つのだじろう
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つのだ じろう(本名、角田次朗(つのだ じろう)、男性、1936年7月3日 - )は、日本の漫画家、心霊研究家。東京都下谷区豊住町(現在の台東区下谷1丁目)出身。
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[編集] 人物
東京都立青山高等学校卒業。高校在学中に漫画家の島田啓三に師事し、昭和30年(1955年)、「漫画少年」に『新桃太郎』が掲載され漫画家デビュー。この作品はわずか3ページほどの短編であるが、師である島田から何度も書き直しを命じられ、苦心の末投稿を許されて掲載されたものだという。
そしてその繋がりで、やがて新漫画党に入党。トキワ荘に通う事になる。当時は生真面目な青年で、トキワ荘仲間(新漫画党)の活動のいい加減さに激怒し抗議文を送り、それを見た藤子・F・不二雄からたしなめられ、改心して道楽主義になる、というエピソードは語り草となった。
デビューから3年後にUFOを目撃し、趣味でオカルトを研究。日本の心霊研究の第一人者となる。
初のヒット作『ルミちゃん教室』以後、初期は主としてギャグ漫画を書いていた。『忍者あわて丸』(テレビアニメ『ピュンピュン丸』の原作)、『空手バカ一代』などでもヒットを飛ばす。後に『うしろの百太郎』や『恐怖新聞』などのオカルト漫画で一大ブームを巻き起こした。主に「週刊少年マガジン」(講談社)、「週刊少年サンデー」(小学館)、「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)や「週刊少年キング」(少年画報社)」などで活躍。
オカルト、恐怖怪談系の作品が有名になってしまったが、極真空手の世界を描いた「空手バカ一代」などの他、TVドラマ化された漫画も数作あり、実際にはギャグからシビアなもの、少年・少女向けから大人向けまでと、オールラウンドな漫画家である(後述の作品リストを参照)。
「恐怖マンガとしての表現」の範囲でエンターテインメント性を重視し、心霊研究に関しては、単なる興味本位の「心霊スポット巡り」や「狐狢狸(こっくり)さん」といった、霊を弄ぶような行為に警鐘を鳴らし続けた。「先祖などを大切にする」「より正しい死後の霊界」といった内容を漫画作品や執筆、時には出演したTV番組や講演などで常に訴え続けてきた。また「超能力・霊能力」の実証研究や分析もしている。
『空手バカ一代』の作画を務めていた際に、原作者の梶原一騎(とその実弟の真樹日佐夫)と不仲になり、その鬱憤を『魔子』の中でアナグラム(「カラワジ・イキツ・キマト・ワヒオサ・ハノクキヨウ・ミツオ・レシモオイ…呪われよ!」「カチク・ツテバン・ダクリノノロイ・オウケミクニク・ルクシミ・クタルバ…呪われよ!」)に託して呪ったもののあっさり看破されてしまい、梶原兄弟によって監禁され、各方面への詫び状を書かされてしまった(斎藤貴男『夕やけを見ていた男 評伝梶原一騎』pp.275 - 276 新潮社、1995年 ISBN 4104030015)。
なお『恐怖新聞』第13話「笑う骸骨」には、嫌われ者の粗暴な侍として「梶川市之進」という男が登場し、梶川を見た町民は「かかわりあいになるな! うかつにさわると首がとぶぞ!!」と逃げまわる。
また、かつて自身の公式サイトで『空手バカ一代』について触れ、「いつまで経っても原作の原稿が届かない、こんな状況で仕事ができるわけないだろう!」と不満をぶちまけていたこともあり、おそらく現在でも梶原についていい感情を抱いていないものと思われる。(公式サイト内の該当テキストは既に削除)
将棋アマ五段、スキー1級、書道三段、催眠、空手、剣道など多趣味で知られている。特に将棋については『5五の龍』他の作品にみられるとおり造詣が深いが、プロ棋士等とのトラブルも時折噂されることがある。
つのだたかし(リュート奏者)、つのだ☆ひろ(ミュージシャン)は実弟。ビトウゴウ(漫画原作者・ゲームクリエイター)は実子。
[編集] 略歴
- 1955年 - 『漫画少年』に『新桃太郎』でデビュー。新漫画党に入党し、トキワ荘グループの一員となる。
- 1958年 - 月刊漫画誌「りぼん」(集英社)に連載された『ルミちゃん教室』が人気を博す。
- 1961年 -少年・少女・青年誌などに話題作を発表し続け「第2回講談社漫画賞」を受賞。
- 1963年 - 石ノ森章太郎、鈴木伸一、藤子不二雄らと共にアニメ製作会社スタジオ・ゼロを設立する。
- 1971年 - スタジオ・ゼロ解散
- 1971年 - 「週刊少年マガジン」(講談社)に掲載された『空手バカ一代』が人気を博し、のちにテレビアニメも製作された。
- 1973年 - 「週刊少年マガジン」誌上で『うしろの百太郎』、「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)誌上で『恐怖新聞』をそれぞれ連載し、好評を博す。以後、心霊研究家としても活躍するようになる。
[編集] プロダクション
つのだじろうの個人事務所は「秦企画」というが、その名の由来はつのだじろう自身によれば秦の始皇帝の末裔だからだという。
[編集] 作品リスト
- ルミちゃん教室(1958年、りぼん、集英社)
- ばら色の海(1961年、なかよし、講談社)
- ブラック団(1964年、週刊少年サンデー、小学館)
- 俺の太陽(1965年~1966年、週刊少年サンデー、小学館)
- 忍者あわて丸(1965年~1968年、週刊少年キング、少年画報社、TVアニメ「ピュンピュン丸」の原作)
- 怪虫カブトン(1966年、週刊少年サンデー)
- 5五の龍(週刊少年キング)
- 空手バカ一代(1971年~1973年、週刊少年マガジン、講談社)
- 泣くな! 十円(1971年~1973年、週刊少年チャンピオン、秋田書店)
- 女たちの詩シリーズ(1971年~1973年、プレイコミック、秋田書店)
- うしろの百太郎(1973年~1976年、週刊少年マガジン)
- 亡霊学級(1973年、週刊少年チャンピオン)
- 恐怖新聞(1973年~1976年、週刊少年チャンピオン)
- メギドの火(1976年、週刊少年サンデー)
- その太くん(1976年、週刊少年マガジン)
- 呪凶介PSI霊査室(1977年、週刊少年サンデー)
- 魔子(1978年、ビッグコミック、小学館)
- 銀座花族(1980年、週刊女性、主婦と生活社、TVドラマ「虹子の冒険」の原作)
- 真夜中のラヴ・レター(1981年、週刊女性、主婦と生活社)
- 蓮華伝説(漫画ゴラク、大都社)
- ときめきの墓(1977年~1978年、週刊明星、集英社)
- 新うしろの百太郎(週刊少年マガジン、講談社)
- 新説百物語(サスペリア、秋田書店)
- ホラーペンション(1987年、月刊ハロウィン、朝日ソノラマ、TVドラマ化)
- 学園七不思議(1986年~1989年、サスペリア、秋田書店、TVアニメ「ハイスクールミステリー学園七不思議」の原作)
- 恐怖新聞II(1990年~1993年、サスペリア)
- うしろの百太郎 平成版
- 恐怖新聞 平成版
- うしろの始皇帝(2006年、学習研究社刊)活字本新刊
他、短編など多数。
[編集] 豆知識
『進ぬ!電波少年』のコーナー「電波少年的○○人を笑わしに行こう」にネタを投稿し、採用されたことがある(厳密には、同じネタを投稿した人がつのだの他に9人いた)。
[編集] 関連
[編集] 外部リンク
- つのだじろうホームページ(公式サイト)
- はてなダイアリー - つのだじろうとは