ジャコウアゲハ
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ジャコウアゲハ | ||||||||||||||||||||
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分類 | ||||||||||||||||||||
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学名 | ||||||||||||||||||||
Atrophaneura alcinous (Klug, 1836) (シノニム Byasa alcinous) |
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英名 | ||||||||||||||||||||
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ジャコウアゲハ(麝香鳳蝶、麝香揚羽) Atrophaneura alcinous は、チョウ目・アゲハチョウ科に分類されるチョウの一種。学名は他に Byasa alcinous とすることもある。
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[編集] 特徴
成虫は前翅長45mm-65mm、翅を大きく開くと約10cmほど。他のアゲハチョウに比べると後翅が斜め後方に細長く伸びる。成虫は雌雄の判別が容易で、雄の翅色はビロードのような光沢のある黒色だが、雌は明るい褐色である。和名は雄成虫が翅から麝香のような匂いをさせることに由来する。
日本では秋田県以南から八重山諸島まで分布し、南西諸島では多くの亜種に分けられる。分布は局地的であるが突然発生することもあり、おそらく食草が無くなればかなりの長距離を飛ぶものと思われる。日本以外では台湾、中国東部、朝鮮半島、沿海地方まで東アジアに広く分布する。
成虫が発生するのは春から夏にかけてで、その間に3-4回発生する。成虫は日中の午前8時ごろから午後5時ごろまで活動するとみられ、川原や荒地などの明るい場所や生息地の上を緩やかに飛ぶ。
幼虫はウマノスズクサ類を食草とする。繁殖力が強く、また食草を良く食べるため、食草がなくなると共食いをすることもある。ナミアゲハなどとは違い終令になっても黒いままで、形も全体に疣状の突起に被われ、ずいぶん異なった姿をしているが、つつくと臭角を出す点(他のアゲハ類と違い、臭角は少ししか出さない)は同じである。
また、蛹になる前の幼虫が食草の茎を切り、他の幼虫が食べられないようにしてしまうことがある。これはジャコウアゲハの繁殖力が非常に高いため、増えすぎないよう自己調整しているという説がある。しかしながらこの説の元になったと思われる群淘汰という考え方は、現在の行動生態学においては否定されており、あまり適切な理由とはいえない。幼虫は葉だけでなく茎もエサとして利用するため、単にエサとして食べた結果、茎が切れただけと考えることもできる。
冬は蛹で越冬し、この時期の蛹は数ヶ月羽化せずに過ごす。ただし暖かい時期の蛹は1-2週間ほどで羽化する。
[編集] ベーツ擬態
ジャコウアゲハ類が食べるウマノスズクサ類はアルカロイドの一種のアリストロキア酸を含み、ジャコウアゲハは幼虫時代にその葉を食べることによって体内に毒を蓄積する。この毒は一生を通して体内に残るため、ジャコウアゲハを食べた捕食者は中毒をおこし、遂には捕食したものを殆ど吐き出してしまう。一度ジャコウアゲハを捕食して中毒を経験した捕食者は、ジャコウアゲハを捕食しなくなる。
このためジャコウアゲハ類に擬態して身を守る昆虫もいくつか存在し、このような擬態をベーツ擬態と呼ぶ。日本で見られる例としては
がいずれもジャコウアゲハに擬態しているとされる。
[編集] 民間伝承など
ジャコウアゲハの蛹は「お菊虫」と呼ばれるが、これは各地に残る怪談「皿屋敷」の「お菊」に由来する。
寛政7年(1795年)には、播磨国・姫路城下に後ろ手に縛られた女性のような姿をした虫の蛹が大発生し、城下の人々は「昔姫路城で殺されたお菊の幽霊が、虫の姿を借りてこの世に帰ってきているのだ」と噂したという。このことに因み、兵庫県姫路市ではジャコウアゲハを市の蝶に指定している。戦前まではお菊虫を姫路城の天守閣やお菊神社でも売っていたといい、志賀直哉の長編小説「暗夜行路」では主人公がお菊虫を買う描写がある。現在姫路市内で観察されることは少ないが、春から夏に科学館などで生きている成虫を観察することができる。
[編集] 近縁種
- ベニモンアゲハ Pachliopta aristolochiae (Fabricius, 1775) - 東南アジア。日本では先島諸島
- アンダマンホソバジャコウ P. rhodifer Butler, 1876 - インド
- アオジャコウアゲハ類 Battus - 中央アメリカから南アメリカ
- アンテノールジャコウアゲハ(ホシボシジャコウアゲハ) Pharmacophagus antenor (Drury, 1773) - マダガスカル
- トンボジャコウアゲハ Parides hahneli (Staudinger, 1882) - 南アメリカ
- ホソオチョウ Sericinus montela - 東アジア。日本の個体群は外来個体群
日本では、南西諸島南西部にベニモンアゲハ(紅紋揚羽) Pachliopta aristolochiae が分布する。後翅の中央に白い斑点が1つ、さらにその外縁に和名通り鮮やかなピンクの斑点が並ぶ。体側も鮮やかな赤色をしている。後翅は表側よりも裏側の方が模様が鮮やかである。
1970年代初頭に先島諸島に定着したとされ、21世紀初頭には沖縄本島までも分布を広げている。これらの地域ではリュウキュウウマノスズクサを幼虫の食草に利用する。
ベニモンアゲハと同じく東南アジア熱帯域に分布するシロオビアゲハ Papilio polytes は、ミカン類を食草にする無毒の種類だが、メスの中にベニモンアゲハに似た斑紋を持つものがいる。