大日本明治製糖
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種類 | 株式会社 |
市場情報 | 非上場 |
本社所在地 | 〒103-0027 東京都中央区日本橋1丁目5番3号 |
電話番号 | 03-3271-0101 |
設立 | 1984年(創業1895年) |
業種 | 食料品 |
事業内容 | 砂糖・調味料・穀物類の製造加工販売 |
代表者 | 代表取締役 有川武俊 |
資本金 | 20億円 |
主要株主 | 三菱商事 100% |
外部リンク | http://www.dmsugar.co.jp/ |
大日本明治製糖株式会社(だいにほんめいじせいとう)は、製糖会社。
目次 |
[編集] 概要
『ばら印』のブランドで家庭用・業務用の砂糖、調味料等を製造加工販売している。製糖業界大手の1社である。ギムネマ等の新しい穀物類も取り扱う。
1996年(平成8年)三菱商事系列の大日本製糖株式会社と明治製糖株式会社が合併して発足した。
砂糖の製造は精糖各社と共同・合弁の新東日本製糖、関門製糖、関西製糖に委託し、自社の千葉工場では2次加工品を製造している。
調味料の製造は酵母エキス系調味料の「コクエース」等を製造販売している。インド産のギムネマ、アンデス産の穀物キヌア、食物繊維のイヌリンなどの販売事業を行っている。
[編集] 沿革
- 1890年(明治23年) 鈴木藤三郎が鈴木製糖所を設立。
- 1895年(明治28年)12月 鈴木製糖所を前身として東京都小名木川畔の砂村年(現在の東京都江東区)に、日本発の近代的製糖事業を行う日本精製糖株式会社を設立。
- 1906年(明治39年)11月 日本精製糖株式会社が渋沢栄一が取締役を務める大阪の日本精糖株式会社を合併。大日本製糖株式会社に改称。
- 1906年(明治39年)12月 大日本製糖が台湾での製糖業に進出。
- 1906年(明治39年)12月 明治製糖株式会社が台湾・台南で日本国籍4番目の精製糖会社として設立される。
- 1907年(明治40年)大日本製糖が日本国初の角砂糖の製造発売を開始。
- 1909年(明治42年)大日本製糖の政界工作が発覚し疑獄事件が発生(日糖事件)。相談役であった渋沢栄一が実業家の藤山雷太に社長就任を依頼し事態を収拾した。
- 1912年(明治45年) 1月 明治製糖が横浜精糖株式会社と合併し川崎工場を継承。
- 1916年(大正5年)2月 製菓部門として、大正製菓(現在の明治製菓)を設立。
- 1917年(大正6年)12月 房総練乳株式会社に資本参加し、乳業部門として、極東練乳株式会社(現在の明治乳業)を設立。
- 1927年(昭和2年) 沖縄県大東島で粗糖工場を経営していた東洋製糖株式会社を合併。
- 1943年(昭和18年) 11月 大日本製糖が日糖興業株式会社に名称変更。
- 1945年(昭和20年) 8月 第二次世界大戦の終結に伴い大日本製糖、明治製糖は在外資産の全てを没収される。
- 1950年(昭和25年) 4月 大日本製糖の後身として新たな大日本製糖株式会社を設立。
- 1950年(昭和25年) 8月 明治製糖の後身として明糖株式会社を設立。
- 1952年(昭和27年) 5月 明糖が明治製糖株式会社に名称変更。
- 1956年(昭和31年) 10月 大日本製糖がポリエチレン袋入り砂糖を発売。
- 1971年(昭和46年) 1月 大日本製糖、明治製糖、三菱商事の3社共同で東日本製糖株式会(現在の新東日本製糖)を設立。砂糖製造を委託。
- 1972年(昭和47年) 大日本製糖が調味料を開発。「コクベース」として発売開始。
- 1981年(昭和56年) 2月 明治製糖が千葉工場の操業を開始。(現在まで続く大日本明治製糖唯一の工場)
- 1982年(昭和57年) 7月 大日本製糖が三菱商事と共同で西日本製糖株式会社(現在の関門製糖)を設立。砂糖製造を委託。
- 1983年(昭和58年) 2月 明治製糖が西日本製糖株式会社に出資。
- 1984年(昭和59年) 3月 大日本製糖、明治製糖の2社は累積赤字解消のために同じ名称の新会社に営業譲渡[1]。三菱商事100%出資となる。
- 1996年(平成8年) 7月 大日本製糖株式会社と明治製糖株式会社が合併し大日本明治製糖株式会社となる。合併比率は1対1。大日本製糖が売上高業界6位、明治製糖が7位で合併後は1位であった。ブランドは大日本製糖のばら印を継続。
- 2001年(平成13年) 4月 日本甜菜製糖と関門製糖において砂糖の共同生産開始。
- 2002年(平成14年) 3月 塩水港精糖・大東製糖の2社と共同して関西製糖を設立。塩水港精糖の大阪府泉佐野市工場を関西製糖へ移管。砂糖の製造を委託。
- 2002年(平成14年) 7月 日新製糖・大東製糖の2社と新東日本製糖で共同生産開始。
- 2005年(平成17年) 10月 中日本氷糖株式会社が関西製糖での共同生産に参加。
- ^ 大日本製糖は、ニットー株式会社に営業譲渡。譲渡後にニットー社を大日本製糖株式会社に名称変更。明治製糖は、明糖産業株式会社に営業譲渡。譲渡後に明糖社を明治製糖株式会社に名称変更。
[編集] 関連会社
[編集] 旧 明治製糖グループ
旧明治製糖から独立した会社。かつては全社、現在の明治製菓のロゴを使用していた。現在は、グループ会社ではない。
- 両社は、明治製糖から分離した企業同士で、戦前に明治製菓から明治乳業へ乳業部門を譲渡しており、人事交流があったが、現在はグループ会社ではない。しかし、今も同根の企業同士としてのつながりは深く、明治製菓の食材が活かされた明治乳業のアイスクリーム、明治乳業のヨーグルトを活かしたキャンディというように、協力し合った商品開発を行っている。
[編集] 外部リンク
[編集] 参考文献
- 旧 明治製糖の事業拡大に関するもの