京成バス松戸営業所
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松戸営業所(まつどえいぎょうしょ)は、1935年11月21日に開設(当時の営業所の位置は根本)された京成バス(開所当時は京成電鉄直営)の営業所で、その後千葉県松戸市古ケ崎に移転して今に至っている。京成バスの路線のうち松戸市を中心とした市川市、流山市に至る路線を担当している(ただし、現在、市川市にまたがる路線については市川営業所と所管路線を分け合っている。)。これらの路線のうち、矢切経由で松戸駅(松戸車庫)~市川駅を結ぶ市川線(「松11」系統)が圧倒的な本数・乗客である。
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[編集] 概要
現在は、松戸及び市川周辺の路線を担当しているが、以前は、馬橋駅や浅草寿町車庫に至る馬橋線や、八柱霊園、現・白井市の白井(白井公民館前)および平塚、あるいは沼南ゴルフ場前に至る各線があった。これらは現在、廃止または短縮され、短縮された路線については、ちばレインボーバスに移管されている。
また、現在の車庫は営業所に併設された松戸車庫のみであるが。以前、馬橋線を運行していた頃は国道6号線八ケ崎十字路付近(現在の松戸新京成バス八ヶ崎入口停留所付近)に馬橋操車場を有していた。
[編集] 現行路線
[編集] 市川線
- 松11:松戸車庫~松戸駅~矢切駅~国立病院~国府台駅~市川駅
- 松11:松戸駅~矢切駅~国立病院~国府台駅~市川駅
- 1923年8月10日:[渡辺敬蔵]松戸駅~市川駅を開通。
- 1931年11月22日:[京成乗合]京成乗合となる。
- 1935年12月23日:京成となる。(松戸車庫発着になった日は不明)
- 1957年4月10日:夜間に限り、市川広小路経由便をワンマンカーで運行する。(廃止日不明)
主に千葉県道1号市川松戸線を南北に貫く路線である。常磐線-北総鉄道北総線-京成本線-総武本線の駅間を短絡し、沿線に学校や病院、住宅地を多く抱えていることで終日需要が高く、松戸駅~市川駅間においては毎時10回程度運行されている。
[編集] 流山線
- 松71:松戸駅~松戸車庫~古ケ崎~南流山駅~流山駅~江戸川台駅
- 松71:江戸川台駅→流山駅→南流山駅→古ケ崎→樋野口橋→松戸駅
- 松72:松戸駅~松戸車庫~古ケ崎~馬橋高校~馬橋駅
- 1927年12月1日:[渡辺敬蔵]松戸駅~流山を開通。
- 1931年11月22日:[京成乗合]京成乗合となる。
- 1935年12月23日:京成となる。
- 1953年5月1日:松戸駅~野田愛宕神社(愛宕神社前)に延長。野田線となる。東武と相互乗入れ。一部の便は流山広小路で折り返し。
- 1975年8月20日:[京成]松戸駅~江戸川台駅と、[東武]野田市駅~流山駅に分割される。京成の線名が流山線となる。(注:2001年に東武の便は茨城急行自動車に移管され、2002年末で廃止。)
- 1991年3月30日:南流山駅経由となる。
- 1998年9月16日:松戸駅~馬橋駅を開通。
- 2000年3月16日:新松戸線(日大歯科病院~馬橋駅~新松戸駅)廃止に伴い、日大歯科病院~馬橋駅便を組み入れる。
- 2004年頃:日大歯科病院~馬橋駅便の廃止。
- 2004年12月1日:流山広小路停留所(流山駅の北西すぐのところ。流山駅折返のための停留所だった。)折返便および同停留所の廃止。朝の松戸行便を樋野口橋経由に変更。
[編集] 日大線
- 松81:松戸駅~松戸車庫~北松戸駅入口~日大歯科病院
- 松81:日大歯科病院→北松戸駅入口→樋野口橋→松戸駅
松戸駅から北側に走り、常磐線に並行しているようなしていないような微妙なところを走る。短距離路線で、比較的本数が多いが、近年若干減少の方向にある。終点の歯科病院への足の役割もあるが、途中の停留所もかなり使われている。なお、北松戸駅入口は北松戸駅と500m程度離れたところにあるので、目の前ということではない。
[編集] 国分線(松戸駅~聖徳学園)
- 松52:松戸駅~山下~一条会病院前~聖徳学園
- 松53:松戸駅東口聖徳大学~山下~一条会病院前~聖徳学園
- 1984年4月6日:松戸駅~(市川松戸有料道路(現・市川松戸道路)経由)~聖徳学園が開通。
- 1997年4月1日:聖徳学園登校日の朝の便が松戸駅東口聖徳大学発着となる。
[編集] 国分線(松戸駅~市川駅)
- 松51:松戸駅~山下~大橋~国分操車場~国分~菅野六丁目~市川駅
[編集] 矢切高校線
- 松31:松戸駅~南部小学校入口~矢切高校
- 1986年7月27日:松戸駅~矢切高校が開通。
松戸駅から江戸川沿いの矢切高校に向かう路線である。末端部の道路が狭隘であるため、全車中型車を使用している。終点の矢切高校停留所は矢切の渡しの渡船場と比較的近いところにある。車両の方向幕に「矢切の渡し」を準備したこともあり、延長の案もあったと推定されるが、実現には至っていない。
[編集] 車両
車両は古くから三菱ふそうの車両が導入しており、1978年~1996年まで大型路線車の車体は原則富士重工の組み合わせであった。1997年からの増備車は再び三菱ふそう純正車体となるが、同時に野田ナンバーが導入され松戸市が野田ナンバーの管轄となったため(それまでは習志野ナンバー)、2007年現在、写真に見られるように「野田22か・・・1」という大型旅客事業用車では野田ナンバーの登録第1号車が在籍している。
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