マルス (システム)
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マルス(MARS)は、旧国鉄・JRグループの座席指定券類の予約・発券のためのコンピュータシステムである。
元々は"MAgnetic electronic seat Reservation System"(電磁式座席予約システム)の略とされていたが、現在では"Multi Access seat Reservation System"(旅客販売総合システム)の略となっている。ローマ神話の軍神マルスに通じるネーミングでもある。アルファベットでは"MARS"と書くが、一般にはカタカナで「マルス」と書かれる。マルスは国鉄時代から引き続き、現在もJR全社が採用している乗車券・座席指定券で、日立製作所の製品である(端末装置には一部に同じ芙蓉グループの沖電気工業製もある。沖電気製はMV30端末やJR東日本のMEM端末で主に使用されている他、M型端末は日立製作所と共に2社で製造していた)。
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[編集] 概説
JRグループの指定券発売窓口であるみどりの窓口を支える巨大なオンラインシステムで、JRの列車や、「ドリーム号」など一部のJR高速バスの座席指定状況を中央装置で一括管理し、JR鉄道駅や旅行会社などの「みどりの窓口」で駅員や旅行会社社員が端末(MR端末、JR東日本では主にMEM端末=ジェイアール東日本情報システムが自社向けに開発した端末)を操作し、列車や座席を指定して、端末から切符を発券する。
最近では、利用客が自ら操作できる指定席券の発券や座席の指定機能を持った自動券売機(MV端末)もある。
中央装置(ホストコンピュータ)は東京都国分寺市にあり、国鉄分割民営化以後は鉄道情報システム株式会社(JRシステム)が保有・運営している。
もともとは鉄道切符(乗車券類)の発売のために開発されたシステムだが、現在では乗車券類だけでなく、航空券、宿泊券、遊園地や展覧会などイベントの入場券等の販売も行えるようになっている。
なお、JR北海道では乗車券、自由席券、定期券、特別企画乗車券、イベント券などの自社完結商品を発券する際は総販という独自のシステムを使うことが多い。この総販では他に東京モノレール券なども発券できる。
[編集] 開発の経緯
マルスができる以前は、その列車の始発駅が属する指定席管理センターで、列車ごとに日別の指定席台帳を作って各列車の指定席を管理していた。駅で切符の申込みを受けた際は、駅員が電話でセンターへ問合わせ、センターでは指定席台帳から空き座席を探し出して見つけた座席の座席番号を回答し、駅ではその座席番号を指定券に書き写して発券していた。 指定席管理センターでの予約処理はおおよそ以下のとおりであった。
- 予約処理を行なう職員は、方面別の指定席管理台帳が収納されている、中華テーブルをヒントに考案された回転テーブルの前に着席している。
- 駅係員などからの指定席要求に対し、かなりの速度で回転している(直径約2m、約8秒前後で1回転)テーブルから該当の台帳を取り出す。
- 台帳に席の割り当てを行なう。
- 問い合せ元への回答を行なう。
- 書き込んだ台帳を、回転テーブルの所定の位置が自分のほうへ来た時に正確に投げ戻す。
これらの作業にはかなりの技を駆使する必要があった。ベテランになると、1メートルぐらい離れたところからでも所定位置に戻せるという、まさに職人技をもって対処していた。
しかしこの方式では発券に多大な時間を要し、指定席を連結する特急・急行列車が増加するにつれ、膨大な量の申込みを捌くことができなくなってきた。さらに、主たる作業を人間が行うため、聞き間違いによる予約指定ミス、書き間違いミス、回答の言い間違いミス、転記ミスなど、発券ミスを引き起こす要因が数多くあった。そのため、当時の鉄道技術研究所の穂坂衛が、アメリカン航空が研究していた座席予約システムSABREなどを参考にしつつ、世界初となる列車座席予約システムの機械化の研究を1957年に開始した。
翌年日立製作所と共にマルスの開発が開始された。
[編集] 歴史
[編集] マルス1
マルス1はプログラム内蔵型のコンピュータではなく、すべてハードウェアで処理を行なうコンピュータを使ったシステムであった。記憶装置としては磁気ドラムを採用し、ここに4列車、3600席、最大15日分の予約をできるようにしていた。しかし、全て1からの手作りであったため、予定の1959年3月には間に合わず同年8月に完成、1960年1月18日に運用を開始した。当初は下り「第1こだま」「第2こだま」に、その後6月に下り「第1つばめ」「第2つばめ」を加えた4列車(注:この当時は上下列車とも1、2の順で番号が割り当てられていた)の予約業務を行なった。しかし、発券内容を切符として印刷することができず、プリンタで印刷し、それを窓口係員が書き写して切符を作成していた。
[編集] マルス101
マルス1でコンピュータによる予約システムの実証ができたため、全座席予約、全国展開、乗車券の印刷を盛り込んだマルス101が、次のマルスシステムとして開発された。マルス1と違い、プログラム内蔵方式のコンピュータを採用し、通信時のデータロスト対策やデータ構造の最適化による記憶容量の削減、準備完了ランプ、データエラー発生時再考ランプなどのユーザインタフェースの改良など、大規模なシステムに対応する数々の工夫が講じられた。1963年夏に中央装置は出荷され、1964年2月23日から稼働を開始した。本体は秋葉原駅脇のビルに設置された。しかし、1列4席の列車にしか対応していなかったため、対象となる列車は在来線のみであり、1列5席の座席配置となっている新幹線には採用されなかった。
[編集] マルス102
マルス101をベースに、1列5席対応化を行なったもの。台帳管理による切符の販売に30分~1時間も時間を要して問題となっていた、新幹線の発券が可能となった。1965年10月にみどりの窓口の運用開始と共に利用開始。
[編集] マルス103
1968年10月の白紙ダイヤ改正(ヨンサントオ)をターゲットに、マルス101、102の機能を大幅に増強し、20万座席予約、団体業務専用システム(マルス201)の連携、より高信頼性なシステムを目指し、1966年から開発が始まった。マルス1、101、102とは異なり、HITAC-8400という汎用大型コンピュータを完全二重化構成で採用した。また、フロントエンドにマルス101、102とのデータ振り分けを行なう装置を配置し、既存のシステムとの並行運用を可能にした。
[編集] マルス201
団体旅行専用のシステムとして、1969年12月から稼働。
[編集] マルス104
1970年10月。マルス103と同じ能力。マルス101は使命を終えた。
[編集] マルス105
山陽新幹線開業にあわせ、140万席の予約、10年稼働が可能なシステムをめざし、プロジェクトの方式から見直しを行ない、マルス102、103、104の置き換えを行なうシステムである。ハードウェアはHITAC-8700を協調稼働し、さらにもう1台予備系を配置した。発券機能も、2ヶ月前からの発券、前日までの発券、割引扱いの拡充、券面への表示項目の増大など多くの改善項目が盛り込まれた。乗車券についても、コンピュータから自動的に印刷できるようになった。ただ、当時は漢字印刷が出来なかったため(タイプライター端末のため)、漢字は非常に頻度の多いもののみの表記で、他はカタカナ表記であった。
機器は国分寺市に新たに作られたコンピュータセンターに配置された。マルス105への移行は、1971年9月から3回にわけて、マルス103、102、104の順で行なわれた。同時にマルス201の移行も行なわれた。これは、マルス105への移行に伴って空いたマルス103のハードウェアをマルス201に流用し、既存のハードウェアをマルス150(電話予約システム)に置き換えるものである。
[編集] マルス202
マルス201を改良したもの。旅行会社端末との結合が行われ、団体枠のみならず旅行会社枠の個札(個人用乗車券類のこと)発券も可能となった。1975年に稼働開始。
[編集] マルス301
マルス100系、マルス150系、マルス200系の統合システム。1983年1月から開発が始まり、1985年3月に稼働開始。同時に登場したM型端末は初めてモニターとキーボードが付き、駅コード(電略)の入力が可能なため国鉄全線全駅を対象とした発券が可能となった。また周遊券などの図形を用いた券面印字や定期券にも対応した最初のシステムでもある。本来は武蔵野線・片町線などで実用実験が開始された自動改札機に対応させるべく、連続用紙から裏面に磁性体を塗布したロール紙に変更されたが定期券以外は何故かサイバネ規格に準拠しておらず、定期券以外が実際に自動改札機での使用が可能になるのはマルス305以降となる。1987年4月1日、国鉄分割民営化によりマルスは鉄道情報システムが承継した。
[編集] マルス305
自動改札機、偽造対策などへの対応を盛り込んだ。1993年2月に稼働開始。当初はM880二台で運用。その後1997年にMP5800に移行。1999年以降のJRの特急券の地紋は現在の水色系となっている。片道乗車券の発券のロジックに問題※があったことが知られている。
※東京都区内発→東海道本線経由→大阪市内経由→紀伊勝浦・新宮経由→伊勢鉄道経由→東海道本線経由→東京都区内行、という片道切符を発券することが可能であった。経路中に重複区間を含む場合、本来は片道乗車券として発券しようとしたらエラー処理を行い、連続乗車券として発券しなければならないが、経路中にJR以外の路線を挟むとエラー対象外となってしまう。
[編集] マルス501
現行システム。2002年10月から稼働開始。2003年10月に第二フェーズが稼働。JR各社の個別の要求に対応できるようになる。またシステムの主要部分についてサーバ化が2004年にかけて進む。指定券自動券売機(MV端末)の機能増強も同時進行。指定券の直接サーマル券化も始まる。M型端末は2002年9月30日をもって廃止。パタパタ(ページ面)が姿を消す。L型端末(初のPC型端末、日立フローラを流用)も2003年9月30日をもって廃止。みどりの窓口から「国鉄型端末」消滅。
[編集] 参考文献
- 旅人をつなぐ“マルスシステム”開発ストーリー ISBN 4-87268-474-5
[編集] 外部リンク
- 旅客販売総合システム(MARS) (JRシステム)