日昭
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基本教義 |
縁起、四諦、八正道 |
三法印、四法印 |
諸行無常、諸法無我 |
涅槃寂静、一切皆苦 |
人物 |
釈迦、十大弟子、龍樹 |
如来・菩薩 |
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部派・宗派 |
原始仏教、上座部、大乗 |
地域別仏教 |
インドの仏教、日本の仏教 |
韓国の仏教 |
経典 |
聖地 |
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ウィキポータル |
日昭(にっしょう、嘉禎2年(1236年)? - 元亨3年3月26日(1323年5月1日))は、鎌倉時代中期から後期にかけての日蓮宗の僧。俗姓は印東氏。日昭門流・浜門流の祖。日蓮六老僧の一人。字は大成弁。弁阿闍梨とも称される。下総国の出身。生まれた年については、1221年とする説もある。
初め天台宗の僧であったが、のちに日蓮に師事して改宗し、日蓮が配流となっている間も鎌倉を離れず師日蓮の説を広めた。天台宗的な色彩を残しながらも、鎌倉浜土の法華寺を拠点として布教を行った。鎌倉幕府の弾圧に対しては自らは天台沙門徒と称するなど臨機応変に対応している。1306年(徳治元年)には越後国風間氏の庇護により相模国鎌倉に妙法寺(その後越後に移転)を建立している。晩年比叡山戒壇と関係を持っていたことから、この派にはその影響が残された。