気管支喘息
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気管支喘息(きかんしぜんそく、Bronchial Asthma)とは、アレルギー反応や細菌・ウイルス感染などが発端となった気管支の炎症が慢性化することで、気道過敏性の亢進、可逆性の気道狭窄をおこし、発作的な喘鳴、咳などの症状をきたす呼吸器疾患。喘息発作時にはこれらの症状が特に激しく発現し、死(喘息死)に至ることもある。単に「喘息」あるいは「ぜんそく」と記す場合、一般的には気管支喘息のことを指す。
なお、うっ血性心不全により喘鳴、呼吸困難といった気管支喘息類似の症状がみられることがあり、そのような場合を心臓喘息と呼ぶことがあるが、気管支喘息とは異なる病態である。
気管支喘息のデータ | |
ICD-10 | J45.9 |
統計 | |
世界の患者数 | 約3億人 (2004年)[1] |
世界の死亡者数 | 255,000人 (2005年)[2] |
日本の患者数 | 235万人 (1996年)[3] |
日本の死亡者数 | 3,198人 男性1,565人 女性1,633人 (2005年)[4] |
学会・関連機関 | |
日本 | 日本呼吸器学会 日本アレルギー学会 |
世界 | GINA 世界アレルギー機構 米国胸部疾患学会 欧州呼吸器学会 |
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目次 |
[編集] 歴史
喘息という言葉は、ギリシャ語の aazein という"鋭い咳"を意味する言葉に由来する[5]。 この言葉は、紀元前8世紀イリアスに登場するのが最初とされている。そして紀元前4世紀にヒポクラテスは、この病気が仕立て屋、漁師、金細工師に多いこと、気候と関係していること、遺伝的要因がある可能性があることを記載した。2世紀にはガレノスは喘息が気管支の狭窄・閉塞によるものであることを記し、基本病態についての考察が始まった。
その後、喘息についてさまざまな考察、文献が発表されたが、このころまで喘息という言葉は、今日でいう気管支喘息のみならず、呼吸困難をきたすさまざまな病気が含まれていた。今日でいう気管支喘息についての病態にせまるには、17世紀まで待たねばならない。17世紀イタリアの「産業医学の父」ベルナルディーノ・ラマツィーニは、喘息と有機塵との関連を指摘し、またイギリスの医師ジョン・フロイヤーは1698年、A Treatise of the Asthma において気道閉塞の可逆性について記載した。1860年にはイギリスのソルターは著書 On asthma: its pathology and treatment の中で、気道閉塞の可逆性と気道過敏性について述べ、またその後19世紀末から20世紀初頭には、エピネフリンやエフェドリンが開発され、気管支拡張薬が喘息の治療として使用されるようになった。この頃まで喘息の基本病態は可逆性のある気管支収縮であると考えられていた。
1960年代に入り、気管支喘息の基本病態が気道の慢性炎症であることが指摘され始め、1990年イギリス胸部疾患学会 (BTS) の発表した喘息ガイドライン、および1991年アメリカ国立衛生研究所 (NIH) の発表した喘息ガイドラインにおいて、「喘息は慢性の気道炎症である」ことにコンセンサスが得られた。これにより、ステロイド吸入により気道の炎症を抑え、発作を予防するという現在の気管支喘息の治療戦略が完成した。
[編集] 分類
幼児期に発症することの多いアトピー型と40歳以上の成人発症に多くみられる非アトピー型の2型がある。
[編集] 疫学
2004年の試算で、世界に3億人の喘息患者がおり、年間255,000人が喘息で死亡している[6]。また喘息死の80%以上は低~中低所得国で発生しており、今後10年間で喘息死はさらに20%増えるだろうと予測されている[2]。喘息の有症率は 1~18%程度と国によって報告にばらつきがあるが、多少強引にまとめると、先進国で5~10%程度、発展途上国では1~4%程度である。
日本では、1996年の統計で、喘息の累積有症率(現症と既往の合計)は、乳幼児5.1%、小児6.4%、成人3.0%(16~30歳では6.2%)である[7]。1960年代は小児、成人とも有症率は1%程度であったものが、近年増加の傾向にあり、10年の経過で1.5~2倍程度増加している[8]。日本における喘息による死亡者数と人口10万人あたりの死亡率は、1995年には7,253人 (5.8)、2000年には4,473人 (3.6)、2001年には4,014人 (3.2)、2002年には3,771人 (3.0)、2003年には3,701人 (2.9)、2004年には3,283人 (2.6) と、年々低下傾向にある(厚生労働省人口動態統計より)。死亡者の約半数は、重度の発作を軽発作だと思い適切な治療が遅れた、あるいは、されなかった事が原因であるといわれている。
[編集] 症状
環境刺激因子(アレルゲン)、寒気、運動、ストレスなどの種々の刺激が引き金となり、これらに対する過敏反応として、気管支平滑筋、気道粘膜の浮腫、気道分泌亢進などにより気道の狭窄・閉塞が起こる。気道狭窄によって、喘鳴、息切れ、咳などの症状を認める。喘息発作時にはこれらの症状が激しく発現し、呼吸困難や過呼吸、酸欠、体力の激しい消耗などを伴い、時には死に至ることもある。
アトピー型の喘息患者が発作を引き起こすのはI型アレルギーにより化学伝達物質が発生するためである。その誘因は、細菌・ウイルス感染、過労、ハウスダスト(埃・ダニ・花粉・カビなど)・食物・薬物などのアレルゲン、運動、タバコ、アルコール、気圧変化、精神的要因などさまざまである。
小児喘息において、ダニは枕投げなどで舞い上がり気管支喘息を悪化させることが知られている。しかし、シドニーの調査により発生率には影響しないと報告された。かつて言われていた掃除の徹底は、ダニを完全に排除することは不可能なため、通常の掃除と同じでよいとされている。
一方、非アトピー型の気管支喘息の病態生理は、まだはっきりしていない。
[編集] 喘息死の危険因子
- 15歳以上
- 難治性喘息
- 重篤発作の既往
- MDI・ネブライザー過度依存傾向
- β2刺激薬のみによるネブライザーの自宅利用
- 不規則な治療
- 頻回の発作による救急室受診
- 重篤な薬物・食物アレルギー歴
- 合併症(乳幼児の下気道感染症・気胸・10歳以上の右心肥大)
- 外科的緊急手術
- 欠損・崩壊家庭、独居
- こだわらない、活動的性格
- 患者を取り巻く医療環境の不整備
[編集] 検査
- 理学所見
- 呼吸音...wheeze(笛声音)が発作時に聴取されることが多い。
- 呼吸数増多(英tachypnea)やチアノーゼ(英cyanosis)がみられることもある。
- 気道可逆性試験
- 気管支喘息の診断には、気道閉塞の可逆性を証明することが重要である。β2刺激薬吸入前後、あるいは2-3週間のステロイド内服・吸入前後で呼吸機能検査を行い、1秒量が200ml以上かつ12%以上改善した場合、気道可逆性ありと診断する。ただし、検査時に喘息発作が起きていない場合、気道の可逆性を証明できないこともあるため、自宅にピークフローメーターを持って帰ってもらい、ピークフロー値に20%以上の日内変動がみられた場合も気道可逆性ありと診断できる。
- 胸部X線写真
- 通常は異常を認めない。喘鳴や気道狭窄を来す他の疾患(腫瘍や肺炎など)や心不全を除外することが重要である。
- 血液検査
- 末梢血中好酸球の増加や、非特異的IgE値の上昇がみられれば、本疾患の補助診断となりうる。また、アレルゲンを調べるために、アレルゲン特異的IgE抗体を測定する。
- 病理学的所見
- 好酸球浸潤と平滑筋肥大が認められる。
[編集] 治療
[編集] 薬物治療
気管支喘息治療薬は「長期管理薬」(コントローラー)と「発作治療薬」(リリーバー)に大別される。発作が起きないように予防的に長期管理薬を使用し、急性発作が起きた時に発作治療薬で発作を止める。発作治療薬を使う頻度が多いほど喘息の状態は悪いと考えられ、長期管理薬をいかに用いて発作治療薬の使用量を抑えるかということが治療の一つの目標となる。長期管理薬では、吸入ステロイド薬が最も重要な基本薬剤であり、これにより気管支喘息の本体である気道の炎症を抑えることが気管支喘息治療の根幹である。重症度に応じて吸入ステロイドの増量、経口ステロイド、長時間作動型β2刺激薬(吸入薬・貼り薬)、抗アレルギー薬、抗コリン剤などを併用する。長期管理薬を使用しても発作が起こった場合は、発作治療薬を使用する。発作治療薬には短時間作動型β2刺激薬、ステロイド剤の点滴などが使われる。
1997年、β刺激薬であるベロテックエロゾル®(臭化水素酸フェノテロール)の乱用による死亡者増加が日本において大きな問題となった。これはβ2刺激薬の副作用によるものとは言えず、β2刺激薬の吸入により一時的に症状が改善するために、大発作に至る発作でも病院の受診が遅れたことが主因と考えられている。
- 吸入ステロイド
- 強力な抗炎症作用を持ち、コントローラーとして用いられる。起こってしまった発作を改善させる作用は期待できない。吸入ステロイドとしてはバイオアベイラビリティ(吸収されて血流中に残り、全身に分布する量)が低い薬剤が用いられるため、全身性の副作用(高血圧、肥満、骨粗しょう症、身長の伸びの抑制など)はほとんどないといえる。副作用としては、嗄声、口腔内カンジダなど。吸入後はうがいをして口腔内から薬剤を洗い流す必要がある。フルタイドディスカス・ロタディスク®、パルミコート®、タウナス®といったドライパウダー製剤、キュバール®、フルタイドエアー®といったガス噴霧製剤、さらにドライパウダー製剤などが上手に吸入できない小児のために、パルミコート®にはネブライザーで吸入できる吸入液がある。
- テオフィリン製剤
- テオフィリンは気管支拡張作用と抗炎症作用を併せ持つ。テオフィリン関連痙攣と呼ばれる副作用が報告され、日本のガイドラインでは小児に対してはその位置づけが後退傾向にある。
- β2刺激薬
- 抗ロイコトリエン薬
- 抗アレルギー薬
- 経口ステロイド薬
[編集] 携帯用吸入器
吸入ステロイド薬や気管支拡張剤といった吸入薬には、フロンが含まれるエアロゾル製品があったため、これらは代替フロンなどへ変更された。代替フロンを使用した製品も、2020年までにドライパウダー製剤へ一本化される。ドライパウダー製剤は完全に自力で吸わなければならないため、高齢者や年少児、重篤な発作が起こっている場合等吸気初速が遅い患者では吸えない可能性があることが問題となる。また、器具によっては吸入器を使った感覚が乏しいものもあり、稀に空になった製品を気づかずに使用し続けてしまう患者がいるが、ドライパウダー製剤はカウンター付きの物がある等、残りの使用回数を把握しやすくしている。エアロゾル剤は中身が見えない為、外観では残り使用可能回数が分からず、使用する際に初めて空と気づくことや、また薬効成分の含まれないガスのみを吸入することがあり問題となる。薬剤によっては吸入した際の違和感、味覚が残るため、それを敬遠する患者もいる。
[編集] その他の治療
喘息体操や乾布摩擦、体力づくりが効果を発揮する患者もいる。ただし、呼吸筋を鍛えたことにより病状が良くなったと感じるため(ピークフロー値の上昇)で、炎症が治まったわけではない。
- 小児気管支喘息治療ガイドライン 2005年改訂
- 成人気管支喘息治療ガイドライン
- 喘息予防・管理ガイドライン 2006年改訂
- GINAガイドライン2006
[編集] 気管支喘息の亜型
[編集] アスピリン喘息
アスピリンなどの非ステロイド系抗炎症薬の服用から数分~1時間後に鼻汁過多、鼻閉、喘息発作が起こる。
[編集] 咳喘息
咳喘息の症状は、慢性に咳が出る。呼吸困難・喘鳴はない。
[編集] 気管支喘息と鑑別を要する疾患
- 慢性閉塞性肺疾患 (Chronic Obstructive Pulmonary Disease
- COPD)
- 気管支喘息と同様に、特に感冒罹患時に喘鳴、呼吸困難をきたすことがある。気管支喘息よりも気管支拡張剤に対する反応が悪く、喫煙との関連が深く、また高齢者に多くみられることが異なる点である。
- アレルギー性気管支肺アスペルギルス症 (Allergic BronchoPulmonary Aspergillosis
- ABPA)
- 気管支喘息患者の1%程度にみられると報告される。真菌の一つであるアスペルギルスに対するアレルギーによりおこり、喀痰中の粘液栓、中枢性気管支拡張、肺浸潤影などを特徴とする。ロイコトリエン拮抗薬との関連が指摘されている。
- アレルギー性肉芽腫性血管炎(チャーグストラウス症候群)
- 気管支喘息患者の5000人に1人程度に発症すると報告される。病気の本体は全身の小動脈〜細動脈の炎症(血管炎)であり、発熱、手足のしびれ(末梢神経炎)、筋肉痛、関節痛など多彩な症状を呈する。
[編集] 関連項目
- 四日市ぜんそく
- 呼吸器学
- 小児科学
- アレルギー
- アレルギー学
- ロイコトリエン拮抗薬
- 減感作療法
[編集] 外部リンク
[編集] 参考文献
- ^ Masoli M, Fabian D, Holt S, et al. "Global Initiative for Asthma (GINA) program: the global burden of asthma: executive summary of the GINA Dissemination Committee report." Allergy 59, 2004, p.p. 469-478. PMID 15080825
- ^ a b WHO Fact sheet N°307
- ^ 厚生省長期慢性疾患総合研究事業報告、喘息に関する研究 平成8年
- ^ 平成17年人口動態統計(厚生労働省大臣官房統計情報部人口動態・保健統計課)
- ^ Marketos SG, Ballas CN. Bronchial asthma in the medical literature of Greek antiquity. J Asthma. 1982;19(4):263-9. PMID 6757243
- ^ Beasley R. "The global burden of asthma report. Global initiative for ashma (GINA)" 2004
- ^ 平成8年度厚生省長期慢性疾患総合研究事業
- ^ 日本アレルギー学会喘息ガイドライン専門部会監修『喘息予防・管理ガイドライン2006』 協和企画、2006年、22頁。
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