赤報隊事件
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赤報隊事件(せきほうたいじけん)とは1987年に朝日新聞社支局などに対して起きたテロ事件である。指定番号から「広域重要116号事件」または「警察庁指定116号事件」と呼ばれる。警察庁は、赤報隊が犯行声明を出した一連の事件を広域重要指定事件に指定し、全国的な捜査を行ったが、2002年に未解決のまま時効となった。事件の超法規性、実行犯の海外逃亡による時効期間の延長の可能性等もあり、兵庫県警察の情報収集は現在も続いている。
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[編集] 概説
[編集] 朝日新聞阪神支局襲撃事件
1987年1月24日、朝日新聞『東京本社の二階窓ガラスに散弾が二発撃ち込まれ[1]、「日本民族独立義勇軍 別動 赤報隊」から犯行声明が出された。声明には、「われわれは日本国内外にうごめく反日分子を処刑するために結成された実行部隊である 一月二十四日の朝日新聞社への行動はその第一歩」であるとして、「反日世論を育成してきたマスコミには厳罰を加えなければならない」とあった。
同年5月3日の憲法記念日、朝日新聞阪神支局で小尻知博記者が散弾銃により射殺され、近くにいた犬飼兵衛記者も全治3ヶ月の重傷を負った。赤報隊からは「われわれは本気である。すべての朝日社員に死刑を言い渡す」などの犯行声明が出された。
この後、名古屋本社の社員寮、静岡支局でも赤報隊を名乗る者により銃撃されたり、爆弾を仕掛けられたりした(これらの事件は犠牲者は出ていない)。なお、すべての事件が時効となっている。警察は右翼や新右翼を対象に捜査したが、成果を挙げることはできなかった。また朝日新聞社の発行する『朝日ジャーナル』などが統一教会(世界基督教統一神霊協会)の「霊感商法」批判を展開していたことに対し、以前から反共主義の立場から『朝日新聞』を「左翼的」、「偏向している」と敵視して来た統一教会側からの反発が強かったことや上記の統一教会の名を使った脅迫状などから、統一教会の関係者の関与も疑われ、捜査の対象になった。(1994年に)鈴木邦男は、著書『テロ』において野村秋介の「赤報隊は新右翼とは思えない」という発言に触れたり、他にも情報をほのめかしていたが、警察に家宅捜索を受けたことなどを理由に、現在に至るまで明かしていない。また、鈴木やある元捜査幹部の説として、赤報隊は警察が「潜在右翼」と呼ぶ、右翼思想を持っているが、右翼団体に入って活動しているわけではない人物ではないかという。新政府に冤罪で処刑された幕末の赤報隊になぞらえていたことから、朝日などのマスコミに対して、被害者意識を持っていたと言われている。
2005年4月20日、朝日新聞社は老朽化した阪神支局の建て替えを発表した。赤報隊事件を風化させないため、新しい支局内に「メモリアル・スペース」(仮称)を設ける予定としている。
なお、一連の犯行声明では毎日新聞社も標的にする旨が記されていたが、同社を対象とした事件はなかった。
[編集] その他の赤報隊を名乗る犯行
- 1988年3月14日、朝日新聞静岡支局への爆弾事件の直後、同支局宛と同じ消印の脅迫状が、中曾根康弘事務所と竹下登の元に送られた(差出の日付は3月11日)。中曾根には「靖国や教科書問題で民族を裏切った」、竹下には「貴殿が八月に靖国参拝をしなかったら わが隊の処刑リストに名前をのせる」という内容だった。
- 8月10日、江副浩正・元リクルート会長宅の玄関に一発の銃弾が撃ち込まれ、赤報隊が犯行声明。「赤い朝日に何度も広告をだして 金をわたした」からだとしている。ただし、リクルート社が他紙に比べ、朝日に多く広告を出していたわけではないという。
- 1990年5月17日、名古屋の愛知韓国人会館(民団系)に放火。赤報隊が犯行声明。当時の韓国・盧泰愚大統領を「ロダイク」と日本語読みした上で、その来日に反対し、「くれば反日的な在日韓国人を さいごの一人まで処刑」と脅した。盧泰愚の来日は、予定通り行われた。
[編集] 事件の影響
一連の事件、特に小尻記者殺害事件は、言論弾圧事件として大きな注目を集めた。しかし、右翼などには赤報隊を評価する主張も少なくなかった。
右翼の主張がマスコミで報道されないことへの反発から、テロに走ったのではないかとの主張もあった。また、鈴木邦男によると、「反日」の用語が左翼批判の文脈で広く使われるようになったのは、赤報隊事件以降であるという(それ以前には東アジア反日武装戦線を名乗った左翼テロ組織があった。鈴木は赤報隊の手法に、反日武装戦線の影響があったと主張する)。
[編集] 赤報隊擁護論
赤報隊の主張は、保守派の一部に共感を呼んだ。たとえば、中村粲は産業経済新聞社の『正論』2001年5月号で、朝日の歴史教科書問題報道を「朝日は銃弾を撃ち込まれ、その後暫くは大人しくしていたようだが、昨今の朝日の傍若無人とも思える偏向紙面を見ると、まだお灸が足りないやうだ」と評した。朝日の“テロを容認するのか”との抗議申し入れを受け、編集部は「誤解を招く表現だった」として、6月号で謝罪文を掲載している。
また朝日批判とセットにした、赤報隊評価の主張がある。朝日がテロ組織である日本赤軍や中国共産党を擁護したり、アメリカ同時多発テロ事件の実行犯に同情的であるとして、左派的主張をする朝日の記者が殺されるのは当然だとして被害者達を批判した。
[編集] 「とういつきょうかいの わるくちをいうやつは みなごろしだ」
阪神支局襲撃事件3日後の5月5日 朝日新聞東京本社に、2日前に起きた事件で使われた銃弾と同一の薬莢2個を同封した脅迫状が届いた。そこには「とういつきょうかいの わるくちをいうやつは みなごろしだ」[2]と記してあった。世界基督教統一神霊協会(以下、「統一協会」と省略)と政界の癒着構造は広く知られるところであり、この事実が捜査の進展を阻んでいる可能性は否めない。この点から統一協会と赤報隊事件との関係で考察すべき事実を以下に列挙。
- 1960年代の終わり頃から反共主義活動を本格化させアメリカ合衆国に本拠を移した教祖文鮮明は脱税事件で服役中の1985年に、統一協会の経営する新聞ワシントン・タイムズ紙上でニカラグアにおける反共ゲリラ「コントラ」をアメリカ合衆国政府に代わって支援することを表明している( イラン・コントラ事件 )。
- アメリカ中央情報局(CIA)の関与が疑われている高精度の偽ドル札スーパーノートが、統一協会による霊感商法自粛宣言から若干の間を置いた1989年頃から出回り始めている。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 朝日新聞116号事件取材班『新聞社襲撃 テロリズムと対峙した15年』(2002/8/27 岩波書店 ISBN 4-00-022374-7)