表音文字
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表音文字(ひょうおんもじ)は、一つの文字で音素または音節を表す文字体系のことをいう。前者を音素文字、後者を音節文字という。音標文字ともいう。表音文字に対し、一つ一つの文字が語や形態素を表す文字を表語文字という。
表音文字の多くは象形文字や表語文字に起源を持つ。これらの文字体系から特定の文字を借りて、文字の意味は無視して音価を表すことに使ったのである。そのため、文字同士の形状の違いに規則性がない場合が多いが、後世に作られた文字の中には、規則的な形状を持つものもある(たとえばハングルは、発音するときの口や舌の形を表したものとされる)。表語文字が原則として単独の文字で意味をなすのに対し、表音文字(特に音素文字)は単独では意味を成さず特定の順序につながって初めて意味を成すことが多い。また、仮に一文字で意味を成したとしても、それはたまたまその言語に一音素(または一音節)の語や形態素が存在していたということを意味するに過ぎない。形式的に言い替えると、表音文字は言語の二重分節のうち、2次分節のレベルで言語を表記するものであると言える。ただし、分節の程度はさまざまで、音素の段階まで分節するものや、モーラや音節の段階までしか分節しないものがある。まれに、複数音節を表す文字を持つ表音文字体系もある。
音素文字は、音価を変えうる最小の音の単位(音素)を一文字で表す。言語をまたいで広く用いられている最も代表的な音素文字は、いずれも近東のシナイ文字・フェニキア文字に起源を持つラテン文字およびアラビア文字で、ラテン文字は主にヨーロッパで、アラビア文字は主に中東で使われている。そのほかに、現在使われている代表的な音素文字には、キリル文字、デーヴァナーガリー文字、ゲエズ文字、ギリシャ文字がある。中国語の音を示すために補助的に用いられている注音符号も音素文字である。音素文字の中にはたとえ発音可能であってもその響きが弱いために単独では音節をなさないものもあり(例えばB、C、Dなどの子音を表すラテン文字)、そのような文字だけで1語を形成することはまれである。(例外としては「B.B.C」などのような省略語があるが、この場合は「bee bee see」のようにそれぞれの文字の呼称で発音される。)
一方、音節文字はある種の響きのまとまりの単位である1音節や1モーラを1文字で表す。そのため、音節文字は原則として1文字でも1音節あるいは1モーラとしての発音が可能である。かな文字などはこれに当たる。
同じ表音文字の文字体系でも、言語によって用いられる文字の数や種類が異なる。これは、各々の時代の各々の言語の実状にあうよう、各々の言語で文字の種類が独自に拡張され続けたためである。ラテン文字のように多くの言語で用いられている文字体系の場合、ひとつの言語で用いられる文字の数はそれほど多くなくても、その体系に属する文字を全て集めるとかなりの量になる。
ある言語で用いられる表記の単位のことを字母という。字母は文字と一致することが多いが、言語や民族によってはより小さな単位を字母とする場合もある。ラテン文字の場合、字母と文字が一致して、古代ラテン語ならば字母は21文字、現代英語ならば字母は26文字である。また、同じ文字体系の同じ字母がどの言語でも同じ発音を表すとは限らない。例えばJはドイツ語では[j]を、フランス語では[ʒ]を表す。ひとつの言語内で同じ文字が複数の発音を持つことも珍しくなく、特に現代英語において著しい。
音符も音を表現する記号であるため、表音文字の一種と呼ぶ人もいる。