エドワード・サイード
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
エドワード・W・サイード(إدوارد سعيد Edward Wadie Said, 1935年11月1日 - 2003年9月25日)は、パレスチナ系アメリカ人の文学研究者、文学批評家。彼はまたパレスチナ問題に関する率直な発言者でもあった。同い年の大江健三郎の文学を高く評価しており、良い友人であった。
目次 |
[編集] 生涯
サイードはキリスト教徒のパレスチナ人としてエルサレムに生まれたが、既に家族はエジプトのカイロに住んでいた。しかし、エルサレムにはサイードの叔母の家があり、彼は幼年期の多くの時間をそこで過ごした。学士号をプリンストン大学で取り、修士号と博士号はハーバード大学から取得した。英文学と比較文学の教授をコロンビア大学で40年勤めた(1963年~2003年)ほか、ハーバード大学、ジョンズ・ホプキンス大学、エール大学でも教鞭を執った。 なお、サイードの経歴に関して、自身による詐称があったという批判が存在する。「パレスチナにずっと在住していたと詐称し、ユダヤ人に追い出されたなどとありもしない被害をでっち上げた。事実は、エジプトのカイロにて、富裕層の子弟として生まれ育ったため、社会主義政策を掲げるナセルに追い出されたというのが実情である」というものだが、サイード自身の発言の検証、自伝『Out Of Place』の発売時期の検討により、悪意による中傷であるとみなす意見が有力である。
学者としては、サイードはオリエンタリズムの理論で最もよく知られている。彼は著書『オリエンタリズム』(1978年)において、西欧文化におけるアジアや中東の誤った、またはロマンチックに飾り立てられたイメージの長い伝統が、ヨーロッパやアメリカの植民地主義的・帝国主義的な野望の隠れた正当化として作用してきたと主張している。
パレスチナ問題の発言者として、彼はイスラエル領とその占領地域およびそれ以外の土地に住むパレスチナ人の権利を擁護している。サイードは長年にわたってパレスチナ民族評議会の一員であったが、1993年に調印されたオスロ合意をパレスチナ難民のイスラエル領へ帰郷する権利を軽視したものであると考えているため、ヤーセル・アラファートとは決裂した。彼はまた、イスラエルがパレスチナ側からの承認と引き換えに占領しているヨルダン川西岸とガザ地区から撤退し、そこに住むパレスチナ人の将来の自立について交渉を開始するというオスロ合意の取り決めにも、そのように分離させるのではなく、代わりにアラブ人とユダヤ人が等しい権利を持つような新たな国を作るべきだ、と主張して反対している。イスラエルのパレスチナ占領に関する彼の著書には、『パレスチナ問題』(1979年)、『The Politics of Dispossesion』(1994年)がある。
彼はまた、熟練したピアニストとして、雑誌『The Nation』に音楽批評を長年にわたって寄稿した。音楽評論をまとめた著書や、音楽学との学際的な講義も行なっており、グレン・グールドの熱心な信奉者として知られていた。1999年には親しい友人でアルゼンチン生まれのイスラエル人のダニエル・バレンボイムと共に、ウェスト・イースタン・ディヴァーン・オーケストラ(West-Eastern Divan Orchestra)を作った。これは才能ある若いクラシックの音楽家たちをイスラエルとアラブ諸国の双方から毎年夏に集めるという試みである。サイードとバレンボイムはこの業績が「国際的な理解に貢献した」という理由で2002年度のスペイン皇太子賞を受賞した。英語、アラビア語、フランス語に堪能だった。
サイードは晩年は白血病を患って教鞭をとることもまれだった。2003年9月25日、長い闘病生活の末に、ニューヨークで没した。67歳だった。
[編集] 著書
[編集] 単著
- Joseph Conrad and the Fiction of Autobiography, (Harvard University Press, 1966).
- Beginnings: Intention and Method, (Basic Books, 1975).(山形和美・小林昌夫訳『始まりの現象――意図と方法』法政大学出版局、1992年)
- Orientalism, (Pantheon Books, 1978) .(今沢紀子訳『オリエンタリズム』平凡社、1986年/平凡社ライブラリー版, 1993年)
- The Question of Palestine, (Times Books, 1979).(杉田英明訳『パレスチナ問題』みすず書房, 2004年)
- Covering Islam: How the Media and the Experts Determine How We See the Rest of the World, (Pantheon Books, 1981).(浅井信雄・佐藤成文訳『イスラム報道――ニュースはいかにつくられるか』みすず書房、1986年)
- The World, the Text, and the Critic, (Harvard University Press, 1983).(山形和美訳『世界・テクスト・批評』法政大学出版局、1995年)
- After the Last Sky: Palestinian lives, (Pantheon Books, 1986) .(島弘之訳『パレスチナとは何か』岩波書店、1995年/岩波現代文庫, 2005年)
- Musical Elaborations, (Columbia University Press, 1991) .(大橋洋一訳『音楽のエラボレーション』(みすず書房、1995年)
- Culture and Imperialism, (Knopf, 1993).(大橋洋一訳『文化と帝国主義(1・2)』みすず書房、1998年-2001年)
- Representations of the Intellectual: the 1993 Reith Lectures, (Vintage, 1994).(大橋洋一訳『知識人とは何か』平凡社, 1995年/平凡社ライブラリー版, 1998年)
- The Pen and the Sword: Conversations with David Barsamian, (Common Courage Press, 1994).(中野真紀子訳『ペンと剣』クレイン、1998年/筑摩書房[ちくま学芸文庫], 2005年)
- The Politics of Dispossession: the Struggle for Palestinian Self-determination 1969-1994, (Chatto & Windus, 1994).
- Peace and its Discontents: Gaza-Jericho, 1993-1995, (Vintage, 1995).
- Covering Islam: How the Media and the Experts Determine How We See the Rest of the World, Fully Rev. ed., (Vintage, 1997).(浅井信雄・佐藤成文・岡真理訳『イスラム報道(増補版)』みすず書房、2003年)
- Out of Place: A Memoir, (Knopf, 1999).(中野真紀子訳『遠い場所の記憶――自伝』みすず書房、2001年)
- The End of the Peace Process: Oslo and After, (Pantheon Books, 2000).
- Reflections on Exile and Other Essays, (Harvard University Press, 2000).(大橋洋一・近藤弘幸・和田唯・三原芳秋訳『故国喪失についての省察(1)』みすず書房, 2006年)
- Freud and the Non-European, (Verso, 2003).(長原豊訳『フロイトと非-ヨーロッパ人』平凡社, 2003年)
- Humanism and Democratic Criticism, (Columbia University Press, 2004).(村山敏勝・三宅敦子訳『人文学と批評の使命――デモクラシーのために』岩波書店, 2006年)
- From Oslo to Iraq and the Road Map, (Pantheon Books, 2004).(中野真紀子訳『オスロからイラクへ 戦争とプロパガンダ2000-2003』みすず書房, 2005年)
[編集] 共著
- Nationalism, Colonialism, and Literature, with Terry Eagleton and Fredric Jameson, (University of Minnesota Press, 1990).(増渕正史・安藤勝夫・大友義勝訳『民族主義・植民地主義と文学』法政大学出版局、1996年)
- Acts of Aggression: Policing "Rogue States", with Noam Chomsky and Ramsey Cark, (Seven Stories Press, 1999).
- Power, Politics, and Culture: Interviews with Edward W. Said, with Gauri Viswanathan, (Pantheon Books, 2001).(大橋洋一ほか訳『権力、政治、文化――エドワード・W・サイード発言集成(上・下)』太田出版, 2007年)
- Parallels and Paradoxes: Explorations in Music and Society, with Daniel Barenboim, (Pantheon Books, 2002).(中野真紀子訳『音楽と社会』みすず書房, 2004年)
- Culture and Resistance: Conversations with Edward W. Said, with David Barsamian, (South End Press, 2003).
- Conversations with Edward Said, with Tariq Ali, (Seagull Books, 2006).(大橋洋一訳『サイード自身が語るサイード』紀伊國屋書店, 2006年)
[編集] 編著
- Literature and Society, (Johns Hopkins University Press, 1980).
[編集] 共編著
- The Arabs Today: Alternatives for Tomorrow, co-edited with Fuad Suleiman, (Forum Associates, 1973).
- Blaming the Victims: Spurious Scholarship and the Palestinian Question, co-edited with Christopher Hitchens, (Verso, 1988).
[編集] 論文集
- The Edward Said Reader, edited by Moustafa Bayoumi and Andrew Rubin, (Vintage Books, 2000).
[編集] 評論集(日本語)
- 中野真紀子・早尾貴紀訳『戦争とプロパガンダ』(みすず書房, 2002年)
- 中野真紀子訳『戦争とプロパガンダ(2)パレスチナは、いま』(みすず書房, 2002年)
- 中野真紀子訳『戦争とプロパガンダ(3)イスラエル、イラク、アメリカ』(みすず書房, 2003年)
- 中野真紀子訳『戦争とプロパガンダ(4)裏切られた民主主義』(みすず書房, 2003年)
[編集] 外部リンク (アーカイヴ)
(この記事はウィキペディア英語版の 15:44, 26 Sep 2003 の版からの訳を含んでいます)