了)」と付記のあるものは「委任の終了」を、付記のないものは「委任の解除」を表す。
- 1987年10月10日の委任については、後に一部解除があったためこの表記載の便宜上「委任された事項」欄では内容を二つに分けたが、実際の委任時は全般を一括委任している。
委任年月日 | 委任を受けた皇族 | 委任の理由 | 委任の期間 | 委任された事項 | 解除(終了)年月日 | 解除(終了)の理由 |
---|---|---|---|---|---|---|
昭和天皇による委任 | ||||||
1971年9月25日 | 皇太子明仁親王 | 外国旅行 | 外国旅行の間 | 全般 | 1971年10月14日 | 帰国 |
1975年9月29日 | 皇太子明仁親王 | 外国旅行 | 外国旅行の間 | 全般 | 1975年10月14日 | 帰国 |
1987年9月22日 | 皇太子明仁親王 | 病気療養 | 当分の間 | 全般 | 1987年10月3日 | 皇太子明仁親王外国旅行 |
1987年10月3日 | 徳仁親王 | 病気療養中皇太子明仁親王外国旅行 | 当分の間 | 全般 | 1987年10月10日 | 皇太子明仁親王帰国 |
1987年10月10日 | 皇太子明仁親王 | 病気療養中皇太子明仁親王帰国 | 当分の間 | 全般(憲法第7条第5号から第9号までに規定する行為を除く) | 1987年12月15日 | 病気快復の状況にかんがみ |
憲法第7条第5号から第9号までに規定する行為 | 1989年1月7日(終了) | 皇位継承 | ||||
1988年9月22日 | 皇太子明仁親王 | 病気療養の状況にかんがみ | 当分の間 | 全般(憲法第7条第5号から第9号までに規定する行為を除く) | ||
今上天皇による委任 | ||||||
1991年9月25日 | 皇太子徳仁親王 | 外国旅行 | 外国旅行の間 | 全般 | 1991年10月6日 | 帰国 |
1992年10月22日 | 皇太子徳仁親王 | 外国旅行 | 外国旅行の間 | 全般 | 1992年10月28日 | 帰国 |
1993年8月5日 | 皇太子徳仁親王 | 外国旅行 | 外国旅行の間 | 全般 | 1993年8月9日 | 帰国 |
1993年9月2日 | 皇太子徳仁親王 | 外国旅行 | 外国旅行の間 | 全般 | 1993年9月19日 | 帰国 |
1994年6月9日 | 皇太子徳仁親王 | 外国旅行 | 外国旅行の間 | 全般 | 1994年6月26日 | 帰国 |
1994年9月30日 | 皇太子徳仁親王 | 外国旅行 | 外国旅行の間 | 全般 | 1994年10月14日 | 帰国 |
1997年5月29日 | 皇太子徳仁親王 | 外国旅行 | 外国旅行の間 | 全般 | 1997年6月13日 | 帰国 |
1998年5月22日 | 皇太子徳仁親王 | 外国旅行 | 外国旅行の間 | 全般 | 1998年6月5日 | 帰国 |
2000年5月19日 | 皇太子徳仁親王 | 外国旅行 | 外国旅行の間 | 全般 | 2000年6月1日 | 帰国 |
2002年7月5日 | 皇太子徳仁親王 | 外国旅行 | 外国旅行の間 | 全般 | 2002年7月20日 | 帰国 |
2003年1月16日 | 皇太子徳仁親王 | 病気療養 | 当分の間 | 全般 | 2003年2月18日 | 病気快復の状況にかんがみ |
2005年5月6日 | 皇太子徳仁親王 | 外国旅行 | 外国旅行の間 | 全般 | 2005年5月14日 | 帰国 |
2005年6月24日 | 皇太子徳仁親王 | 外国旅行 | 外国旅行の間 | 全般 | 2005年6月28日 | 帰国 |
2006年6月7日 | 皇太子徳仁親王 | 外国旅行 | 外国旅行の間 | 全般 | 2006年6月15日 | 帰国 |