坂本義和
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坂本 義和 (さかもと よしかず、1927年9月16日 - )は、東京大学名誉教授、国際基督教大学平和研究所顧問。専門は、国際政治学、平和学。進歩的文化人を代表する人物の一人であり、学問的活動とともに、論壇で発言し続けた。
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[編集] 経歴
米国ロサンゼルス生まれ、小学3年まで上海で育つ。1951年、東京大学法学部卒業。シカゴ大学に留学し、ハンス・J・モーゲンソーに師事。1959年、雑誌『世界』掲載の「中立日本の防衛構想」で国連警察軍駐留論を唱える。1964年から1988年まで法学部教授。東大紛争では加藤一郎総長代行と共に解決に尽力。東大教授退官後は明治学院大学、国際基督教大学で教える。
戦後冷戦期の論壇において、アメリカに批判的な平和主義の立場から、高坂正堯や永井陽之助らと日本外交や安全保障政策をめぐって、論戦を交わす。いわゆるアイデアリズムとリアリズムの論争とされるものだが、モーゲンソーの弟子としての坂本の立場は、外交を道徳論レベルでのみ考えるものではないことに注意しなければならない。
したがって、坂本にあっては、日米安保条約の相対化のみならずいわゆる9条護憲主義もまた相対化されるのであり、一国平和主義ではなく、国連中心主義にたっての自衛隊の国際貢献のみの使用が導き出される。
北朝鮮による日本人拉致問題では、「「拉致疑惑」問題は、今や日本では完全に特定の政治勢力に利用されている。先日、横田めぐみさんの両親が外務省に行って、まず、この事件の解決が先決で、それまでは食糧支援をすべきでないと申し入れた。これには私は怒りを覚えた。自分の子どものことが気になるなら、食糧が不足している北朝鮮の子どもたちの苦境に心を痛め、援助を送るのが当然だ。それが人道的ということなのだ」(朝鮮新報、2000年8月11・25日合併号)と発言した。この発言は後に強い批判を浴びた。
2000年代になっても、尚、単独講和より全面講和の道を選ぶべきだという論説を朝日新聞に掲載。世間の嘲笑を浴びたことは記憶に新しい。この論説については神谷不二が産経新聞の「正論」で厳しい批判を述べている。
衆議院議員の加藤紘一や政治学者の藤原帰一は坂本の演習の選択者である。
[編集] 著作
[編集] 単著
- 『核時代の国際政治』(岩波書店, 1967年/新版, 1982年)
- 『平和――その現実と認識』(毎日新聞社, 1976年)
- 『軍縮の政治学』(岩波書店[岩波新書], 1982年/新版, 1988年)
- 『地球時代の国際政治』(岩波書店[同時代ライブラリー], 1990年)
- 『地球時代に生きる日本――憲法と「国際貢献」』(岩波書店[岩波ブックレット], 1991年)
- 『相対化の時代』(岩波書店[岩波新書], 1997年)
[編集] 編著
- 『暴力と平和』(朝日新聞社, 1982年)
- Asia: Militarization & Regional Conflict, (Zed Books, 1988).
- Global Transformation: Challenges to the State System, (United Nations University Press, 1994).
- 『世界政治の構造変動(全4巻)』(岩波書店, 1994-1995年)
- 「世界秩序」
- 「国家」
- 「発展」
- 「市民運動」
- 『核と人間(1・2)』(岩波書店, 1999年)
- 「核と対決する20世紀」
- 「核を超える世界へ」
[編集] 共編著
- (長洲一二)『自治体の国際交流――ひらかれた地方をめざして』(学陽書房, 1983年)
- (松本繁一)『変動するアジア国際政治』(アジア経済研究所, 1984年)
- (R・E・ウォード)『日本占領の研究』(東京大学出版会, 1987年)
- (大串和雄)『地球民主主義の条件――下からの民主化をめざして』(同文舘出版, 1991年)
- (小森陽一・安丸良夫)『歴史教科書何が問題か――徹底検証Q&A』(岩波書店, 2001年)
[編集] 訳書
- F・L・シューマン『ソヴエトの政治――内政と外交(1・2)』(岩波書店, 1956年)
- アナトール・ラパポート『戦略と良心(上)』(岩波書店, 1972年)
[編集] 著作集
- 『坂本義和集(全6巻)』(岩波書店, 2004年-2005年)