ファビオ・カペッロ
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ファビオ・カペッロ(Fabio Capello, 1946年6月18日 - )は、イタリアのピエリス出身の元サッカー選手で、現在はレアル・マドリードの指揮を執るサッカー監督である。
現役時には、ACミラン、ASローマ、ユヴェントスなどに在籍し、活躍。またイタリア代表としても活躍した。
監督としては、堅実な守備を基本に据えた上でのカウンターサッカーを基本戦術とし、最小得点差での勝利やケースによっては引き分けも良しとする結果優先の采配が特徴。複数のクラブで数々のタイトルを獲得し、世界的な監督の一人である(ただしユヴェントス時代のタイトルは審判不正による有利を受けていた可能性が強く、額面通りには受け取れないものである)。
キャリアを考慮せずどんな選手でも完全に支配下に置いた練習・采配を行い、また選手に厳しい規律を敷き、 これを破った者にはメディアを通じての批判を行ったり構想から外すなど容赦無い制裁措置を取る。そのためチーム退団後、マルディーニやブッフォンなどの元教え子達に批判されることも多い。更にレアル・マドリードでは2007年1月にデビッド・ベッカムが次シーズンのアメリカ移籍を決定するとすかさずベッカムを干す行動に出たが、チームの成績が振るわず、チームメイトからもの批判の声が上がるとこれを撤回するなど、迷走も見られる。
スタメンレベルの選手を複数確保しシーズンを通して使い分けるという、現在では強豪クラブの常識となったローテーション制を初めに確立した人物とされる。
目次 |
[編集] 指導経歴
1986-1987シーズンの途中からシーズン終了までACミランの監督を務め指導キャリアをスタート。その後4年のブランクを経て、1991年ACミランの監督に再び就任し、数多くのスーパースターを抱え「グランデ・ミラン」と呼ばれた当時のミランを見事にまとめ上げ、5年間で4度のスクデット獲得(リーグ優勝)と1度のUEFAチャンピオンズカップ優勝を果たし、監督としての地位と評価を獲得した。
1996年にレアル・マドリードの監督に就任。ここでも就任初年度にリーグ優勝を果たしたが、堅固な守備を第一とする戦術に攻撃的なサッカーを求めるレアルのサポーターから批判を浴び、わずか1年で退任。再びACミラン監督に就任するも、1年後に退任した。
1999年にASローマの監督に就任。2000-2001シーズンにローマに18年ぶりのリーグ優勝もたらした他2度の2位という実績を残した後、2004-2005シーズンからはユヴェントスへ電撃移籍。就任初年度にリーグ優勝を達成した。ユヴェントス就任後、2年連続でセリエA優勝の快挙を果たすが、2005-2006シーズンのカルチョ・スキャンダルによるチームのセリエB降格とともにチームを離れ、レアル・マドリード監督に再度就任した。3シーズンタイトルから見放されているチームの再建を期待されての就任だったが、守備的な戦術と性急過ぎるスター選手の粛清で成績は振るわず、今季限りで解任と報道されている。
[編集] 所属クラブ
[編集] 現役時代
- 1963年-1967年 スパル 40試合3得点
- 1967年-1970年 ASローマ 62試合11得点
- 1970年-1976年 ユヴェントス 165試合27得点
- 1976年-1987年途中 ACミラン 75試合4得点
[編集] 監督時代
- 1987年途中-6月 ACミラン
- 1991年-1996年 ACミラン
- 1996年-1997年 レアル・マドリード
- 1997年-1998年 ACミラン
- 1999年-2004年 ASローマ
- 2004年-2006年 ユヴェントス
- 2006年- 現 在 レアル・マドリード
[編集] 監督成績
シーズン | 指揮チーム | リーグ戦成績 | ヨーロッパカップ戦成績 |
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1986-1987 | ACミラン | セリエA 5位 | 不出場 |
1991-1992 | ACミラン | セリエA 優勝 | 不出場 |
1992-1993 | ACミラン | セリエA 優勝 | UEFAチャンピオンズリーグ 準優勝 |
1993-1994 | ACミラン | セリエA 優勝 | UEFAチャンピオンズリーグ 優勝 |
1994-1995 | ACミラン | セリエA 4位 | UEFAチャンピオンズリーグ 準優勝 |
1995-1996 | ACミラン | セリエA 優勝 | UEFAカップ ベスト8 |
1996-1997 | レアル・マドリード | リーガ・エスパニョーラ 優勝 | 不出場 |
1997-1998 | ACミラン | セリエA 9位 | 不出場 |
1999-2000 | ASローマ | セリエA 5位 | UEFAカップ ベスト16 |
2000-2001 | ASローマ | セリエA 優勝 | UEFAカップ ベスト16 |
2001-2002 | ASローマ | セリエA 2位 | UEFAチャンピオンズリーグ ベスト16 |
2002-2003 | ASローマ | セリエA 8位 | UEFAチャンピオンズリーグ ベスト16 |
2003-2004 | ASローマ | セリエA 2位 | UEFAカップ ベスト16 |
2004-2005 | ユヴェントス | セリエA 優勝 | UEFAチャンピオンズリーグ ベスト8 |
2005-2006 | ユヴェントス | セリエA 優勝 | UEFAチャンピオンズリーグ ベスト8 |
2006-2007 | レアル・マドリード | UEFAチャンピオンズリーグ ベスト16 |
レアル・マドリード - 2006-2007 |
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