モーリス・マルトノ
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モーリス・マルトノ(Maurice Martenot)はフランスの音楽教育者。オンド・マルトノの発明でも有名。1898年10月4日パリ生まれ、1980年10月8日クリシー(パリ郊外北西部)にて没。
モーリス・マルトノは幼少の頃より音楽的才能をあらわし、ピアノ、チェロ、和声および対位法を学んだ。とくに教育上の問題や最新の教育心理学を音楽教育に応用する問題に関心を持ち、音楽教育の刷新に寄与、彼が二人の姉妹とともに開発した教育法は広く評価された。 その一方で、モーリス・マルトノは別の問題にも興味があった。すなわちそれは、新たな表現方法を開発することで音楽の新しい地平を開くこと、科学の発展を芸術表現に応用することでまだ誰も聞いたことの無いような音のパレットを作ることである。そうして彼は、オンド・マルトノを発明した。彼の名前を冠するこの楽器は今日では伝統ある楽器の一つとして広く認められ、コンサート、劇場、映画音楽、ラジオ、テレビで用いられ、パリ国立高等音楽・舞踊学校 (Convcervatoire de Paris) では専門課程を設けて教えている。
[編集] 年表
- 1918年 初めて電子楽器を試作
- 1928年 パリ・オペラ座で最初のリサイタル
- 1931年〜1932年 世界演奏旅行
- 1932年 ユーリ・ビルスタン (Youry Bilstin) とともに、心理音楽教育研究所 (l’Institut Psychopédagogique d’Éducation musicale) 設立
- 1933年 教育用楽器の発明により、レパンコンクールで金賞受賞
- 1935年 ピエール・ベローヌの作品 Split および Vitamine でレコード1等 (Premier Prix de disque) を受賞
- 1937年 国際芸術・技術博覧会 (l’Exposition Internationale Arts et Techniques) で、ジネット・マルトノ (Ginette Martenot) の指揮するオンド・マルトノオーケストラが1等グランプリを受賞
- 1940年 フランス少年聖歌隊 (Maîtrises Jeune France) 指揮
- 1942年 ピエール・シェフェールとともにフランス放送協会 (la Radiodiffusion Française) の「実験スタジオ」("Studio d'Essai") の設立に参加
- 1945年 "Contrôle Artistique des Emissions" 発明
- 1947年 パリ国立高等音楽・舞踊学校 (Convcervatoire de Paris) でオンド・マルトノ科設立
- 1948年 パリ国立高等音楽・舞踊学校 (Convcervatoire de Paris) の舞踊クラスの学生のためのリズム教育クラス開設
- 1949年 教育上の功績でレジオンドヌール・シュヴァリエ勲章に叙せられる
- 1950年 科学アカデミーにおける物理学者ルイ・ルブランス=ランゲ (Louis Leprince-Ringuet) 教授の和音を演奏する新しい方法についての講演(マルトノ発明の電子楽器用パルムスピーカーについて)
- 1960年 小型真空管による新たなコンサート楽器発表
- 1968年 モントリオール・エコールノルマル音楽院で音楽教育についての講演
- 1969年 文化省の要請に応じて、マルトノ音楽教育メソッド (Méthode d'éducation musicale Martenot) を用いた教育法についての公開講座を組織
- 1975年 レジオンドヌール・オフィシエ勲章をルプランス=ランゲ教授より授かる
- 1977年 「リラックスすることー何故?どうやって?」(Se relaxer Pourquoi ? Comment ?) 出版(後の1998年に「アクティブ・リラクセーション」(La relaxation active) のタイトルで改訂される)
- 1978年 「音楽的形成の基礎原理とその応用」(Principes fondamentaux de formation musicale et leur application) 第5版(1996年に第6版)
- 1979年 オンド・マルトノのトランジスタ化に成功
- 1980年 10月8日、クリシーでの交通事故により死亡