スコットランドの花
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スコットランドの花(Flower of Scotland)は、スコットランドの非公式な国歌として、今日、広く認められている歌である。スコットランド代表が出場するラグビーやサッカーの国際試合でしばしば歌われ、フラワー・オブ・スコットランドとも呼ばれる。
[編集] 背景
スコットランドのフォークグループ、ザ・コリーズ(The Corries)のロイ・ウィリアムソン(Roy Williamson)によって『スコットランドの花』は作られた。グループのメンバーだったロニー・ブラウン(Ronnie Browne)の回想によれば、ウィリアムソンは1960年代中頃にこれを制作、1967年にBBCの番組の中で演奏、発表した。[1]
その歌詞(詳しくは英語版 Flower of Scotland を参照)は、1314年のバノックバーンの戦いを題材にしている。この戦いでロバート1世率いるスコットランド軍は劣勢にもかかわらずエドワード2世のイングランド軍に大勝利した。
タイトルともなっている「スコットランドの花」とはスコットランドの国花であるアザミを指している。夜の闇にまぎれてスコットランドを攻撃しようと裸足で身を潜めていたヴァイキングたちが、アザミのとげを踏み、その痛さに思わず声をあげたことによって、スコットランドの人々が侵略の危険を察知した、という言い伝えがある。
[編集] 受容
コモンウェルスの連邦歌としては『女王陛下万歳』が定められているが、この曲は同時にイングランドの国歌としても広く認められている。スコットランドのスポーツファンにとって、イングランドの歌をスコットランドのために歌うことは、彼らの民族感情と真っ向から対立する行為であった。このような事情から『スコットランドの花』が受け入れられる素地があったといえる。
1974年、ザ・コリーズは『スコットランドの花』をシングルカットした。同年、ラグビーの全英合同チームであるライオンズ(Lions)の南アフリカ遠征に参加したあるスコットランド人選手が、チームメイトとこの曲を歌い、その映像がイギリスのテレビで放送された。この南アフリカ遠征でライオンズは圧勝し、その記憶とともにこの『スコットランドの花』もラグビーファンの間に広まった。今日でもスコットランド代表のチーム賛歌として歌われている。サッカーの試合でも1993年より『スコットランドの花』が歌われるようになり、1997年には公式の賛歌と定められた。
『スコットランドの花』の歌詞に含まれる、「エドワード王の軍に抗しこれを本国に追い返す」、というくだりが反イングランド的であるという批判もしばしばなされている。そのような批判も含めて、スコットランドの国歌については政治の場でも議論されているが、未だ結論は出ていない[2]。もっとも、スコットランドの国歌に準じるものとしてほかにもいくつか楽曲がある中で、2006年にロイヤル・スコティッシュ管弦楽団が行なった最新のインターネット調査によれば、『勇敢なるスコットランド』や 'Highland Cathedral'、'A Man's A Man for A' That'、'Scots Wha Hae'をおさえ、『スコットランドの花』は最も多くの支持(41%)を集めている[3]。
[編集] 脚注
- ^ Ronnie Browne (2007). "2007 is the 40th anniversary of the writing of Flower of Scotland (en)" 2007年2月27日閲覧.
- ^ Scotsman.com (2002-2007). "Scotland's national anthem (en)" 2007年2月27日閲覧.
- ^ The Royal Scottish National Orchestra (2006-07-01). "The RSNO National Anthem Poll Winner (en)" 2007年2月13日閲覧.