ジェームス・ジムタイル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジェームス・ジムタイル、本名ジミー・ジェンタイル(Jimmy Gentile , 1934年6月3日 - )は、アメリカ合衆国・カリフォルニア州出身のプロ野球選手。日本では1969年に近鉄バファローズに在籍した。184cm94kg。左投げ左打ち。日本でのポジションは一塁手。
なお、ジムタイルは近鉄時代の登録名である。
目次 |
[編集] 来歴
1957年にブルックリン・ドジャース(現:ロサンゼルス・ドジャース)に入団。まもなくボルチモア・オリオールズに移籍し、1960年にレギュラー獲得。1961年にはこの年ベーブ・ルースの記録を抜くシーズン61本塁打を記録したロジャー・マリスと激しく打点王を争うが、結局1点差でタイトル獲得はならなかった。
その後はオークランド・アスレチックス、ヒューストン・アストロズ、クリーブランド・インディアンスを経て近鉄入り。当時万年最下位だった近鉄にとっては待望の大砲であった。しかし、長いプロ生活と太りすぎの影響から両足はすでに末期的な状況で、開幕戦でいきなり膝を故障し、復帰してもまともに走ることすら出来ず(下記参照)、結局1年で解雇された。
[編集] 日本での通算成績
- 65試合 打率.256(86打数22安打) 本塁打8 打点16 三振23 四死球16 得点7
本塁打よりも得点の方が少ないが、これは誤植ではない。詳しくは下記を参照のこと。
[編集] ホームランを打ったのに代走
上でも述べた通り、ジムタイルは両足に爆弾を抱えて近鉄入りしたが、開幕戦でいきなり故障。復帰した際もとても全力疾走できる状態ではなかったため、先発・代打に関わらず塁に出た時点で即代走が送られることになった(もちろんホームランを打ったときは除く)。当時のパシフィック・リーグにはまだ指名打者がなかったため、先発出場は守備範囲の狭い一塁手に限定された。
しかし、5月18日の阪急ブレーブス戦でホームランを打ったジムタイルは、一塁へ走る途中で肉離れを起こしてしまう。本塁まで走ることが不可能と判断した審判団は代走・伊勢孝夫の起用を認めた。本塁打を打った打者に代走が送られたのはプロ野球史上初であった。なお、得点はジムタイルではなく、ホームを踏んだ伊勢に記録された。
結局ジムタイルは上の起用法により日本では最後まで本塁打以外での得点がなかったため、この年のシーズン及び日本での通算記録は「本塁打8・得点7」という、もちろん日本では他に例がない「本塁打>得点」という珍記録となった。